第29話 魔王ギャリ殺人事件

  1、事件


 魔王ギャリは荒くれものを率いて魔王城に居城して、村々を襲い暴虐の限りを尽くした。魔王の横暴に耐えかねた王国は軍隊を派遣して、魔王城を攻めた。魔王軍は強く、おそらく、魔王城を落とすのは無理だと思われていたところで、ある日、突然、魔王ギャリは謎の死を迎えた。死因は何度も斬りつけられた刀傷であった。

 魔王は死んだ時に奥の部屋に居り、目撃者は王国から誘拐されてきたルリア姫たった一人だった。王国の警察は、魔王殺しの犯人を捜すために、殺人の可能性のある者を魔王城の一室に集めた。


  2、混乱


「やれやれ、このややこしい事件に、例の厄介者が邪魔しに来るらしいな」

 警察官はいった。

「厄介者というとは誰のことかな」

 魔族の公爵がたずねた。

「ほら、あのナナトという探偵ですよ。何でも、悲劇を集めているとかいう。ああいう自信過剰な偏屈者は、捜査の邪魔ばかりして、ひとつとして役立つことがないんだから、困りものだよ」

 警察官が答えた。

「それでは、警察さんには犯人がわかったのかな」

「ええ、もうじき、捜査結果を報告するつもりだよ」

「それならいいがね。まさか、魔王殺しの大事件が迷宮入りなんてことになったら大変だからね」

「おっと。捜査結果の発表の前に、例の探偵が到着してしまったようだ。無駄な仕事が増えて困るよ」

 公爵に愚痴をこぼす警察官だった。


  3、探偵登場


 関係者一同が警察の報告を聞くために奥の部屋に集まっていると、扉を開けて高貴な雰囲気を漂わせた服を着た男が入ってきた。

「あれが例の探偵だよ」

 警察官がいった。

「ほう。なかなかお洒落な男じゃないか」

 公爵は面白がった。

「悲劇を探しに来た」

 突然、両手を広げて、探偵が大きな声をあげた。

「なんだって」

 公爵が戸惑うと、お洒落な探偵は公爵の前を通りすぎ、目を疑うほどに美しい女性の前までいって、こういった。

「お嬢さま、この事件はバッドエンドと決まっております。どうかお覚悟をしてください」

 探偵が深々とお辞儀をすると、女性は困った様子を見せた。

「バッドエンドというと、誰にとってのバッドエンドなのですか」

「もちろん、わたしにとってのバッドエンドです。お嬢さまにとっては、ハッピーエンドとなるでしょう」

 お洒落な探偵は、そのまま、勝手に空いてる椅子に座ってしまった。

「わたしは毎日悲劇を探しているのです。それで、王国でも屈指の悲劇をたどっていて、この魔王ギャリ殺人事件を見つけたというわけなのです。この殺人事件はとても大きな悲劇を含んでいる」

「わたしもそう思いますわ、探偵さん」

 美人の女性が答えた。

「あなたが魔王に誘拐されて、この魔王城に囚われていた王国の王女ルリア姫ですね」

「そうです」

「お答えいただきありがとうございます。それでは、悲劇を少しでもやわらげるために、いつもまちがえるこの国の警察さんの報告を聞こうとしようじゃありませんか」

 探偵は椅子に深々と腰掛けると、ふんぞり返って、警察の発表を促した。


  4、警察の説明


 警察官は、魔王城の奥の部屋で、一同に事件の説明を始めた。

「魔王ギャリは昨日の夜、何者かに殺されました。魔王ギャリは、何度も剣で斬りつけられていて、その傷が死因となったと思われます。目撃者は、先ほどの美貌のルリア姫一人でありまして、容疑者は、田舎勇者バギ、王国の戦士ウルフ、そして、目撃者自身であるルリア姫の三人です。犯人は、ルリア姫の証言によって、王国の戦士ウルフだとわかっています。この魔王城は天下の難攻不落の軍事拠点でして、魔王ギャリは百万の軍と大勢の怪物に守られており、王国の軍とともに魔王城を攻めた戦士ウルフ以外に魔王ギャリを殺せたものはいないとわかっています。魔王を殺した凶器は、伝説の剣ハイブレイブ。これは、選ばれた者にしか使えないといわれており、高貴な生まれの王国の戦士ウルフ殿以外に扱えるものはおそらくいないだろうと思われます。王国の戦士ウルフ殿の犯行の動機は、美しい姫を誘拐した魔王ギャリへの義憤による憤りであり、王国の戦士の誇りが魔王ギャリの横暴を許さなかったからだと、王国の戦士ウルフ殿が白状しました。魔王とルリア姫は深い仲にあり、若く美しい姫を奪った魔王ギャリへの恨みが王国の戦士ウルフ殿にあったのではないのかと、今、捜査を続けている途中です。王国の戦士ウルフ殿は、魔王殺しの大罪により、囚われていたルリア姫と婚姻をすることになるでしょう。以上です」

 警察官の説明が終わると、ルリア姫は悲しい顔をした。

 一同が王国の戦士ウルフが魔王殺しの犯人だと信じかけたその時だった。お洒落な探偵ナナトが椅子から立ち上がり、こう宣言した。

「愚かなり、人類。この世界の悲劇はそんなものじゃない。あなたたちはこの事件の真相をまったく理解していない。この探偵ナナトが、愚昧なる警察の推理がいかにまちがっているのか教えてあげよう」

 やれやれ、やっぱり、邪魔をするのだな、この探偵は、と警察官は思った。


  5、探偵の推理


「この場に居合わせるみなさん、よくお聞きください。この事件は不可能犯罪なのです。魔王ギャリは鋼の剣では傷つかない体をしており、ただの王国の戦士には殺すことのできない怪物なのです。難攻不落の魔王城は、戦士ウルフが王国の軍隊の全軍を率いて攻め込んでも落とせる城ではありません。警察官さんはそこのところがまるでわかっていない。魔王ギャリを殺すことができたのは、伝説の剣を受け継ぐことを許され、戦いの女神に加護された若者以外に不可能なのです。それができるのは、王国の戦士ウルフ殿ではなく、田舎勇者バギ殿なのです」

 探偵ナナトの推理を聞くと、警察官は憤慨した。

「ちょっとまちたまえ、ナナト君。すると、なんだね、君は。たった一人の若者が、王国の全軍をもってしても倒せなかった魔王ギャリの城を落としたというのかね。たった一人の若者が百万の魔王軍を相手にして勝ち、魔王を護衛する怪物たちを倒し、それらよりもさらに強い魔王ギャリを殺した、そんな話を信じろというのかね」

「そのまさかです」

「貧しい村の生まれの田舎勇者にそんなことができたわけがない」

 警察官の機嫌は相当に悪いようだ。

「魔王を殺すのに、金持ちだとか貧しいとか、都会生まれだとか田舎生まれだとか、関係あるわけないのです」

 探偵ナナトに名指しを受けたバギはいまだ黙ったままだ。探偵の指摘にも関わらず、みんな、犯人がバギだとは信じていないようだ。


  6、動機


「バギくんには動機がない」

 警察官がいう。

「そうおっしゃると思って、あらかじめ調べておきました。バギくんと魔王ギャリの関係を。そしてわかったのです。バギくんは、魔王ギャリとルリア姫に、世間では知られていない強い関係があったのです」

「どういうことだ」

 王国の戦士ウルフが声をあげた。

「バギとルリア姫に関係があっただと。そんな話は聞いていないぞ」

 そういう戦士ウルフを探偵ナナトが制した。

「バギくん、魔王を殺したのはあなたではありませんか」

 お洒落な探偵ナナトは、田舎勇者バギに話を向けた。バギは不敵に笑う。

「目撃者のルリア姫に聞いてくれ」

 バギはいった。

「では、ルリア姫に聞くとしましょう。魔王を殺したのはバギくんだったのではないですか」

 物憂げなルリア姫は静かに答えた。

「実は、わたしと魔王の仲はとても冷え切ったものでした。わたしは、もともと誘拐されて魔王城に来たのですから、それも当然のことだとわかってくれると思います。わたしはどうしても、魔王ギャリを愛することができませんでした。そんな時、幼い頃に出会った思い出のあるバギがやってきてくれたのです」

「そうです。勇者バギとルリア姫は幼い日に関係をもった禁断の仲だったのです」

 すると、警察官が騒ぎ出した。

「なんだと。勇者バギには、ルリア姫を魔王ギャリに奪われた恨みがあったのか。これは怨恨の線をもう一度、洗いなおさないといけないぞ」

「大丈夫ですか、バギくん」

 お洒落な探偵ナナトは、勇者バギの心を気遣った。

「おれは大丈夫だ。ルリア姫、あんたはまだ充分にきれいだ。みんな、おれを笑いたければ笑え。女を奪われた男だと笑えばいいさ」

「何をおっしゃるバギくん。あなたは見事に魔王ギャリを倒して、姫を奪い返したではないか」

 それを聞いて、勇者バギは不気味に笑った。


  7、結末


 絶世の美女ルリア姫。幼い頃、若き勇者バギと関係を持った。その後、ルリア姫は魔王に誘拐され、魔王城に囚われてしまった。王国の戦士は全軍で魔王城を攻めたが、魔王城を攻め落とすことはできなかった。だが、勇者バギはひとりで魔王城を攻め落とし、魔王ギャリを殺して、ルリア姫を解放した。

「ルリア姫、魔王から救い出された淑女であるあなたには、選ぶ権利がある。将来の伴侶として、誰を選びますか。王国の戦士ウルフ殿か、勇者バギ殿か、魔族の公爵か、警察官か、そして、わたし探偵ナナトか。この探偵ナナトも、いつでもルリア姫の申し出を受けることができるのです。どうぞ、わたしをお選びください」

 そして、お洒落な探偵ナナトは深々とお辞儀をした。五人の男が並ぶ中、ルリア姫は、

「もちろん、勇者バギを選びます」

 と答えた。

 勇者バギはルリア姫の手をとった。手を握り締める二人。

「こうなることはわかっていました。最初にいったはずです。わたしにはバッドエンド、姫さまにはハッピーエンドで終わると。この度の悲劇はこれでおしまいです」

 お洒落な探偵ナナトは悲劇を探している探偵だ。

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