第3章 5 そのヒーローは

 カチ・カチ・カチ・カチ・・・何処からか規則正しい時計の音が聞こえる。

「う・・・・。」

私はゆっくりと目を覚ます・・・が、何故か上手く目の焦点が合わない。


「ああ、目が覚めたんだね。」


聞き覚えのある声に、途端に私の意識は覚醒する。頭を振って声のした方向を見上げると、そこには私を見下ろすように椅子の背もたれを抱え込むように座っているノア先輩の姿があった。

どうやら私は床の上に転がされていたようだ。床に手をついて起き上がろうとしたが

身体に力が入らずに倒れ込んでしまう。


「ああ、急に動いたら駄目だよ。ちょっと配合を間違えちゃって強い薬を嗅がせてしまったからね?」


ノア先輩はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら私に言う。配合を間違えて?絶対そんなの嘘に決まっている!私は部屋の様子を伺った。床も壁も板張りの部屋。窓は天井近くに2つあるが、日当たりは悪く、部屋の中は薄暗い。

粗末なテーブルとイスが2脚に暖を取る為か、暖炉が備えてあるが、蜘蛛の巣が張ってある。あまり手入れは行き届いていないようだ。

そして・・・部屋の奥にはベッドが1つ。


「おや?どうしたの?さっきから君は一言も喋らないね?冷たいなあ。」

お道化たように言うノア先輩。


全身に恐怖が走るが、相手に弱みを見せてはいけない。

私は口を開いた。

「ここは何処なんですか?」


「小屋の中だよ。僕が所有しているんだ。ああ、それとも場所の事を聞いてるのかな?残念だけどそれは教えられないなあ。でも大丈夫、学院に戻る時は僕がちゃんと君を連れて行ってあげるから。だから明日までは君と二人きりでゆっくり過ごせるよ。ね、キャロル?」


この男は明日まで私をここに閉じ込めておく気なんだ・・・!私は奥のベッドをチラリと見た。まさか私を・・・?それだけは絶対に阻止しなければ!何とかして時間を稼いで・・でもその後は?私は必死で考えるが今の状況を打開する案が見つからない。その時ふと、私はある事に気が付いた。


「ノア先輩・・・。」


「何だい?」


嬉しそうに返事をする。


「ナターシャ様は・・・どうされたのですか?」


「ナターシャ?誰だっけ?」


完全にとぼけている。


「ごまかさないで下さい。今日一緒に町へ出掛ける約束をした女性では無いですか。

今朝一緒に門の前へいる所を見ましたよ。」


「へえ~そうなんだ。僕の事を見つめていてくれたんだね。嬉しいなあ。」


のらりくらりと話を交わす態度にナターシャの事が心配になってきた。


「そういう事を言ってるわけではありません。ちゃんと質問に答えてください。

ナターシャ様は今どちらにいらっしゃるのですか?」


「知らない。」


あまりにもあっさりした返事に私は驚いた。


「・・・え?」


「だから、知らないってば。」


「で、でも一緒に出掛けられたでは無いですか。」


なにやら狂気じみた雰囲気を纏っているノア先輩に私は思わず声が震えてしまった。


「うん、確かに途中までは一緒にいたかな。」


どうでもいいやと言わんばかりの言い方をする。


「だったら、何故・・・。」


私の言葉を途中で遮るようにノア先輩は言った。


「ああ、思い出したよ。そう言えばあの女、どうしたと思う?僕と恋仲だって事を世間に教えたかったのかなあ。町へ来てすぐにあろう事か、この僕に身体の関係を迫ってきたんだよ。笑えると思わない。僕って女性から誘われれば誰とでも相手をすると思っていたのかな?」


どこか自嘲気味に私の方を向いて話をしているが、その瞳は何処を見ているのか分からない。


「だからね、僕は言ってやったんだ。『君みたいな女の子には全く食指が動かない』ってね。」


「!」

それはあの気位の高いナターシャにとっては残酷な言葉では無いだろうか。

・・・酷い、許せない。


ノアは私の非難するような視線に気づかない様子で話を続けた。


「時々、ああいう勘違いする女がいて正直困ってるんだ。僕に近付いてくる女は皆・・・!」


どこか憎悪を含んだような言い方に私はゾッとした。知らない、こんな顔をしたノア先輩は。私の小説の中のノア先輩はここまで歪んでなどいない。それとも私がもっと登場人物たちの生い立ちを詳しく設定していればこんな事にはならなかったのか・・?


「でも、僕はようやく出会えたよ。ずっと探していたんだ。君のような女性を。」


そう言うとノアは椅子から立ち上がり、私の側に来ると顎を掴んで無理やり自分の方を向かせた。絶対に隙など見せてやるものか—。

私は自由が利かない身体でノア先輩の事を睨み付けてやった。


「いいねえ。その瞳・・・・。今まで誰一人として僕をそんな瞳で見た女の子はいなかったよ。うん、決めた。やっぱり僕のものにしちゃおう。ずっと側に置いてあげるね。」


「!」

突然ノアは私を抱き上げると奥のベッドへ放り投げ、上から覆いかぶさって来た。

両手首をがっしり握りしめられて身動きが取れない。と言うか、まだ身体に痺れが残っているので自由が利かない。私はこの時初めて全身に恐怖を感じた。


「ああ、やっと君からそんな表情を引き出す事が出来たよ。」

ノア先輩は嬉しそうに私を見下ろしている。


駄目だ、この男は狂ってる。

嫌だ、誰か・誰か助けて―!


心の中で強く助けを呼んだ時、突然小屋の入り口のドアが激しく蹴破れた。


「ノア・シンプソン!そこまでだ!!」


―え?


姿を現したのは・・・・何故か生徒会長だった。生徒会長はノア先輩の腕を捻り上げる。


「う、痛たたた・・・っ!な、何をするんだよ!」


「黙れ!ノア・シンプソン!今までお前の狼藉を見逃してきたが、今日と言う今日はもう勘弁ならん!」


そして何故か生徒会長はどこから取り出したのかロープでノアの腕を後ろに回し、縛り上げてしまった。


「く・・くそっ!」


悔しそうに生徒会長を睨むノア。


「ふん!休日明けにお前を理事会に掛け合い、それ相応の処分を下してやる。」


生徒会長は腕組みをしながら言うと、3名の男性達が室内に入って来た。


「おい、お前たち。ノアを連れて行け。」


「「「はい。」」」


彼等は悔しがるノアを連れて小屋から外へ連れ出して行った。

やがて室内に誰もいなくなると生徒会長は 私の方に向き直った。


「大丈夫だったか?ジェシカ。」


心配そうに覗き込む生徒会長。しかし私はこんな一大事なのに妙に冷静に考えていた。何故?どうして助けに来たのが生徒会長?と言うか、どっから湧いてきたの?普通お話の世界だったら、ここで助けに来るのは、マリウス達でしょう?いくら何でもこれははちょっとおかしいんじゃないの?!


「どうした?ジェシカ・リッジウェイ。」


いや、別にフルネームで呼ばなくていいから。


「生徒会長・・・。」


「ユリウスだ。」


うう、こんな時にまで名前の呼び方の訂正させなくても・・・。


「ユリウス様。」


「何だ?」


「何故、こちらへいらしたのですか?よく場所をご存知でしたね。」


「ああ、実は以前からノアがここの小屋を隠れ家にしていたのは知っていたんだ。ここで女生徒達に不埒な行為をしていたのもな。流石に学院でも見過ごせない事態になってきたので、休日の時は数名態勢でここを監視していたのだ。実際の証拠を押さえる必要もあったし。」


ええ~どうしてそんな回りくどい事を・・・。そこでふと私はある事に気が付いた。


「そ、それではユリウス様。私がここに連れてこられたのも見ていらしたのですか?」


「ああ、見ていた。」


どや顔で頷く生徒会長。


「連れてこられたのがジェシカだったから正直驚いたな。」


「・・・ちなみにそれをご覧になってどう思われましたか?」


「どうって?困ったことになったと思ったが?」


・・・・。言いたい事は山ほどあったが、それを押し込んで私は言った。


「あのですねえ。気絶しているのであれば、何故もっと早く助けに来て下さらなかったのですか?そもそも気絶させられてる事自体が十分証拠になったと思いませんか?」


「・・・。」


生徒会長は暫く黙っていたが、やがてポンと手を叩いた。


「成程、言われてみればその通りだ!」


・・・・。私が生徒会長を殴りつけたくなったのは言うまでもない。








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