第38話 掃儀屋

「お参り、ですか?」

 調査ではなく、お参り。意外な言葉に、旭はオウム返しをした。

「そうだ。ここの土地神に用があった」

 そこで彼女は言葉を切る。不服と言った様子だ。

「あったんだが……上の神社、見ただろ? あんなところに神格は居ない。……と言うよりかは、神格が居たらあんなことにはならない」

 まあ、そうだろうなとは思う。あんな人間も寄り付かないような土地に、神様がいるだなんて思えない。それに――

「あれじゃあ、信仰も集まりそうにないですからね」

 旭の言葉に、ルディは軽く微笑んだ。旭が正鵠を射るたびに、彼女は嬉しそうな表情を見せる。それが旭は嬉しかった。

「察しが良いな。その通りだ」

 上機嫌なまま、彼女は滔々と語る。

「社の整備、それ自体は人間が行う。信仰が神を神たらしめるが、逆説的に神は信仰を生み出す。神格が居るなら、その社は信仰を呼び、人を集める。だから綺麗なまま維持されるんだ」

 語り終え、彼女は咳払いした。

「……話が逸れたな。本題に戻そう」

 ヒールをカツリと鳴らし、彼女は言う。

「連中、私が来る前になにか言ってなかったか?」

 旭は記憶を遡り、重要っぽい話をピックアップする。デュラハンと雷光が話していた、あの内容を。

「雷光が神様を封印した? みたいな話をしてましたよ」

「封印……まあ、そうだろうな。おいそれと神格を滅するようなことはできない。それ相応の準備が必要だ」

「それがこの十年、ってことですか」

「多分そうだな。で、その間に外様にも情報が漏れたんだろう。……まったく、とんでもないタイミングで居合わせたものだ」

 ルディは盛大なため息をつく。確かに、彼女の立場からすると面倒事に巻き込まれたことになる。が……旭には別の感情が芽生えていた。

「でも、僕は……ルディさんが来てくれて、良かったと思います」

 彼女には悪いと思う。

「ルディさんが居なかったら、僕も、この街も……なにもできなかったかもしれない。だから、僕はルディさんが来てくれて、良かったと思います」

 しかし、彼女は頷かなかった。ほんのわずかの間だけ瞑目し、再びまぶたを持ち上げる。

「……いいや、そうでもないかもしれないぞ」

 彼女の視線の先――廃墟となった雑貨屋の物陰には、三つの人影があった。

 そのうちの一つ、細身の成人男性が、夜道に姿を現す。堂々とした足取りで、一歩、また一歩と、二人の前に歩み寄る。

「……バレてしまったなら、仕方がないですね」

 闇夜に溶け込むような、しかし同時にひときわ目を引く漆黒のスーツ。シャツやネクタイまで黒く染められたそれは、まるで――喪服。

「僕達は、あなたの同業者……正式には、掃儀屋そうぎやと言いますが……まあ、お仲間だと思っていただいて構いません」


 掃儀屋。


 それが、この街に新しく招かれた客人の名であった。



 掃儀屋とは、半官半民の悪魔祓いを生業とする企業であった。

 その成り立ちは明治中期。中道葬儀社が火葬場周辺の "わるいもの" を祓うために自社で陰陽師を雇用したのが始まりとされる。(中略)現在では全国にその規模を広げ、独自のネットワークを用いて業務にあたっている。 ……らしい。

 昨晩貰った対外向けのパンフレットを読み込み、旭は考える。

 モグリの旭やルディと違い、彼らは正式に国や自治体の依頼を受けて業務にあたっているわけだ。

 ならば、一応専門家であるルディはともかくとしても、ズブの素人である旭は邪魔をしない方が良いのではないか?

 現に、彼らは言った。「この場は我々にお任せください」と。

「ふーん……。掃儀屋、ね……」

 真彩は不満げに呟く。そう言えば、彼女はだ。なにか知っていないだろうか。

「真彩さんはなにか知ってますか?」

「知らない。まあ、未央は知ってたみたいだけど……」

 スマホを横目で見やり、彼女は言う。表立って活動する組織ではないようだ。

「任せてくださいって言ってもさ、結局この半月なにもしてなかったわけじゃん」

「なにもしてなかったわけじゃないみたいですよ。僕達が居たからっていうのもあるでしょうし、この前なにか調べてるの見ましたし」

 すると彼女はこう言った。

「旭くんは悔しくないの?」

「悔しい、って……」

「手柄を横取り……ってわけじゃないけど、後からしゃしゃって『任せてください』って……なーんか、腑に落ちないんだよね」

「……」

 自分の感情を上手く言葉にできず、旭はなにも言えなかった。

 そんな旭の様子を見て、彼女は言う。

「まあ、もう少し考えてみてもいいんじゃない? 時間はいくらでもあるんだし」



 ルディがまた風呂に乱入してきた。

 なにを考えているのだろうか。上機嫌に浴槽に腰掛け、ロクに前も隠さず星空に視線を向ける。

 旭がチラチラと横目で様子を窺っていると、バッチリ目が合ってしまった。ギョッとする旭と、大した反応も示さずに星空を見上げ続けるルディ。この人もしかして見られて興奮する変態なんじゃないか?

 とりあえず適当な話題で誤魔化せないものか。思案を巡らせ、一つの結論にたどり着く。

「ルディさんはどう思いますか? あの……掃儀屋のこと」

「どう? まあ、そうだな……やっと楽ができるって感じか」

「楽って……」

「もう私らが出る幕でもないからな」

 どうやら彼女は彼らに全て任せてしまうつもりらしい。確かにそれは、正しい選択なのだろう。……いいや、本当にそうだろうか?

 なにをもって、それが正しいとするのか。

 素人である自分が、下手なことをするべきではない。彼らが動いた以上、然るべき機関が正式に判断を下したのだろう。だから、邪魔をしてはいけない。

 それでも旭は、このまま引き下がってしまうことに対して、

「どうした? 不服か?」

 首を傾げ、訊ねるルディ。旭は振り向き、こう返した。

「ルディさんはなんとも思わないんですか!?」

 言いながら、勢いのままに立ち上がる。口の端をつりあげ、意地の悪そうな笑みを浮かべたルディの姿を見て、旭は……そのまま数秒間フリーズした。

 それから急いで振り返り、肩まで湯船に沈めて呟く。

「……ごめんなさい」

 屹立したアレを手で隠し、肩をすくめて縮こまる。その姿を見てか、ルディはケラケラと笑った。

「構わない。見せつけているわけだしな」

 は?

「それに、私もバッチリ見た。これでだろ?」

 は?

「えっ……変態じゃん……」

「……否定はできない」

 急に頭が冷静になった。ヤバいなこの人。

 が、冷静になったおかげで考えがまとまった。

「……僕は続けますよ。その……妖怪退治」

「そうか」

「決めましたから。最後までやるって」

「そうだな」

 多分、彼女は満足気に頷いているのだろう。また乗せられてしまった気がする。

「まあ、最初に巻き込んだのは私だ。お前がそうするつもりなら……私も、最後まで責任を取ろう」

 決まりだ。

「さあ、そうと決まれば話は早い。恐らく逆十字軍エデンサルクの本隊が到着するのは今晩だ。お前もさっさと支度しろよ」

「はい!」

 ルディに続き、旭も早々と風呂を上がる。当たり前のように脱衣所で鉢合わせてパニックになったのだが……それはまた別のお話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る