第98話 光る竹
耳慣れない音楽で目が覚めた。
しばらく考えて思い出す。これはスマホの着信音だ。キャリアの電話は滅多に使わないので、すぐに忘れてしまう。
身を起こし、机の上に投げ出してあるスマホを手に取る。無機質な青い画面に、白文字で『真彩さん』と表示されていた。
何事だろうか。
「もしもし」
「ああ、旭くん? 良かった。その……朝っぱらから悪いんだけどさ」
早口で、捲し立てるように彼女は言う。
「変なもの見つけちゃったから、皆で見に来てくれない?」
「変なもの、ですか?」
「うん。写真送るから、後で見といて。それじゃ」
そこで通話は切られてしまった。メッセージアプリを開くと、確かに写真が送られてきている。
小さなサムネイルでは、それがなんなのかよくわからない。なにやら、竹林のようではあるが。
タップして開く。
「……なんだこれ」
竹が光っていた。
それも、複数。
最初は画像加工も疑ったが、それにしてはクオリティが異様に高い。そもそも、こんな手の込んだイタズラをしてまで旭達を呼び寄せる理由などないだろう。
暁火に転送すると、『かぐや姫の群れじゃん』と返ってきた。なるほど確かに、この光景は竹取物語の一節を思わせる。とはいえ、そんなものが群生していてはたまらない。
写っているだけで二十本はある。これでは宇宙からの侵略的外来種だ。
休憩で戻ってきたルディにも、その写真を見せた。
「こんな写真が送られてきたんですよ。で、見に来てくれって」
「なんだあこりゃ……」
旭からスマホを受け取ると、画面に顔を近づける。見定めるように隅々まで観察すると、こんな結論を下した。
「自然物じゃないな。燃やせ」
「いや、流石にそんなことできないですよ……」
多分、わざわざ遠出してまで真彩に会いたくないのだろう。
だが、調査には彼女の力が必要だった。
「こんなのロクなもんじゃないですよ。早く対処しに行きましょう」
旭の言葉に、彼女は半眼を返す。
「お前はいつから他所の怪異にまで手を出すようになったんだ……」
言われてみれば、確かに。
旭が雷光を始めとするこの街の怪異と戦うのは、他でもないこの街の未来を守るためだ。迫りくる驚異を打ち払い、雷光を下して神社の再興を目指す……そのための戦いであった。
故に、わざわざ遠方にまで出向いて対処する理由はない。
ないのだが。
「いや……でも……これは……」
見過ごせない。放っておけない。
言葉にできない感情が、旭を突き動かすように肥大化していた。こんな明らかな怪現象を、捨て置いておけるものか。
それに、多分、真彩は困っているから、旭に助けを求めたのだろうし。
そんな旭の態度を見てか、彼女は観念したように溜息を吐く。
「……まずは掃儀屋に相談だ。ここを放っておくわけにもいかないしな」
そう言われてみれば確かにそうだ。旭達の不在を雷光に狙われてはたまらない。
ちょうどルディの休憩時間も終わったので、旭は一人で掃儀屋の元へと向かった。
※
「……というわけなんですよ」
「なるほどねえ……」
しげしげと写真を長め、光は呟く。
「自然物ではなさそうだね。調査が必要だ」
「じゃあ……」
だが、彼はこう続けた。
「この件はウチで預かろう」
旭は露骨に肩を落としす。
仕方のないことだ。彼らにとっては本業だし、部外者である旭を巻き込むのも都合が悪いのだろう。あまり困らせてはいけない。
しかし、そんな旭の様子を見てか、彼は前言を翻した。
「……と言いたいところだけど、君も気になってるんだろう?」
顔を上げて目を輝かせる旭に、彼はこう続けてみせる。
「まあ、こっちも仕事だから、とりあえず上に掛け合ってみるよ。第一発見者ってことで、できれば君達も関われるようにね」
「……ありがとうございます!」
それから、旭は少しの間部屋から出ているように言われた。上層部に然るべき連絡をするためらしい。守秘義務、というやつなのだろうか。
とりあえず、スマホを眺めて時間を潰した。ついでに真彩に進捗報告のメッセージを送る。
……が、いつまで経っても既読がつかない。そう言えば、彼女はあまりメッセージアプリを見ない方だと言っていた気がする。
ならば電話でもかけてみるべきだろうか? いいや、しかし緊急事態というほどでもない。
そんなことを考えている間に、電話の終わった光に呼ばれた。
まあいいか。
旭が部屋に戻ると、彼はこう言った。
「こっちは引き続き僕と最上が警戒する。そっちには木崎を向かわせて、君達には第一発見者兼現地の案内役として同行してもらう」
言いながら、彼はなにやらスマホの液晶を叩き始める。部下の二人にメッセージを送っているのだろう。
「それと、こっちからも追加で一人戦闘要員をよこすよ」
ただ光っているだけの竹林の調査だ。そんなものに追加戦力が要るのかと、旭は首を傾げる。その無垢な疑問に、彼はこう答えた。
「必要はないだろうけど、保険にね」
名目上は、あくまで掃儀屋がメイン……ということだ。彼らも彼らでまた、万が一に備えなければならないのだろう。
大人の世界は大変だなと、旭は思った。
「後で場所を教えてくれ。君達は今日中に出発するとして……ウチの追加人員は、多分夕方には現着できると思う」
トントン拍子で話が進む。これが、部下を預かる人間の実務能力ということか。
色に頭を下げて、ルディのシフトを調整してもらう。なぜか、理由は訊ねられなかった。都合はいいが、少しばかり不安になる。
だが、そんな不安もすぐに雲散霧消した。真彩から追加の写真が送られてきたからだ。
「……なんだい、これ」
「……わかりません」
出発直前、旭はカヤオとひとつのスマホを覗き込んでいた。
「どう見ても、なんかの機械だよなあ」
「ですよね……」
真彩から送られてきたのは、光る竹を切った写真だ。竹特有の、内部にぽっかり開いた空洞。その中には、剥き出しの基盤が鎮座していた。
「これ、怪異じゃなくて、イタズラとか、なんですかね……?」
奇怪とは言うが、怪異と機械は基本的に縁遠いもの。しかしカヤオは首を横に振った。
「いいや、どっちにしたって大問題だ。とりあえず現場は見ないと」
出発を目前にして、ますます深まっていく謎。
果たしてこの先、なにが旭を待ち受けているのだろうか。
ヒントはかぐや姫。月の裏側の住人だ。
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