破邪の妖刀
第30話 正義の味方?
人間を満載したバスが二台、なだらかな斜面を上る。緩く傾斜のついた駐車場は、久方ぶりの行列を嬉しそうに受け止めていた。
八月一日。能売川温泉瀬織にとってこの夏一番の稼ぎ時であり、旭にとっては運命の日でもあった。
日中、宿の手伝いに精を出しながらも、どこか上の空。手の止まった旭を見やり、ルディは言う。
「気持ちはわかるがあまり気負うな。焦るだけでロクなことないぞ」
「そりゃあそうですけど……」
別に人類の存亡だとか大それたものが掛かっていなくても、人間は大舞台を前に緊張する生き物。気にするな、という方が無理筋だ。
「なにか、緊張を和らげる方法とかないんですか?」
ダメ元で訊ねてみる。ルディは吐き捨てるように言った。
「知らん。私はそういう感情とは無縁だったからな」
緊張を知らないとは、なんと豪胆なのだろう。あるいは――
「それ、相当つまらない人生だったんじゃない?」
ド直球の悪口を伴って現れたのは真彩だ。オブラートのオの字もない、あまりにもあんまりな物言い。ルディはきっと、烈火の如く怒るだろう。
「好きに言ってろ」
しかし大変意外なことに、彼女は機嫌を損ねなかった。怒ることも笑うこともせず、すぐに持ち場へと戻る。いつもの彼女からは想像もできない態度だ。はっきり言って気味が悪い。
「え、今の怒らないんですか?」
「ん? ああ……」
そこを蒸し返されるとは思っていなかったようだ。ルディは面倒くさそうに言う。
「こいつの軽口にいちいち腹を立てても疲れるだけだからな」
旭は思った。
(今の軽口か? かなり酷い罵倒だった気がするんだけど。多分僕ならキレてる)
そう思ったのは旭だけではないらしい。当の本人も、ルディの様子を窺いながら下手に出る。
「そ、その……冗談にしても行き過ぎてたよね……ごめん」
真彩は珍しく謝罪した。ルディに本気で見限られたと思ったのだろう。普段はあんな態度だが、存外仲良くしようという意思はあるのかもしれない。
だが、彼女の懸念はただの杞憂だったようだ。
「……なんだ、気持ち悪い。気にしてないって言ってるだろ。それぐらいで私は怒ったりしない」
どうも本気で気にしていないらしい。
それはそれで不気味なのだが、考えていても仕方がないだろう。真彩も同様に考えたのか、ここに来た本来の目的を口にする。
「そろそろ休憩でしょ。差し入れ持ってきたよ」
言いながら彼女が差し出したのは、ぷるぷるの水まんじゅうだ。甘く冷たい皮が、火照った身体に染み渡る。
「厨房は空調効いてるだけまだマシなんだね。天気もいいし凄い暑いわ」
「ならさっさと引っ込んだらどうだ?」
「冷たいこと言わないでよー」
例年通りのうだるような暑さだが、これでもまだ都市部よりはマシと言われているのだから恐ろしい。山間部サマサマだ。
「風が吹けばマシになりますよ」
その時だ。
まるで旭の言葉に応じるように吹いた風が、集めたゴミを吹き飛ばす。ルディはキレた。
「マシでもなんでもないんだが?」
「ご、ごめんなさい……」
「ガッハッハ、お前が謝るようなことじゃねえよ」
男の声。振り返ると、そこには源雷光の姿があった。
「なっ!? どうしてここに――」
旭達が身構えると、彼は飄々と両手を上げる。戦意を感じない。戦いに来たのではないのだろうか。
「いやあ、お前らがあんまりにも悠長に構えてるからよお、新月の夜なんてまどろっこしい表現が通じなかったのかと心配になってな」
ルディは小さく鼻を鳴らした。
「案ずるな、通じている。貴様だけに構っているほど我々も暇ではない、ということだ」
「あれ? 俺もしかして舐められてる?」
「そりゃね。あんたらみたいな日陰者がいくら束になっても、旭くんの新必殺技には敵わないよ」
真彩が話を盛る。なんで?
「そうかい、そりゃ楽しみだ。それじゃあ今夜また会おうぜ、坊主!」
風と共に現れ、風と共に去る。嵐のような男は、あっという間にその姿を眩ませた。
「マメな奴だ」
「これ、すっぽかしたら待っててくれたりしないですかね?」
こうしてわざわざ様子を見に来るあたり、堂々とした戦いを望むタイプなのではないかと踏んだのだ。しかしルディは首を横に振る。
「ないな。その手の享楽主義者には見えない」
それから少し考えて、彼女は続けた。
「ああ、勘違いするなよ。アレは正々堂々戦うだとか、そんな事を考えての提案じゃない。準備万端なところに誘い出すための口実だ」
「え、じゃあ罠にかかりに行くようなもんじゃないですか」
「そうだな。連中はお前に絶対に倒すための戦力を用意してくるはずだ」
ヴィルデザイア攻略を見据えた妖怪軍団。そんな相手に真正面から挑むなど、無謀もいいところだ。
「作戦とか……あるんですか?」
「あるぞ」
恐る恐る訊ねる旭。対するルディは、自信たっぷりにこう言った。
「真正面から叩き潰すんだ」
「いや話の流れおかしくないですか?」
「おかしくなんかない。さっきも言っただろ。逃げたらこの街は終わりだ。こっちは手持ちの情報が少ないんだから後手後手に回るしかないんだよ」
真彩が呟く。
「なんかケーサツみたいだね」
「警察って後手後手なんですか?」
「事件が起きてからしか動けないからね」
「なるほど……」
彼女のおかげで一応の納得を得ることができた。ぼんやりとした理解ではあるが、しかし腑に落とすのは大切だ。
それをルディがぶち壊す。
「いや違うが? 私は別に相手が動かなくても尻尾を掴んだら叩き潰すぞ」
「ああ……まあ、そうだよね。あんたは正義の味方って柄じゃあないしね」
「正義を自称する人間ほど胡散臭い奴は居ない。私は悪魔祓いのプロだ。一緒にするな」
不毛な争いだ。
「残念。正義と正義の味方は違います。月光仮面知らないの?」
「いや知らんが……」
謎マウントで勝ち誇る真彩に、ルディは白い目を向ける。因みに旭はといえば、月光仮面こそ知っているものの、なぜ正義の味方の話で持ち出されたのかは皆目見当もつかなかった。
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