十二話 闇落ち

「……うん? ちょっと待て、使用者の精神状態で扱うエネルギーが変わるって言ったよな」

「ああ」

「で、今の雲宮は憎悪と嫉妬に囚われている……その場合何を操るんだ?」

「そんなもの呪詛の類に決まっているだろ。呪詛は人の恨みや妬みが元になった力なんだから当然だ」


 優河は何を当たり前の事を聞いているんだとでも言いたげな口調で答える。


「まあ呪詛なんてそんなに纏まって有る物じゃないから、それなりに時間を掛けて集めないと大した強さにはならないだろ。術者の力量も低いし、急げば今のお前と霧崎氷華なら問題なく取り押さえて元通りに出来る筈……どうかしたのか?」

「……………………………………最悪だ」


 最悪の結末を予感し、優斗は一目散に駆け出した。


◇◇◇


「さあ、これを持ちなさい。後は感覚で使い方が分かる筈だ」

「は、はい」


 雨木本邸にやってきた琴音は、風間の案内で地下に連れて来られていた。

 そこで雨木家現当主だと名乗る男に剣と勾玉と鏡を手渡される。彼の言う通り、何となく使い方が分かった。魔術師として未熟な彼女にはなかなか難しいが、出来ない事ではない。


「上手くいくと良いんですがね」

「ああ、まあ成功しても呪詛だけじゃあ大した性能にならないだろうがね」

「だからこそ実験に使うには良いんでしょう。それより魔術師殺しが来ると思いますけど、どうするんですか?」


 風間は優也に問いかける。昨日報告した時に被験者が霧崎氷華の弟子だという話はしたが、問題ないから連れて来いと言われたのだ。

 あれを敵に回すというのだから、当然何らかの対抗手段は用意しているのだろう。


「ハハハ、小娘一人何を恐れる事が有る? 我々の魔術結界を超えてここに入って来られる筈がない!!」

「ええ……」


 流石に楽観が過ぎる。そこまで無能という訳でも無いのに、どうして他者の評価を適正に行う事が出来ないのだろうか。

 こんな事なら昨日の時点で無理やりにでも止めておく、いやそもそも報告しなければ良かった、などと後悔していると、琴音が疑似三種の神器の起動を始めた。



(うわー私の力が一杯。こんなに有るなら何でも出来るかな)


 疑似三種の神器によって膨大なエネルギーが扱えるようになった琴音は、心地よい全能感を感じていた。だが、直ぐに彼女の根底にある劣等感が顔を出す。


(でもこれじゃあ氷華ちゃんに勝てないよね……もっと沢山無いと……あ、あそこに沢山力が有る!!)


 そうして、雲宮琴音は最悪の爆弾に手を出してしまった。


「さてさて、どうなる……何だこの量は⁉ どう考えてもこの近くに有る呪詛の量じゃないぞ」


 琴音に向かって、尋常は無い量の呪詛が流れ込んでいく。日本中からかき集めればこれぐらいの量になるかもしれないが、礼装が劣化版で魔術師見習いが術者なので、短時間でそれをするのは不可能だ。

 だが、近くに呪詛の供給源が有れば話は別だ。例えば、何千回と受けた呪いが解呪出来ずに残っている人間等が該当する。


◇◇◇


「あれ? なにこれ?」


 氷華の全身に蔓延る呪詛が剥がれていく。原因が不明とはいえそれ自体は良い事なのだが、剥がれた呪詛が都合よく消失するなんて有り得ない。他の誰かを傷つける事になってしまう。それが一般人なら間違いなく死ぬし、魔術師でもこの量を耐えきれる者は少ないだろう。

 それは氷華にとって最悪だ。彼女にとっては他の誰かが死ぬぐらいなら自分が苦痛を味わい続けた方がマシなのだ。

 現に、氷華の体を離れた呪詛は物凄い速度で地下深くに向かっている。


「琴音さんと関係ないとは考えにくいよね」


 そう言って、氷華は床を砕き、呪詛が向かう方へ駆け出した。


◇◇◇


「ちょっと、どうするんです? このままだと我々では止められなくなりますよ。未熟な魔術師があれだけの呪詛を扱えば精神に影響が出るでしょうから、コントロールは難しいかと」

「やむを得ん、早急に礼装を奪うか殺すしかないな」


 そう言って二人は攻撃を開始する。一方の琴音はゆっくりと二人の方を向く。


「ぐはッ……」

「な、何だこれ」


 真っ黒な狼の様な物が優也と風間の四肢に噛みついていた。その胴体に相当する部分は長く伸びて琴音の足元に繋がっている。


「呪詛が物質化しているだと……?」

「あははははは、皆さんご協力ありがとう。後この力持っていた人もね。おかげで氷華ちゃんより強くなれたよ。じゃあ、死んで」

「や、やめ——」


 ガリ、ゴリッ、と言う音が響き、二人の人間の体が噛み砕かれる。まずは両手両足、続いて胴体を、最後に首からじわじわと頭を食い尽くす。恐怖や憎悪、特に魔術師のものは良い呪詛の燃料になると本能的に感じていたから、最後の瞬間まで意識は奪わない。

 二人の体が原型を無くすのとほぼ同時に、天井が砕け、氷華が飛び降りてきた。


「琴音、さん……? どうして……?」

「ああ、来てくれたんだ、氷華ちゃん」


 氷華が目にしたのは、変わり果てた琴音の姿だった。髪と眼はどす黒い紫色に染まり、全身に黒い靄の様な物が纏わり付いている。


「やっと分かったの。私はね、氷華ちゃんの事大好きだけど、ずっと、ずーーと大っ嫌いだったんだ。だから、私の為に死んでくれる?」

「どう、して」


 最も大切で、守りたかった少女の姿に、氷華は呆然と立ち尽くした。

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