十話 師弟対決②

「どうかしたのか?」

「別に、ただ自分の気持ちを整理しただけだ。まあさっきまでの僕とは違うんだが」

「ははは、それで何か変わるとでも?」


 確かに自分の気持ちをきちんと自覚すると言うのは、魔術師に取っては重要な事だ。だが、それだけで勝てる程甘くない。強くはなれるものの、なら明確な実力者が有る相手に勝てる程ではない。

 優斗は怪我を先程の攻撃で負傷しており、それによる弱体化の影響の方が大きいだろう。

 優河はそう考え、その考えは正しい。ただ、一つだけ誤算が有ったとすれば、


——優斗は全くもって普通ではない——


 と、いう事だ。


 優雅が投げた護符から炎が噴き出す。優斗は、なんとなく出来る気がしたので、刀を炎に向かって振り下ろした。


「は……?」


 次の瞬間、触れた物全てを燃やすかの如く燃え盛っていた筈の炎が消滅した。護符を斬って礼装としての機能を奪ったとか、攻撃をぶつけて相殺したとかそういう話ではない。優斗の振るう刀が触れた途端、元から何もなかったかのように消えたのだ。

 まるで魔術そのものを切断したとでも言いたげな現象に、優河は唖然とする。

 そうして思考を止めた一瞬の間に、彼は優斗の姿を見失った。


 数秒後、ドン、と床に物が落ちる音が響く。


「……え?」


 それは、棒状の物体だった。先端に細い棒が五本有り、それが透き通った刃を持つ刀の柄に絡みついている。反対側からは赤い液体が流れ出ていた。そう、これは優河の右腕だ。


「あ、ああ……」


 咄嗟に肩口を抑えて呆然とする優河を、優斗は感情の読めない目で見つめていた。それを見た優雅は、脳が誤作動を起こしたかの様な違和感に苛まれた。間違いなくそこに居る筈なのに、人が居るという感覚がしない。ずっと見ている筈なのに、気を抜けば見失いそうになる。


「成程、ね。理屈は良く分からないけど、まあ大体掴めてきたかな」


 優斗は曲芸の様にくるくると刀を回しながら呟く。暫くすると、刀を握り直し、大きく横薙ぎに振った。

 すると、今度は優河の左腕が肘の所が斬り落とされる。


「あー失敗したな。肩口を斬るつもりだったんだけどなー」


 余りにも理不尽な光景を見せられた優河は、逆に感動を覚えていた。

 魔術を使えば、遠くの物体を切断する、相手に気が付かれない様に移動する、複数の斬撃を発生させると言った事自体は実行可能だろう。だが、優斗はここまでの魔術を使えない筈だ。

 優斗は自分が出来ると思って剣を振るだけで、これらの現象を起こしているのだ。魔法という物は往々にしてそう言う物だが、魔法はごくまれにしか生まれない物だ。こんな魔法のデパートの様な人間なんて聞いたことが無い。



 雨木優河は昔から自分のやっている事に不満が有った。

 彼は雨木流剣術がどういう目的で生み出された技術で、何のために後世に伝えなくてはならないのかは教わったし、実現すべきだと思っていた。だが、同時に人間には絶対に不可能な事だとも思ってしまった。

 実現不可能な技術を後世に伝えるよりも、もっと有意義な事が有る、子供の頃からずっとそんな思いを抱えて生きてきたのだ。

 優斗の圧倒的な才能を見た時は少し期待したが、同時に恐らく不可能だろうと諦めていた。雨木家の2000年歴史の中で、天才と言われた剣士は何人も居た。しかし、誰一人雨木流剣術の真価を発揮する事は出来なかったのだから。

 だが、優斗はそんな予想を覆した。彼ならばやがて初代が目指した領域に辿り着くだろう。それが出奔した人間だと言うのが少々癪だが、本来なら雨木家の人間がそうなる必要は無い。


(ああ、これなら俺が再建の為に奔走する必要なんてなかったな……。雨木家の2000年越しの願いが成就しようとしているんだから)


 こうして、雨木優河は自らの敗北を認めた。


◇あとがき

優斗と雨木流剣術が何なのかは多分別作品になります。

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