狂気の天才、メルシュ博士

リルフィーナは、メルシュ博士の命令とあればどんなことでも確実に実行した。さすがに殺人まではしなかったが、他のロボットを破壊するくらいのことは、まるで隣人に挨拶する程度の気軽さで容赦なく行った。違法改造ギリギリのカスタマイズの結果である。それがリルフィーナのエキセントリックさの正体だ。


無論、訳もなくそんなことはしなかった。研究の為にやむなくという大前提はあった。少なくとも人間社会の中にいた時には。が、その為に度々トラブルとなり、リルフィーナの主人であるメルシュ博士はいくつも訴訟を抱えたりはしたのだが。


しかしそれでもメルシュ博士は文句なく天才だった。いくつもの特許を持ち、その特許使用料で莫大な財を築き、スポンサーなど得ることもなく潤沢な研究費を確保し、幾度となく起こされる訴訟の為の費用もそうして捻出した。人間としては最低で下劣で卑劣で悪辣でどうしようもない<クソ野郎>でも、彼女の才能は本物だったのである。そして彼女は、自分に向けられる罵詈雑言さえも賞賛と受け止める鋼のメンタリティの持ち主であった。


だが、それでもいろいろと妨害が入ることには頭を悩まされ、と言うよりいちいち相手をするのが面倒臭くなって、リヴィアターネにやってきたということである。


しかも、彼女の才能を惜しむ人間も少なからず存在するとはいえ、実はそれ以上に彼女の死を望む人間の方が圧倒的に多かった。人としての倫理観を欠片も持たない彼女に対する悪感情に憑りつかれた人間がその大半だが、彼女が行っていた特許に関する契約内容も大きく影響していた。と言うのも、彼女が死亡した場合は、彼女が保有するすべての特許を無制限に公開するという契約を行っていたのだ。


それ故、彼女は幾度となく命を狙われた。もちろん表立ってそういうことをするのではない。ある者は強盗を装い、ある者は事故を装って博士の暗殺を目論んだ。が、それらはことごとく失敗に終わった。なぜならそういうことを十分に想定していたメルシュ博士が恐ろしく用心深く慎重だったからである。


彼女は、公の場に姿を現すときは必ずメイトギアをカスタマイズした影武者か、ホログラフによってのみ姿を見せ、本人は秘密の研究所の奥深くで研究に没頭していた。それは命を惜しんでのことと言うよりは単純に研究を優先したいという理由の方が大きかった。そしてその研究の結果として自分の意識と記憶を機械に移すことに成功したのだった。それにより<生身の自分>という格好の実験材料を得たことが、彼女にリヴィアターネ行きを決心させたというのもあった。


もっとも、それ以前から、秘密裏に実験材料の生産を始めてはいたのだが。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます