ヴィルデザイア対ドラクリアン

第85話 進撃準備

 翌朝のことだ。まだ日も上がらない時間から、旭はガリアの呼び出しを受けていた。

 玉座に腰掛けた青年は、大仰な仕草で天井を仰ぐ。

「こんな朝早くに悪いな。だが君にとっても重要な話だ」

 それから旭に紙束を放り投げる。麻ひもで綴じられたそれは、地図や作戦概要やらが示されたものだ。

 これは、国家の機密情報ではないのだろうか? 降って湧いた重責に、旭は戦々恐々とした。

 焦る旭を見て、ガリアはケラケラと笑う。

「安心しろ、それは君用の資料だ。とりあえず……頭から説明するかな。七ページを開いてくれ」

 なんだか授業みたいだなと思いつつ、旭は言われたページを開く。載っていたのは数名のカラー写真だ。こんな世界でも写真はあるのだなと、旭は思った。

「そいつらは君の世界にVM……そっちで言うヒトヨロイを卸してる不届き者だ」

「卸してるって、今もですか?」

「ああそうだ。次から次へと新しいのが出てきて、なんかおかしいと思わなかったか?」

「それは……」

 確かに、ある。

 目にしただけでも四機。雷光の性格上、コウガの機体を出し惜しみしていた理由もわからない。満月の夜に三機で襲いかかって来てもおかしくはなかったはずだ。

「じゃあ、この世界から買い付けてたってわけですか」

「ああ。んでな、五十年ぐらい前からだったかな。とにかく、そういうのはやめようって話になってんだよ。こっちにもそっちにもそれぞれ文化があるんだから、お互いの未来を尊重しようってな」

 あまりにもかけ離れた文明がお互いに過干渉を行えば、その後の歴史が激変してしまう。そんな目に見える被害を回避しようということか。

「だから連中のオイタは明確なルール違反。この世界の均衡を保つものとして、捨て置くわけにはいかない」

 大筋は理解できた。だが、ひとつだけ説明されていないことがある。

「それで、どうしてその話を僕に……」

「察しが悪いな。手伝ってくれって言ってるんだ」

「……僕がですか!?」

 過干渉はよくないんじゃなかったのか。

「これは君の世界の問題でもあるからな。折半で行こうじゃないか」

「そういうもの、なんですかね……」

「そういうもんだ。それに――」

 玉座から立ち上がり、彼は言う。

「君の仕上がりを見る、最終試験でもあるからな」

 獣のように鋭い眼光が、旭を捉えて離さなかった。



 作戦概要が説明された。

 旭とガリアがタッグを組んで、敵のアジトに正面から乗り込み力押しで突破する。

「……作戦とは」

 旭は頭を抱えた。こんな大仰な書類の束だというのに、記された情報量は決して多くない。

 隣でページを捲る真彩も、思わず苦笑している。

「資源の無駄遣いを具現化したようなレジュメだ……」

 レジュメがなにを意味しているのかよくわからなかったが、恥ずかしいので黙っていた。聞くは一時のなんとやらとも言うが、別に彼女に訊く必要はないだろう。帰ってからググればいい。

 決行は明日の朝。ヴィルデザイアは昼過ぎまでに仕上がるらしい。それから急いで船に積み込んで、夜は海上で過ごす。なんとも過酷な強行軍だ。

「船の上で寝るの初めてかも」

 暁火はそんなことを言っているが、そもそも前提が怪しい。

「そもそも僕は船に乗ったことない。お姉ちゃんもそうじゃないの?」

 しかし彼女は首を横に振る。

「あるんだなあ、それが。旭が二歳か一歳の時だったかな」

「覚えてない……」

 なんかもったいないな。

「あたしも船は乗ったことないかな。飛行機ならあるんだけど」

「どこ行ったんです?」

 興味本位で旭が問うと、真彩は顎に手を当てながら考え込む。

「えーっとあれは……鹿児島だったかなあ。熊本だったかも。いや、両方かな? とにかく、九州のどっか」

「私も行ってみたいなあ」

 旅情への憧れを見せる暁火。修学旅行以外の旅行にとことん縁がなかった旭も、彼女に賛同し無言で頷く。

「全部片付いたら、どこかに行くか」

 そう言ったのは、意外なことにルディだった。

「いつまで続くかな?」

 煽るように訊ねる真彩。しかしルディは得意げにこう返す。

「なに、この夏で終わらせるさ。私は堪え性がないからな」

 実際、補給網を絶つことで妖人同盟の継戦能力はひといきに縮小するだろう。加えてマガツを討てば現行戦力にも大打撃を与えられる。雷光の性格を加味すると、最終決戦も近いように思えた。

「まあそれがいいよね。旭くん達は学校もあるし」

 真彩も特に言い返すことはなく、未来の話に思いを馳せる。

「だと、行くのは秋休みになりそうかな?」

「秋といえば紅葉……でもなあ……」

 暁火は渋い顔をした。それもそのはず。贅沢なことに能売川温泉は紅葉の名所。更に隣の山には名勝があり、その隣の山にも隠れた名所がある。

 とどのつまりなにが言いたいのかと言えば、紅葉は見飽きたということだ。

「秋は紅葉だけじゃないよ。美味しいものも沢山あるし」

 料理人としての知見もあるのだろう。真彩が述べると、暁火は目を輝かせた。

「美味しいもの! それいいですね!」

 現金なものだが、旭も同意だ。花より団子とも言うし、背に腹は代えられない。いやこれは違うな。

「腹が減っては戦もできないしね。今日の晩御飯も期待しててよ」

 そうそうそれそれ。エスパーかな?



 ヴィルデザイアでラジオ体操をしていた。

「どうかな? 君のよくやる動きを意識して調整してみたんだけど」

 ルディの伯母――名をキルビスと言うらしい――が言う通り、より自分の肉体に近づいたような感触がある。

 というのも、ラジオ体操は機体の基本動作を確認するのに都合がいいらしいのだ。なんでも、全身の関節や筋肉を程よく使うのだという。

 元の世界よりされた牧歌的な音楽に合わせ、腕を振り足を曲げる。

「バッチリです。生身より動きやすいぐらいかも」

 関節の可動範囲が人間より少し広いので、前屈なども軽々届く。どれだけ下げても膝裏が痛まないのが嬉しい。

「あとは新しい武器なんだけど……ここで使うとそこら中メチャクチャになっちゃうから、実戦でいろいろ試してみてね」

「腕が鳴ります」

「頑張ってね。油断してるとガリアに全部やられちゃうかもしれないし」

 そういえばと、旭は疑問を口にする。

「ガリアさんのロボットもあるんですか?」

「そりゃもちろんあるよ」

 当たり前だとでも言いたげに、彼女はその名を口にした。

「この国の名前の由来にもなった、とっておきの機体。史上最強のVM、『ドラクリアン』がね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る