第52話 降参します
怒涛の連携攻撃を加えても、デッドミラージュの装甲を抜くことはできない。
「相変わらず硬いなこいつ!!」
「全然抜けないです……!」
「硬いとか抜けないとか、卑猥な会話をするのですね」
気の抜けたことを言うリリス。愛機の強さに胡座をかいて、反撃すらも杜撰になっている。旭達が未だに食らいついていられるのは、彼女の意欲の低さのおかげだ。
しかしまだ足りない。
「おい、秘策っていうのはまだか」
勝の声からは疲労が滲み出ている。長時間に渡る戦闘は二人の肉体や精神を確実に蝕んでいた。
「もう少し待ってください!」
相手は享楽主義のサッキュバスだ。いつか必ずその時が来る。
乱暴に振るわれた腕を跳躍で凌ぐ。その瞬間を待ちわびて。
心底面倒くさそうに首をコキコキと鳴らしたリリスは、大地に突き立ててあったランスを引き抜く。長大な得物を再び構えたデッドミラージュは、あろうことか大上段にそれを構えた。まるで大剣でも扱っているかのような動き。
「はぁ……もう飽きてきました」
――来る。
天高く振り上げられたランスが、ひといきに振り下ろされる。力任せの、本気の一撃だ。この瞬間を待っていた。
相手の正面を目指し位置取り。巻き込まれそうな場所に居た豪月華を蹴り飛ばす。
「なっ!?」
「どいてください!」
時間がない。振り下ろされたランスが迫る。
真正面から受け止めなければならない。慎重に相手の動きを見極め、ステップを踏み最後の微調整を行う。
来た。
「終わりにしましょう!」
ほんの一振りで生み出される、強烈な衝撃波。完璧な位置取りだ。旭はごく小さな声で呟く。
「ドレインニーベル」
衝撃波にかき消される声。すべてを薙ぎ払うほどの衝撃波が、突き出した手のひらに吸収された。だが、これをそのまま返すだけでは決め手に欠ける。本体装甲は抜けるかもしれないが、あの無駄にデカい盾を構えられたらおしまいだ。
故に旭は演じた。
わざと直撃したフリをして、後方に吹っ飛んでいく。騙されてくれ。
「ぐはぁ!」
背中から地面に叩きつけられ、演技ではない嗚咽が漏れる。じんじんと痛む背中をさすりながら、リリスの一挙手一投足に目を凝らした。
「あら、まだ生きていたのですね」
余裕綽々、白磁の機体はヴィルデザイアを睥睨し、嘲るように笑ってみせる。
「いい加減に諦めてはいかがですか? 今なら命までは奪いませんから」
定番の誘い文句だ。そんな言葉に乗ってやる人間など、果たして存在するのだろうか。
「わ、わかりました……」
ここに居るのだ。
「は?」
呆気に取られる勝。ヴィルデザイアを立ち上がらせ、旭はこう言ってのける。
「もう無理ですよ。こんな相手に勝てるわけがありません」
「おい!! お前いい加減にしろよ!?」
勝はキレた。当然の反応だと思う。
加えて、キレたのは彼だけではない。
「お前……」
「旭くん……」
「旭……?」
女性陣から白い目を向けられる。特にルディの表情は険しく、その軽蔑を孕んだ眼差しは旭の心に深々と突き刺さる。
だが、取り消さない。
「降参です……降参します! 僕だけでもいいから助けてください!!」
「お前ー!!」
地団駄を踏み叫ぶ勝。なんだっていい、奴を倒すチャンスだ。
言葉の裏で、旭はその秘めたる牙を鋭く鋭く研ぎ澄ませていた。軽蔑されようが、裏切り者の誹りを受けようが、今は構わない。思ったよりも辛いけど。
「あっはっはっは! いい子ですね!! それじゃあ、まずは私の眷属にしてさしあげましょう!」
リリスがコックピットを開き、無防備にもその姿を晒す。予想していたタイミングよりもかなり早い。しかし目ざとい旭はその瞬間を見逃さなかった。
「リバース!!」
「えっ――」
先程貯めた衝撃波を、そっくりそのまま撃ち返す。
その威力に、旭は肝を冷やす。目の前の景色が、すべて消えてしまったからだ。
森の中央に、ポッカリと開いた空間。地面がえぐれ、木々を消し去り、向こう側の山肌までも削り取った、ただの一撃。
よく見れば、その山肌にはデッドミラージュの残骸が転がっている。コックピット内に入り込んだ衝撃が、内側から機体を貪り食ったのだろう。かつてのあの美しい立ち姿は、見る影もないほどに煤けていた。
「……ドン引きですよ、ドン引き」
すぐ隣から声が降り注ぐ。ヴィルデザイアの肩にリリスが腰掛けていたのだ。瞬間移動で逃げたのだろうか?
「あ、勘違いしないでくださいね。もう戦うつもりもありませんし、あなたと違って降参したフリでもありませんから」
厭味ったらしくそう言った彼女は、愛機だったものの残骸に目をやりため息をつく。
「理屈はわかりませんが、こちらの攻撃を跳ね返したのでしょう? 恐ろしいことをしますよ、まったく」
とんだ責任転嫁だ。罪をなすりつけられてはたまらないと、旭は言い返す。
「最初にやったのそっちじゃん」
しかし彼女はこう言った。
「違います。あなた方から採取したパワーの話です」
おっと?
「もうお手上げです、我々の手に負えません。何度でも言いますけど……たった四人が一晩で、あんな……本当にヤバいですよ、あなた達」
勝っても負けても煽り倒される。散々な言われように、旭は言葉を失った。
その代わりにルディが叫ぶ。
「貴様殺すぞ!!」
珍しく顔を真っ赤にした彼女は、両腕にそれぞれ氷の槍と炎の旋風を携えてリリスの眼前へ転移した。しかし傍若無人、自由奔放なサッキュバスは追撃の手を緩めない。
「うわっ、一番ヤバいお方じゃないですか。あなた淫魔の素質ありますよ。我々の業界でもあんなキスするの少数派ですからね」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ殺す!!!!!!!!!!!!」
血の涙を流しながら叫んだルディは、大地を震わせ己の持てるすべての攻撃魔法をリリスの顔面へ叩き込んだ。が、理性を欠いた攻撃がワープ持ちの相手に当たるはずもなく……。
「怒らせすぎてしまったみたいですね。今回はもう諦めますので……私はこれで。失礼しました」
飄々とした態度を崩さず、リリスはどこかへ消えていってしまう。掴みどころのない、油断ならない相手だった。
一方、怒りの矛先を見失ったルディは、息を荒げ、目を血走らせたまま、手近に居た旭に視線を向ける。
「お前……昨日のことは忘れろ」
「あ、ああ、はい……」
「必ずだ。もし蒸し返したらたとえお前が相手でも容赦しない。殺す」
本気の目だ。これまで感じたことのない、死が目と鼻の先に迫った、リアルな命の危機。
「忘れます、絶対……」
「……それでいい」
旭の言葉に満足したのか、彼女は溜飲を下げる。なんとか一命を取り留めることができた。
しかし旭は、ひとつ嘘をついている。
昨夜のこと、忘れてなるものか。
これまでの人生で一番上質なオカズをそう安々と手放せるほど、旭は日和っていなかった。
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