第42話 荒くれの鬼退治

  1,篝火


 京都の南西には鬼ヶ島があって、もう数百年も退治されることなく、鬼が集まっている。鬼たちは京都に乱暴をしに来るので、京都の侍(さむらい)が太刀で斬り、弓矢で射貫いて退治するが、侍も、鬼ヶ島までのり込んで鬼の徒党の全部を相手にして勝つことまではできずにいる。

 こんなことで、どうして朝廷に人が付いてくるのか首を傾げてしまうが、どうも、朝廷の中に鬼ヶ島の内通者が侵入しているためらしかった。

 侍は鬼ヶ島も怖ければ、朝廷のお偉いさんも怖いので、どうしたらよいか悩んでいた。侍は、管領に呼び出され、

「鬼を退治して来い」

 といわれた。侍は、管領の采配に疑問を感じていた。毎日仕事をする相手である管領のことは、毎日のように文句をいってしまう。侍は、管領より偉い室町殿がいて、室町殿より偉いやんごとなき方がいることは知っていたが、毎日の仕事では出会わない室町殿とやんごとなき方は、みんなが褒めるので、たぶん、優秀な人たちなんだろうと思っていた。

 侍は、毎日の俗世の仕事として、管領の相手をしていて、苦情は管領のところまでしか上げなかった。侍の苦情は、室町殿ややんごとなき方には届かなかった。鬼ヶ島の内通者が、管領にではなく、幕府や仙洞御所にいるなら、侍は偽りの命令書ひとつで、鬼との戦いを妨げられてしまう。だから、鬼ヶ島は退治されないのである。

 さらにいうと、日本は禁忌を二枚隠す。花の御所(幕府)と仙洞御所(やんごとなき方)である。侍は三番目に偉い管領と常日頃やり取りをして、室町殿ややんごとなき方がどのような現実に生きているのか、興味を持ったり、調べたりしなかった。そういうことはしてはいけないのではないかと、根拠もなく考えていた。これでは、幕府での出世はない。幕府で出世するものは、幕府の強さを的確に見抜き、幕府の仕事を的確に理解し、幕府の権威に諫言できるものだからである。

 そんなことだから、この侍は、やんごとなき方の御所に至っては、神聖不可侵の無謬の神域だと信じ込んでしまっている。

「鬼とは、死んだ霊が物質化したものです。かつて、京都の貴種であった達人たちが死んで鬼となり、鬼ヶ島に住むようになったそうです。だから、京都で貴種が死ぬたびに、鬼ヶ島の鬼は増えていくのです」

 それを聞いて、侍の六道一閃(りくどういっせん)は、鬼に強い興味を持った。

 町街道に辻斬りが出たので、腕試しとばかり、六道一閃が斬捨御免。

 そのまま、辻斬りは倒れてしまった。

 我武者羅な日本男児が襲い掛かってきたので、これは斬っては惨いかと考えて、六道一閃がみね打ち。日本男児は倒れてしまった。

 神社の篝火は武士の詰め所である。戦争の時に武士は篝火に集まり、敵を退治する。六道一閃が篝火にやってくると、幕臣、幕吏がいた。吉備団子が差し入れられた。

 六道一閃は「荒くれ」を名のる。

「荒くれ、鬼ヶ島を攻めるぞ」

「ああ」

「荒くれ、だが、鬼ヶ島を攻める前に一度、仙洞御所を見ておいた方がいい」

 そういわれ、六道一閃は、やんごとなき方に会いに行った。

 御所の中に入ってみると、やんごとなき方などどこにもおらず、通りすがり、影武者、匿名希望、へのへのもへじ、正体不明、などと名のる忍者たちがうじゃうじゃいた。

 こんなやつらと相談しても何にもならない。逆に頭が悪くなってしまう。この国でいちばん偉いのはやんごとなき方かと思っていたが、そんなことはなかった。十年以上生きていて、一度も仙洞御所に入らなかったから知らなかったけど、あそこはただの忍者の集会場だったんだ。いったい、おれは十年以上も、一度も政治をしていないやつらになぜ従っていたんだ。鬼たちとの戦争になる。戦争なので教えてもらえた国家の秘密に呆然としながら、六道一閃は、鬼ヶ島へ船で乗り込んでいった。いったいおれは何のために戦うのだ。


  2、鬼ヶ島の果て


 六道一閃は、鬼ヶ島に着いた。船に降りる瞬間から鬼たちが激しく抵抗してきた。六道一閃はばっさばっさと斬り捨てて、鬼の親分を目指す。

 この鬼たちが、六道一閃の住んでいる京都で乱暴をしている。やっつけなければならない。京都で死んだ鬼たちが、死んでも贅沢をするために、京都を襲ってるんだ。奪われたままでたまるか。

 討ち死に覚悟の助太刀。歩く荒武者。

 そして、十匹を軽く超えて鬼を斬り殺した六道一閃は、鬼ヶ島の宮殿にたどりついた。ここに鬼の親分がいるはずだ。

「いえええい、よく来てくれた、荒くれえええ。ずっと来るのを待ってたぞ。わたしが女王日巫女。太陽帝国の皇帝。日本は、英語では、SUN BOOK LAND(太陽と書物の土地)。味古乃国。陽国。東雅。」

 どういうことだ。六道一閃は混乱する。

「いやあ、それが、うちら、やんごとなき家系は、もう数百年も前から鬼ヶ島を征服していて、もう何百年も前からここに住んでいるんだよね。だから、ここが本当の御所で、大和朝廷だよ。都にある御所は偽物だよ」

 驚愕だった。六道一閃は、鬼の親分を倒しに来たのに。

「鬼ヶ島の内通者とは」

「わたしの部下だよ」

「鬼たちがいまだに京都を襲撃するのは」

「数百年かけて教育中」

「鬼退治は終わったのか」

「まだだよ。倒してない鬼がいっぱいいるよ」

「おれの分をとっておいてくれたのか」

「荒くれには、いちばんいい鬼をとっておいたからさ」

 いちばんいい鬼というから、かわいい女の鬼でもとっておいてくれたのかと思ったが、そんなことはなく、それは、むさくるしい鬼の親分だった。

「鬼ヶ島でいちばん強いのはおれだ。あのやんごとなきやつは、おまえの次に倒す」

「おとなしく死んでろよ」

「おれがこの国の最下種だ。おれがいちばん身分が低い。これからおまえはおれにぶっ殺される」

 鬼とは、神の対義語のことである。神が尊崇されるように、鬼は嫌悪される。

「鬼の親分よお。あんたの身分は低すぎて、逆に幻惑しているな」

「身分を競って生きちゃいねえが、最下種まで落ちたのは逆に自慢でな」

 鬼の親分は金棒を担ぎあげた。

「最下種の鬼と京都の侍、どっちが強いか、勝負しようぜ」

「受けてやろう、ゴミやろう」

 六道一閃は、バサっと鬼の親分を斬りつけた。

 簡単に負ける鬼の親分ではない。鬼の親分は六道一閃の剣を金棒で弾きつづける。

 鬼の親分の棍棒が何度も宙を行く。六道一閃がかわしつづけている。六道一閃の刀は何度も鬼の親分の体をとらえる。

 数十度の打ち合いの末、六道一閃は鬼の親分を倒した。

「勝ったあ。強いじゃなあい。荒くれ、荒くれ、荒くれ。すごおおおい。さすが、わたしの侍」

 やんごとなき方が喜ぶ。

「鬼の遺言、聞きそびれたな」

 六道一閃は、そういって、財宝を受け取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る