九話 優斗の過去②
実家を出た優斗は、少々悔しかったので自らの意見が正しい事を証明したいと思っていた。その為には協力者が必要なのだが、あいにく優斗には当てがない。
とりあえず霧崎の本家に行ってみたが、話をする前に追い出された。仲が悪いので仕方が無いのは分かっているが、それはそれとして少々凹む。
海外に行くのも有りだが、それこそコネクションが無いし、外国語は余り得意ではない。仕方が無いので、消去法的に霧崎氷華の所に行くことにした。
魔術師殺しを恐れたり嫌ったりする者は多いが、彼女は一般人に被害を出す魔術師のみを殺している。今まで人を殺した事は無いので、殺されたりする事は無いと考えていた。ついでに言うと、別にどこかの魔術師が死のうが大して興味は無いので、嫌悪感も無い。
それに、彼女は国籍や派閥等を問わずに、ある意味で公平に虐殺している。その為、雨木家だからどうこう言われるのではないかと淡い期待をしていた。
と、いう訳で優斗は氷華の元へやってきた。最初に思ったのは、物凄く美人だな、という事だ。まるで世の男性の理想を具現化したようだ、という感想が浮かぶ。実はそう育つように設計されていたのだから酷い話なのだが。
次に、彼女は努力家なんだな、と思った。全身を蝕む呪詛を見た時もそうだが、その前に一戦手合わせした時から感じていた事だ。
氷華の動きには特殊な物は無く、ありふれた技術の延長戦上でしかない。恐らく彼女には圧倒的な演算能力以外には特筆すべき才能は無いのだ。極めて特殊な才能を持ち、自分しか使えない特殊な技術でスペックの低さを補う優斗とは真逆、誰にでも出来る事を徹底的に極めて強くなったのだ。
彼女の兄が人間兵器として作られた以上、氷華も能力上乗せが普通以上に行われている事は察する事が出来た。だが、それだけでは膨大な呪詛とズタズタになった体という枷が有りながらあの強さになった理由に説明が付かない。
常に演算能力を上げる為の訓練を行い、戦闘時の立ち回りを徹底的に最適化し、自分が知りうるありとあらゆる魔術を学んだのだろう。
だからそこ優斗は氷華が避けたいと思っているのを知りつつも弟子入りを諦めなかった。断られればまた行く当てが無くなるのも有ったが、それ以上に霧崎氷華という人間について良く知りたかったのだ。
何故ここまでするのか。それが分かるまではしばらくかかった。
魔術師の世界では霧崎氷華は残忍な女だと認識されている。だが、実際はそれとは真逆だ。氷華は本質的に善良で、物凄く優しいのだ。だからこそ理不尽な人の死に耐えられない。そして、自分がそれを齎している事に苦悩する。
それでも氷華は一人でも多くの人を生かす為に努力し続ける。世界中の魔術師から嫌われ、半分死んでいると言っていい程体を酷使し続けた。
だが、世界中から理不尽な死を消し去るなど、いくら強くても一人で出来る事ではない。仮に世界中の全ての魔術師を殺し尽くすなんて事が出来たとしても、そもそも魔術が関係しない悲劇だって存在するのだ。氷華は魔術関係の物を優先している様だが、可能ならそれ以外だってどうにかしたいとと思っている筈だ。彼女が大規模な紛争を事前に止めたなんて言う話もある。
しばらく一緒に過ごす間に、優斗はそんな氷華の力になりたいと思うようになった。氷華の願いを叶えてあげたい、そして何より、後悔と苦悩に満ちた彼女の心を救ってあげたい。そう思うようになった頃には、雨木家がどうとかどうでも良くなっていた。
何故そう思うのかは分からなかった。しかし、図らずも優河の言葉がヒントになる。氷華にたぶらかされたのか? 、と聞かれた。氷華にはそんな意図は無いだろうが、あながち間違っていないかもしれない。優斗はとっくの昔に彼女に魅了されていたのだ。
——雨木優斗は霧崎氷華の事が好き——
ただそれだけの事なのだ。
人が人を助けようとする理由として、これほどシンプルで分かりやすい物は無いだろう。好きな人に幸せになって欲しい、笑顔で居て欲しい。口にするのが憚られるような、ありふれた、それでいて強力な動機、すなわち愛。
これが優斗が氷華の為になりたい理由の全てだ。
◇◇◇
「ッ——痛たた……」
一瞬の回想を終え、優斗がぼやく。
痛みは有るし、血も出ているが、手足は動く。それなら問題は無い。氷華の為に戦える。
「はあ、全く、こんな事に気が付かないとか僕は馬鹿なのか?」
魔術と言うのは魔術的な意味を持つ動作に自分の意志を込める事で行使する。その為には、動作と意思を繋ぐ訓練だけでなく、自らの願いや目的を明確にする事が有効だ。つまり、自分の精神構造を明確に把握すると、より強力な魔術を使う事が出来るのだ。
それなのに“氷華の事が好き”という分かりやすい感情を把握していなかったのは、魔術師としてかなり不甲斐ない。
「まあ過ぎた事は良いか。逆転不可能になる前に自分の気持ちが分かっただけ上出来と思おう。……さて、とりあえずアレを斬るか」
優斗は刀を構える。そして、相手が自分の師であり叔父である事や、自らが怪我を負っている事と言った余計な感情をそぎ落として行く。今の優斗にとっては氷華以外の全ての事がどうでもいい。ただ目の前に有る物が氷華にとって有害だから斬る、それだけだ。
かくして、雨木優斗は無自覚の内に自らの完成へと歩み始めた。
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