017 栽培指導
私たちが調査から戻ってきて、一週間あまり。
畑の準備が終わったという連絡があり、私は早速、指導に赴いていた。
と言っても、お隣だから、徒歩数秒なんだけど。
「今回は何種類かの薬草を持ってきていますが、大まかに二つに分けられます。片方は環境さえ合えば簡単に育つ物、もう片方は、手間さえかければそれなりに育つ物です。どちらも比較的買い取り価格の高い薬草ですね」
私の説明を頷きながら聞いているのは、マイケルさんたち夫婦。
直射日光の下で頑張っていたからだろう。前回会った時と比べて肌が日に焼け、農家らしさを感じさせるようになっている。
「えっと、サラサさん。手間がかかる薬草が高いのは解るんだけど、簡単に育つのに高い薬草って……?」
「イズーさん、良い質問です。こちらの薬草、簡単に育つんですが、森では動物や虫にすぐに食べられてしまうんです。幸い、ここは頑丈な柵で囲まれていますから、その心配が無いでしょう?」
「なるほど、それで……。ここなら、虫に対処するだけで済む、と」
「そういうことです」
環境に関しては、この薬草が自生している森の傍なので問題は無いはず。
後は、虫がついていないか時々見回っていれば、失敗は無いと思う。
もっとも、その時間が取れない私は育てていなかったので、この種は師匠から新たに仕入れた物になる。
「では、その薬草だけにすれば良いのでは? 手間のかかる薬草を植えなくても」
不思議そうにそう尋ねたマイケルさんに、イズーさんが眉をつり上げる。
「マイケル! 私たちはサラサさんの畑の管理を任されているんだよ? 文句を言わないの!」
「あっ、そ、そうですよね、すみません」
イズーさんに叱られて、慌てて私に頭を下げるマイケルさんに、私は軽く首を振る。
「いえいえ、そちらの方はあまり気にしなくても……」
一応、この畑は私の物ということになってるし、事実そうなんだけど、私にとっては必ずしも必要な物じゃないからね。
報酬として受け取ったのも、村が私に対して提供できる物がないから、という面が大きい。
困っているエリンさんの依頼を簡単に断る事はできないし、タダ働きをするわけにもいかない。難しいところだよね、ご近所づきあい。
「もちろん、理由はあります。一つは、同じ種類の薬草を同じ場所でまとめて栽培するときちんと育たなかったり、育っても薬効が乏しくなったりする事があるため、です」
食べるための農作物ならともかく、薬草に求められるのはその薬効。
それが無い薬草なんて、何の価値も無い。
自然の群生地から集めてきた物に関してはそんな事がないので、何か理由があるはずなんだけど……未だよくわかってないんだよね、このへんの事は。
薬草栽培に関しては、他にもよくわからない事が多いから、錬金術師が細々とやるぐらいであまりメジャーじゃないし、だからこそそれを研究している人も――少なくとも私は――寡聞にして知らない。
「もう一つは、お二人のためですね。一種類だけだと、失敗したら収入ゼロになってしまいますから。困りますよね?」
私はここで採れる薬草がなくても『残念だったね』で済むけど、これがメインのお仕事であるマイケルさんたちは、収入に即致命傷を喰らう事になる。
エリンさんからの報酬はあるにしても、裕福とは言えないこの村、期間、金額共に十分とは言えそうもない。
「お気遣い、ありがとうございます。エリンさんから生活費がもらえるのは秋の収穫までなので、助かります。ハハハハ……」
「もう、笑い事じゃないでしょ? 私たちの将来がかかってるんだから!」
少し乾いた笑いをあげるマイケルさんに、イズーさんは頬を膨らませ、マイケルさんの背中をパンと叩く。
「う、うん。解ってる。ちなみに、手間のかかる方は? お恥ずかしながら、農業にはあまり慣れていないので、難しいのは……」
「頻繁に水をやらないといけない、日陰を作る必要がある、特別な肥料が必要とか、そんな感じですね。必要なのはいずれも技術よりはまめさなので、汗さえ流せば失敗する事は……あんまりありません」
「あんまり、ですか?」
少し不安そうに聞き返すマイケルさんに、私は頷く。
「自然相手ですからね。天候次第ではダメになる事もありますから……」
こればっかりはどうしようもない。
畑で育てる以上、『今日は荒れそうだから、室内に持って入ろう』ってわけにもいかないから。
「なるほど、そうですよね。ですが、まめさには自信があります! 技術はないですけど!」
「あんまり自慢にならないわよ! すみません、サラサさん。でも、この人、言われた通りにやるだけなら、面倒なことも腐ることもなくやり遂げますので、どうかよろしくお願いいたします」
イズーさんは困ったように、胸を張ったマイケルさんの手を引っ張って、頭を下げる。
「大丈夫ですよ。言われたとおりに、真面目にやる。それも一つの才能だと思いますから。まずは、育てやすい方の薬草から植え付けていきましょう。注意点は――」
マイケルさんたちがサウス・ストラグでどんな仕事をしていたのかは知らないけど、サボったりしないだけでも、雇う方としてはありがたい。
教えた事を忠実に熟してくれるならば、なお良い。
変に独自判断されるよりはずっとね。
私は言葉足らずにならないよう、丁寧に薬草の栽培方法を二人に説明するのだった。
◇ ◇ ◇
「さて、やっと溶岩トカゲの処理ができるよ」
薬草栽培の指導に目処をつけ、調査に行く前から溜まっていたフローティング・テントの注文、行っている間に溜まった冷蔵庫の注文、その他諸々。
ようやく、それらの仕事がすべて片付いた。
ベースとなるテント作りまで自分でやっていたら、まだ当分かかっただろうから、ロレアちゃんと協力してくれた村のおばさんたちに感謝、だね。
その分、利益は減ったけど、『村の人たちにお仕事を』という私の目的にも合致しているし、トータルとしてはきちんと利益が出ているので問題ナッシング。
素材の買い取りが重なったために減っていた現金も、ある程度は回復したし、気分的には少し楽。
もっとも、村の内部で回っているだけなので、外に売らないと総量が増えないのが問題なんだけど。
「そのためにも、溶岩トカゲを売り物にしないとね」
劣化しないように簡単な処理だけしていた溶岩トカゲの皮は、都合4匹分。
私という錬金術師が現場にいた事、そしてケイトさんの弓の腕が見事だった事から、状態はかなり良い。
これだけの品は、採集者からはなかなか買い取れないので、上手く仕上げれば、かなりの値段で売れるはず。頑張らないと。
「溶岩トカゲだと、やっぱり耐火・耐熱だよね」
このままでも熱湯や高温水蒸気ぐらいには耐えられるけど、きちんと加工すれば、文字通り溶岩とも喧嘩ができるレベルに効果が高まる。
「そのためには、炎系の素材がだいぶ必要にはなるけど……仕方ないよね」
手持ちで比較的潤沢なのは、火炎石ぐらい。
でも、溶岩トカゲの加工に必要なのは、それじゃないのだ。
ここには持ち込まれる事もないので、師匠、もしくはレオノーラさんのところから仕入れるしかないわけで。
「ちょっと増えた現金がまた減るよ~。ま、これの加工に成功すれば、十分に元は取れるんだけど」
失敗したら?
ピーピー言う事になるね。
錬金術大全の四巻を終わらせるため、素材を買い込んだ後だから。
「でも大丈夫、私は失敗しない! ……と、思うけど、一匹ずつやろう」
四匹分、同時に処理すれば手間は一回で済むし、素材も節約できるけど、失敗した場合の損失は四倍。
一匹ずつ処理すれば、失敗して失われるのは一匹分。
現在の懐事情で、溶岩トカゲ四匹分の皮と加工に使うその他の素材、まとめて失うと、本気で採集者からの買い取りにも困る事にもなりかねないので、今回は手間を省くよりも、時間をかける方をとる。
「溶岩トカゲの皮はきれいに洗って、錬金釜にポイ。タルブーの根を一本に、アッシュブランダの粉を一匙。ペールジーの抽出液を三滴ほど加えて……」
錬金術の素材は、粉の一摘み、液体の一滴で銀貨や金貨が飛ぶような物もある。
私は間違ってもこぼしたりしないよう、慎重に作業を進めたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます