九話 片方しか選べない
「本当に何をやってたのかな私は……」
氷華が殺した人間と救った人間の数を比べれば後者の方が多い。氷華が殺した魔術師達が悲劇を産む側の存在だった事もあり、彼女の行動は論理的に見れば正しいだろう。
だが、氷華は救った人間の方が多いからと言って割り切れる様な精神性を持ち合わせていなかった。そもそも人命を数で判断できるようなドライな性格をしているのなら、全身を切り刻まれる様な苦痛に耐えてまで人を救おうとしないだろう。
しかし、ここで止まる事は出来ない。そうすれば魔術師達は周りを顧みず探求を続け、悲劇を量産し続けるだろう。
自己評価が“何の価値も無い”から“悲劇を産みだすクズ”に下がったが、自分以外に魔術師達は能力的にも動機的にも止められない事は理解していた。主観と客観を切り分ける程度の冷静さは持ち合わせている。
だから次は殺さずに止めて見せる、氷華はそうしなければならないし、それが可能な程度の実力は身に着けたと判断した。
◇◇◇
今回の相手は一歩間違えれば大爆発を起こす物質を扱っているらしい。それだけならまあいいのだが、問題はそれが街中に大量に保管されているという事だ。人が居ない地域でやるなら別に構わないが、人口密集地では大惨事になりかねない。
移動させれば良いだけなので、殺さずに止める難易度は比較的低いだろう。
そう考えた氷華はとりあえず危険物を持ち出す事にした。それなりに量が有るが、魔術を使えば容易に運搬できる。温度が上がったり衝撃を加えたりすると爆発する様なので、取り扱いには気を付ける必要が有るが。
持ち出して外に出ようとした直前、魔術攻撃が氷華に襲い掛かった。
「何をしてるのかな? ああ、君が最近話題のあれかー。以外と若い、と言うかまだ子供じゃない。うーん、悪いけどそれを持ってかれるのは困るかなー」
相手の女魔術師が攻撃を仕掛けてくる。だが、爆発しないように注意しながらでも問題なく勝てる程度の相手だった。
「ぐ……」
「これはかなり危険な物質だからせめて人が居ない——」
「死なば諸共!!」
「え?」
人が居ない所でやってくれと言おうとしたのだが、いきなり爆発物に炎の魔術を打ち込んだ。
次の瞬間、氷華の視界が白く染まった。
「うぅ……」
衝撃と熱が全身を襲い、氷華は意識を失った。しかし、エネルギーは莫大だが内容はただの物理現象なので、命に別状はなく数分後には目を覚まし、
「そん、な……」
見渡す限りの灼熱の大地を目撃した。
「はは、はははははははは」
上空にはきのこ雲が発生していた。街の建物はほぼ全て倒壊し、残骸が炎上して大火災を引き起こしていた。まさに地獄絵図だ。
さっきまで街だったこの土地には、数十万人の人が住んでいた筈だ。だが、もう一人たりとも残っていないだろう。まだ生きていたとしても、この炎の中では見つける前に息絶えてしまう。
この事件の直接の死者は二十万人。経済等への影響による間接的な被害も甚大だ。
更にはどこかの国の核攻撃と誤解された事により、パニックの発生や国際問題の原因にもなった。各国が疑心暗鬼になり、一時は第三次世界大戦勃発寸前まで関係が悪化したらしい。
「止められたよ……今回は絶対に止められた筈なのに!!」
こうならない様にするにはどうすれば良かったのかと言えば、最後に点火させる時間を与えない様に迅速に殺せば良かったのだ。氷華にはそれが可能なだけの力量が有った。
だが、彼女が魔術師達も殺さない様に行動した結果、自爆する隙を与えてしまったのだ。しかも相手がそうした理由が殺されるぐらいなら巻き込んでやるという物だと考えられる。話を聞かずに殺されると思ったのは、氷華が今まで魔術師達を殺してきたからなのだから笑えない。
「ああ、そっか」
この日、霧崎氷華は一つの残酷な真実に辿り着く。
「片方しか、助けられないんだ……」
魔術師と一般人、両方助けようとして両方死んだ。それならどちらを助けるかと言えば、一般人の方に決まっている。
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