十四話 あなたを殺して
漆黒の槍が全方位から氷華に襲い掛かる。氷華は剣で槍を切り払い、一旦距離を取る。
「琴音さん……どうして貴女がこんな……」
「ふふふ、まだ私の事友達だと思ってくれてるんだ。嬉しいなー。でも、ここに居るのは敵だよ?」
琴音は歪んだ笑みを浮かべる。一方の氷華は焦る気持ちとは裏腹に、冷静に状況を考察していた。
(とりあえず私の体の呪詛を使っているのは間違い無さそうだけど……どうやって? 琴音さんには無理だと思うけど……。関係有りそうなのはあの三つの礼装かな? 形状的に三種の神器、多分本物じゃなくてレプリカだろうけど)
数百もの真っ黒な狼が氷華に襲い掛かるが、氷華は難なく回避する。
(でも何で琴音さんがあんな風に? あれだけの呪詛を浴びればそりゃあ精神に影響は出るだろうけど、どう考えてもそれだけじゃないよね……ちゃんと向き合わなかったから……いや、それは後。とりあえずあれを壊せば戻るのかな)
自責に陥りがちな思考を修正し、現状解決の為の手段を模索する。関係改善なんて終わってからでいいのだ。
氷華は距離を詰めて、剣で疑似三種の神器を斬りつける。だが……
「……実体がない礼装? いや、見えているだけで、使用中は本体が異世界に有るのかな」
剣はすり抜けてしまい、礼装を破壊する事は出来なかった。どうやら使用中は破壊できないらしい。
「困ったな……術式解析するしかないか」
「そんな事してる時間は無いよ」
琴音がそう言うのと同時に、黒い靄が一気に広がる。それは氷華を通り過ぎて、天井を崩しながら上へ向かっていく。
「……まさか」
◇◇◇
優斗が雨木家本邸に到着するとほぼ同時に、地下から黒い靄が噴き出す。それは急速に広がっていき、周りの人間を襲い始める。死に瀕した人間が発する絶望や怒りを呪詛に変換し、それを取り込んでいるのだ。
「やっぱりこうなったか……」
「お、お前は優斗? 今更頭下げたって許してやらないぞ」
よく見ると姉と兄が腰を抜かしていた。
「その状態でそんな事言えるのはある意味尊敬するよ……さっさと逃げればいいのに」
それだけ言い残して、優斗は先に進む。黒い靄や、そこから現れるかぎ爪が行く手を阻むが、全て刀で斬り払う。
普通呪詛は剣で斬れないが、今の優斗はその場に存在するなら実体がなくても斬れる。斬り損ねたかぎ爪が優太と優奈を飲み込んだ。
「だから逃げろって言ったのに」
ちゃんとしていれば逃げるぐらいは出来ただろうが、腰が抜けた状態ではそれも難しい。
「まあいいか、それより急がないと。これを知ったら氷華が……」
優斗は呪詛の塊を斬りながら地下に向かって駆け出す。最下層で目にしたのは黒に染まった琴音と、千里眼を発動して呆然とする氷華だ。
「こんな……こんなの」
「ははははは、いいの氷華ちゃん? このままだと皆死んじゃうよ?」
「うわ……予想以上に酷い」
「優斗さん……地上の様子は……?」
一瞬嘘を言ってやろうかと思ったが、流石に誤魔化せないだろう。わかった上で事実を認めたくないだけなのだろうから。
「見ての通りだ。このままだと最悪日本滅亡かな」
「そうなるかもねー、氷華ちゃんに勝てるまで続けるから。直ぐに負けてくれたら死ぬ人が少なくなるよ」
人が死ぬ事を何より嫌う氷華にとって、それは死ねと言われたに等しい。
「いや、それは無理だろ。三種の神器は未熟者が扱うと暴走してエネルギーを勝手に吸収しようとするらしいし」
優斗が即座に反対する。彼にとって氷華が死ぬというのは最も避けるべきことだ。
「……ええ、既に呪詛に精神を呑まれつつあるようですしね」
幸い氷華も冷静に判断してくれた。
未熟な魔術師が膨大な呪詛を身に浴びれば精神が歪んでいき、最終的には元の人格が消滅する。数年間耐えた氷華が規格外なだけだ。
「へえ、じゃあどんどん集めなくちゃね」
話している隙に優斗は浮かんでいる三種の神器の虚像を斬ろうとする。だが、実体のない物も斬れる優斗の剣ですら全く影響を与える事は無かった。
「残念でした~」
琴音は近づいた優斗に呪詛で作った獣を向ける。優斗は刀の腹で受けるが、弾き飛ばされてしまった。
「チッ、実体がないのは斬れるけど、そこに無い物は流石に無理か。後一ヵ月ぐらい練習すれば出来そうな気もするけど。悪い、氷華」
「いえ……」
どうやら疑似三種の神器だけを破壊するのは不可能らしい。あるいは氷夜なら、とは思うが、彼は前回の戦闘から期間が空いていない。今は氷華とさほど変わらないだろう。
そもそも彼が来るまでにどれだけの人間が死ぬ?
結局死者を最小限にするには今ここでどうにかするしかないのだ。
「はは、ははは。結局こうするしかないのか」
霧崎氷華は覚悟を決めた。どれだけ辛くても自らに課した使命を遂行すると。
「待て、お前、それは止めろ」
優斗が氷華の腕を掴む。それだけは絶対にさせる訳には行かない。その為に優斗はここまで来たのだから。
「ありがとうございます、優斗さん。でも、他に方法は有りませんから。こうすれば死者は最小になります。今の人が死んでいる以上、早くしなければ意味が有りません」
「ふざけるな!! それじゃあお前の気持ちはどうなる!! ずっと一人でも多くの人を守ろうとしてきたのになんでお前だk」
「ごめんなさい」
氷華は思考を戦闘用に切り替え、優斗の腹部に一撃加える。既に体力の限界が近かった優斗には反応できない。
「この、馬鹿……」
優斗が意識を失うのを見届けた氷華は、琴音に向き直る。
「あれ~味方を減らしちゃって良いのかな?」
「問題ない、これは私がやるべき事」
「ふーん」
琴音は数千ものかぎ爪と獣を氷華に向ける、だが……
「
氷華が札状の礼装を取り出して詠唱を行うと同時に、その全てがかき消された。
「え……?」
琴音は呆然とする。強くなった筈なのに、自分の力が全く通じないのだ。
「何で……なんでそんな」
琴音は自棄になったかのように攻撃を加える。だが、一つたりとも氷華には届かない。
「なんで、なんで勝てないの……私はずっと氷華ちゃんみたいになりたかったんだよ? せっかく誰よりも強くなったと思ったのに、なんでずっと先に居るの?」
氷華は剣を構えて琴音に近づいていく。
「どんな事でも私よりずっと凄い癖に、自分は大した事ない見たいな態度して……嫌味なの? 氷華ちゃんが大した事無かったらそれ以下の私は何なの?」
琴音の瞳からは涙が溢れていた。言葉も氷華の強さを羨んだ物から、彼女への不満に変化していく。
それを聞いた氷華は少しだけ足を止めて答える。
「ごめんなさい。全部私のせいでしたね」
戦闘用の思考なのにも関わらず、心の底から溢れる悲しみが止まらない。
「貴女の気持ちに気づいてあげられれば、いや、それ以前に私と関わりにならない様にしておけば良かったのでしょう」
いつのまにか、氷華の両目からも涙が溢れている。
「やだ……来ないで……」
それでも氷華は止まれない。危険な魔術師を見逃せばどうなるかを嫌と言うほど知っているから。私情で例外を作ってしまえば、今まで殺してきた者達に顔向け出来ないから。
氷華は琴音の首を抑えて地面に押し付ける。
「や、やめ」
琴音は必死に振りほどこうとするが、びくともしない。
「貴女は私を恨む権利が有ります。一番の親友と言っていた癖に、結局私は自分の事と魔術師による被害の事しか考えていなかったんですからね」
次第に涙声になりながら、氷華は言葉を続ける。
「でも、それでも、私は」
親友一人と日本国民一億三千万人なら、一億三千を選ぶのが絶対に正しい筈だから。
「あなたを殺して、皆を守ります」
無機質な金属の塊が琴音の心臓を貫いた。
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