十五話 最悪
「はは、ははは」
琴音の体から力が抜ける。眼と髪の色が次第に元通りになっていく。
だが、元に戻らない物も有る。
失われた命が戻る事は無い。少なくとも氷華が知る限りは。
そんな方法が有るなら、氷華がここまで思い悩む事は無かったのだから。
「全部、全部私のせいじゃない。結局琴音さんの事何も考えてなかったんだから。暗い世界を知って欲しくないなら、なんで早く遠ざけなかったんだ? 簡単だよね。私が傍にいて欲しいって思ったからじゃん」
氷華は琴音の明るい性格に救われていた。だから傍にいて欲しいと思ってしまったのだ。本当に琴音の事を思うのなら、魔術との縁を切ってしまうのが最善だった筈なのに。
結局、琴音がああなったのは氷華のわがままのせいという事になる。闇堕ちした原因を自分で作った癖に殺したとか最悪のマッチポンプだ。
氷華が慟哭する間に、彼女が抱える琴音の遺体から呪詛が抜けて元通りになっていく。
だが、琴音の体が元通りになっても、呪詛が都合よく消滅する訳では無い。
「え……そんな……でもそうなるのが道理……。」
指向性を失った呪詛は無差別な呪いと化す。
「や、やめ」
それは呪詛のエネルギーが消滅するまで人を殺し続ける。耐性が有る魔術師は別だが、普通の人間には耐えられない。
「やめてええええええええええええええええええええええええええ」
そうして、京都の街は呪いに飲み込まれた。無辜の市民、観光客、そして、氷華の同級生達さえも一人残らず命を失った。
勿論、放置していれば被害は街一個程度では済まなかった。だからそれに比べれば遥かにマシだ。
だが、そんな事が気休めにならないぐらいにこの結末は救いがない。
「はは、ははは、ははははははははははははあああああああああああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
廃墟と化した街に、氷華の悲痛な叫びが鳴り響く。
◇◇◇
2019年 10月17日 水曜日
優斗は氷華を背負って金森市まで戻ってきた。
街一つから人が居なくなったなんて大事件は流石に隠蔽出来ず、テレビ番組でも取り上げられている。中には宇宙人の仕業なんて言う説等も大真面目に語られているが、真相に辿り着く物は魔術師を除いていない。
玄関を開くと、気配を察したらしいエミリアが待っていた。
「おかえりお姉ちゃん、師匠。ずいぶん早いね。京都で大事件が起きたから? まあお姉ちゃんとししょーなら心配はいらないけどね」
「ああ……ただいま」
エミリアは氷華が反応しないのに気が付く。
「お姉ちゃーん。返事してよ。なんで背負われてるの? 自分で歩こうよ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
氷華の眼は焦点が合っておらず、エミリアの声も聞こえていない。ただうわ言の様に謝罪を繰り返すだけだった。
「……悪い。しばらくそっとしておいてやってくれ」
「う、うん」
余りの後悔と絶望により、氷華は心を閉ざしてしまっていた。
◇あとがき
正直やり過ぎましたね……。
四章はここまでです。一応次が最終章の予定ですが、数年ぐらい時間を飛ばしたエミリア主軸の続編を構想中なので、この世界の物語自体はまだまだ続きます。
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