第55話 弔
こう言ってしまってはなんだが、通夜も葬式も華やかだった。
親戚から地域の重鎮から知らない人から、果ては従業員や政治家まで、ありとあらゆる人間が訪れ、父の死を悼んだ。
真彩とその家族……は親戚なので普通に来たのだが、ルディや掃儀屋の面々までもが献花に来てくれたのは驚いた。
泣いている人も沢山いた。
旭も泣いた。
暁火も泣いた。
親戚一同涙を流した。父方も母方も関係なく、誰もが父の死を惜しみ、弔いの言葉を送っていた。
バスに揺られ、火葬場までの道のりを進む。ここまで来るのは親戚以外にほとんど居なかったが、それでもかなりの人数が乗り込んでいた。
見慣れない窓外の景色を眺めながら、ぼんやりと思う。
ここまでいろいろな人に惜しんでもらえたのなら。
父のこれまでの人生は、決して無駄ではなかったのではないかと。
心残りは、多分いくらでもあったのだろうが。
火葬場での待ち時間は、散歩をして過ごした。久しぶりに会った遠縁の親戚と軽く話したり、だとか。
もっとも、年の近い子供は一人も居なかったのだが。
遺骨にも触れた。
緑がかっている部分は、生花の成分が染み付いてしまったものらしい。確かに、棺桶の中は花でいっぱいだった。
係員の男性は、他にもいろいろなことを話してくれた。……あまり詳しいことは、覚えていないのだが。
いよいよ大詰めだ。
骨上げの最後は、旭と暁火が行った。喉仏が、合掌をしている仏様に見えるという話は……この期に及んでも、よくわからないままだ。
カルシウムを主成分とする塊は、丁寧に砕かれ、欠片ひとつのこさず骨壷へしまいこまれる。大きかった父の背中は、中学生の旭でも抱えられそうな壺に、すっぽりと収まってしまった。
聞いた話では、これもしばらくしたら墓場の土に撒いてしまうようなのだが。
それから葬儀場に戻り、宴会までの時間を潰すことになった。
(今年は年賀状出せないんだなあ……)
ぼんやりと、そんなことを考える。
「……終わっちゃったね」
丁寧にラッピングされた小さな箱を握りしめ、暁火は言った。
爪切りは不燃物だ。結局、誕生日プレゼントは最後の最後まで渡すことができなかった。
「うん」
終わってしまえばあっさりしたもの。ほんの二日か三日そこらの出来事だ。つい数日前まで、お祭り騒ぎをしていたというのに。
すっかり冷めてしまったお茶と、手を付けられていないお茶菓子。ほんの小さなテーブルを挟んで対面に座る暁火の顔は、未だ暗いままだ。
親族の目にも彼女の方が落ち込んでいるように映っていたらしく、戸籍がどうのという話は旭の方に来ていた。結局よくわからないので、祖父任せにはしてあるのだが。
沈黙。
「ねえ」
脈絡もなく、暁火は言う。
「お父さん、私のことなんて言ってた?」
意図がわからない。
「どういう?」
「脳出血の原因、ストレスだったんだって」
彼女の声色が、どんどんと黒ずんでいく。
「私、お父さんにずっとわがまま言ってたから……ずっと……迷惑かけてたから……だから……」
暁火は俯き表情を隠す。しかし今の彼女がどんな表情をしているのか、旭には手に取るようにわかった。
「そんなことは……」
「思うの」
両手でぐちゃぐちゃと顔を覆い、抱えていたものを全て吐き出す。
「私が変なことばっか言ってなかったらこんな事にならなかったんじゃないかって。私が自分勝手にわがままばっかり言ってなければって」
「違うよ。そんなことない」
「私が! 私のせいで! お父さんは!!」
涙混じりの声。嗚咽と慟哭。
彼女は決して父を嫌っていたわけではない。そして父もまた、彼女を疎ましく思ってなどいなかったはずだ。
「お姉ちゃん!!」
身を乗り出して姉の肩を掴む。あえて加減はしなかった。
声と力にショックを受けた暁火は、顔を上げてなお状況を理解できずに黙り込む。その瞳をじっと見据え、旭は言った。
「お父さんは、お姉ちゃんのことを迷惑だなんて一度も言ってなかったし、絶対にそんなこと考えてなかった。確かにお姉ちゃんのわがままはお父さんの悩みの種だったかもしれないけど、でもそれはお姉ちゃんのせいじゃない」
過程の話に意味はない。
「僕もお父さんも、そうやってお姉ちゃんが落ち込んでた方が悲しいよ」
それからまた、彼女は泣いた。震える姉の背中をさすりながら、旭も何度か泣きそうになった。それでも涙を堪えたのは、彼女が崩れてしまいそうだったから。
しばらく抱きしめあったまま、暁火は不意にこう言った。
「旭は、居なくならないでね」
それは、彼女の切実な願い。
しかし、旭は。
なぜだか、即答できなかった。
「……うん。わかった」
旭の答えが気に入らなかったのだろう。彼女は何度も繰り返す。
「絶対だから」
「うん」
「絶対絶対、絶対だから」
「わかってる」
「だから、もし居なくなったら……どこからでも、私が絶対に連れ戻すから」
なぜだろうか。
それはとりとめのない、ただの子供同士の口約束に過ぎないはずなのに。
「……うん」
その言葉が、今はとても心強く思えるのだった。
※
葬式会場でその姿を見かけた光は、なんとか驚きを隠すことに成功した。
その男の名前は、
光の元上司であり、行方不明になった掃儀屋の元エースフォワードであった。
立ち聞きをして少し調べた結果、この能売川温泉瀬織に勤務しているらしい。
十年前、能売川神社攻防戦にて
確かに、遺体は見つかっていない。
当時、彼の装備していたヒトヨロイ――トライスコーピオは、制御系統を中心に甚大なダメージを受けて山中に投棄されていた。予備兵装だけが、綺麗に抜き取られた状態で。
故に、光を中心とした捜査班は色が機体を打ち捨てて生身での戦闘に移行したものだと考えていたのだ。
その上で、恐らくは……戦死。
最終的に作戦は失敗し、能売川神社は壊滅。この一件は温泉街全体で祟りとして扱われるようになり、あの神社に関する話題は徐々に忘れ去られていった。
十年経った今でこそ、タブー視するような風潮はなくなったが……未だ、あの神社を再建しようとする動きはない。恐らく、神格を封じられた影響もあるのだろうが。
式場を出た光は、そのまま近くのコンビニで一服し、しばらく考えた。
光が今このポジションに、色から引き継いだ
長考の末三本目をフィルターギリギリまで吸い終えた後、光は貸与品のスマホを開いた。
「すまん最上。急用ができた。今日は戻れないかもしれないから、木崎にも伝えておいてくれ」
「仕事ですか?」
「……半分は、そうだな」
部下への指示を終えた光は、式場にとんぼ返りして中を覗く。色は宿の業務があるため一旦帰るらしい。迅速な行動は、結果を引き寄せるのだ。
ロゴの刻まれた社用車に乗り込む色を待ち伏せ、背後から呼び止める。
「――随分衰えましたね、先輩」
たっぷり一拍遅れてから、彼は振り返った。
「……光か。俺がここに居たこと、バレてたんだな」
「気づいたのはついさっきのことです。……探したんですよ。どうしてこんなところに居るんですか」
率直な問いに、しかし彼は答えようとしない。
「いろいろあったんだ。いろいろな」
「僕もあれからいろいろありましてね。先輩の後釜で今は小隊長ですよ」
「ほう、やるようになったじゃないか。俺も推してた甲斐があったな」
「やはり、先輩の差し金でしたか……」
「悪く思うなよ。もし俺になにかあったら、後を任せられるのはお前しか居ないと思ったんだ」
白々しい。
「まるでなにかあるってわかってたみたいな言い草ですね」
「いや……それは心外だ」
「ふむ……」
嘘はついていないようだ。
「悪いな、今は本当に忙しいんだ。後にしてくれないか?」
迷った。
ここで逃してしまったら、またあの時のように行方をくらませてしまうのではないか。そう思ったからだ。
しかし。
「……まあ、いいでしょう」
式場での彼は、ありとあらゆる事態を真摯に受け止め、右へ左へ奔走していた。自らの業務に真剣に打ち込む男の姿だ。
飄々としていたあの頃とは、少し違う。
「すまない」
そう言い残して、彼は社用車に乗り込んだ。すぐにエンジンを唸らせて、県道へと走り出す。
さて、どうしたものか。
組織人として、行方がわからなかった社員が発見されたと報告を上げるべきか。
あるいは、個人として、秘匿するか。
「……今は、まだ」
その時ではない。
引き際と攻め時の見極めは、指揮官に要求されるもっとも重要なファクターだった。
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