13.精霊の双子

人間。

それは女神エリザ様が創造なさった世界に生ける数多くの生き物の一種。


人間は『生きる喜び』を教えてくれる。

言葉を、字を、文明を築きあげ、日々変わりゆく風景。

感情豊かで、行動力があり、私では考えもしなかったことを思いつく.....面白い発想.思想を持っている。




私にはそれが羨ましかった。

永遠の時を生きる私達にとって、人間は眩しく美しい存在。

同時に、脆く間違った方向に進みやすい危険な生き物でもある。


「お姉様、行って参ります。」


「ええ、気をつけて。」


転移の準備を終え、私を送り出すため後ろで待っていてくださったお姉様を振り替える。

淡い光線に照らされ幻想的に輝く金色の髪をなびかせ ふわりと微笑むお姉様。

私は女神エリザ様より生を受けた精霊であり、

目の前で微笑む『ビビアンお姉様』の双子の妹。

お姉様は精霊王で、私はその補佐......名前はウラン。


「困ったときは私に助けを求めて良いのよ?」


「は...い。」


お姉様のどこか心配そうな声音と言葉。

安心してもらおうと返事をしたが曖昧な返答になってしまった.........

お姉様は、人間を物凄く警戒している。

嫌いではないのだろうが、『苦手』なのだろう。

私がひどい目に合わせられるのではないかと心配してくれているのだ......


「人間は悪い者ばかりではありませんよ。」


「それでも、困ったときは私を呼ぶの。良い?」


「分かりました。」


人間の中には 悪い者もいれば良い者もいる。

2ヶ月に一回、お忙しいエリザ様の代わりに 私達は人間界に訪問しなければならない。


私は人間の持つ“輝き”が大好きだから......


人間界にあまり干渉してはいけない私(精霊)は、いつも精霊界で人間の生活を見るばかりで この貴重な訪問の日を楽しみに待っていたのだ。


早く人間の生活を見て回りたい......



転移する直前、お姉様に微笑み返す。

私は、未だ心配そうなお姉様を残して人間界に転移した。





「ウラン様!お待ちしておりましたぞ!」


人間界。

私が転移した先はアズーナ王城......


城の者が私を見て嬉しそうに挨拶する。


「ええ。さっそくだけれど......国を見て回っても良いかしら?」


「勿論でございますぞ!」


私は一応確認を取る。

国を許可なく勝手に見て回るのは気が引ける。


「じゃあ、失礼するわね。」


精霊と人間の親交を大切にするためにも、この訪問は重要だ......それに、早く人間の生活を近くで見たい。


城の者に出発を告げ去ろうとした時であった........


「お待ちください!ウラン様。」


後方からパタパタと足音が聞こえ引き留められた。


「何かしら?」


私は振り返り際 魔法を使う。

今使った魔法は 近くにいる者の気持ち、心を読む魔法だ......

勘だが、この魔法を使った方が良い気がしたのだ。


「ウラン様!!是非とも私にご加護を!!」


「いいや!この俺にご加護をください!!」


「何を言う!加護を貰うのは わしじゃあ!!」


私の後ろには、早口に“加護をくれ”とまくし立てる者達で溢れていた。

それぞれがそれぞれの意見を言い、騒ぎ立てるその様子を私は目を細め睨み付ける......

良く見れば、それはアズーナ王国の貴族達だった。


国王も混じっているではないか....



ある者は、『加護を持って領地を豊かにする』と。

またある者は、『民の幸せのために加護を使う』と......


そのどれもが嘘であることは、魔法を使っている私には容易く見破ることができるものだった。

ここにいる貴族達の共通点は、『絶対的な揺るがない権力が欲しい』と言うことだった。

勿論、そんな彼らに加護を与える気はないのだが....

そもそも、彼らは私がエリザ様の代わりに人間界を訪問していること。

そして、私が精霊であることを分かっている上でこの物言いをしているのか......

信仰する存在に欲を隠しきれず、嘘を言う。


「残念ながら、私が勝手にエリザ様の許可なく加護を与えることは出来ないのです。」


「ならば、女神様に許可を貰えば良いのでは?」


簡単に言ってくれる。

加護を与えられる人間はエリザ様によって決められ、試練を受け合格した(本人の知らぬ間に審査された)者のみ与えられる。

時間も勿論必要だが、この者達のような深き者達は

即失格であろう......期待するだけ無駄といったところか。


「エリザ様は、大変お忙しいお方だもの。

そんなに簡単に許可はもらえないわ......

それに、あなた達......私に嘘をついたわね?」


それを分かってもらわなければならない。

纏う空気を変え、侮蔑の視線を強め低い声で告げる。


「これ以上話すことはありません。

私に嘘をつくなど......愚かな。

あなた達に与える加護などありません......」


権力を振りかざし他者を傷つけるなどしてはならない。

この者達に加護を与えれば私の愛する民達を傷つけてしまう......それは駄目だ。


きっぱりと言い放ちその場を離れようと集団を一瞥し......



ドンッ!!!




次の瞬間 背中に、強い衝撃を感じた。


それは、何かに殴られたような、鈍い音と衝撃。

痛みを感じるより 驚きに近い感情が先にくる......


私は......ゆっくりと、後ろを振り返り目を見開いた。


そこには、こちらに向けて“銃”を構える男の姿があった...


「何でだ!何故加護を与えないぃ!!」


逆ギレしてきた男の持つ銃は強力な魔法がかかっており、通常は人間にしか効果を発揮しない銃を精霊にも効果が出るように細工された、違法な物であった。


「精霊王の双子の妹だかなんだか知らねえが、てめえはどーせ役に立たない存在なんだろう?そんな奴が、偉そうに意見してんじゃねえよ!!」


確かにビビアンの双子の妹であるウラン。

だが、“精霊王”なのはビビアンであり、あくまでもウランは補佐。

人間は、それを『役立たず』だから補佐なのだと思い込んでいる......


実のところ、ウランはビビアンより優秀であるが、

その優しすぎる性格故に“王”には向いていないとされ、気の強いビビアンが精霊王となったのだった。


「......っ」


ウランは背中から強烈な痛みを感じ、その場にがくんと崩れ落ちた。


まさか、ここまで恨まれるとは......


今回、ウランは否など何もない。

だが、ここまで恨まれるというのはそれだけ強く欲を持っているのだ。


この者達の欲を早く捨てさせなければ、お姉様とエリザ様に危険が......

人間がこれ以上私達に干渉すれば、精霊界も危ない。

ただでさえ、この者達は違法な銃で私に危害を加えたのだから......


私は、震える体を奮い立たせて立ち上がる。

よろよろと立ち上がった私に人間は心ない言葉を投げ掛けてくる。


だが、私が恨むべきは彼らだけである......

間違っても、今回の事と関係のない民達を恨むべきではない。

同じ人間でも、良い人間と悪い人間がいる。


私は人間を愛し、守っていきたい......

そして 間違ったことを正し、諭さなければならない。


「私はあなた達に警告します。

これ以上私達に干渉してはなりません......」


先ほどまで私を笑っていた者達は私の顔を見て顔を青くした。

それもそうだろう。

私が超強力な魔法の呪文を唱えだしたのだから......


それは、呪いである。

簡単だ。ここにいる者達の、『やることなすこと全てが上手くいかなくなる』というものだからだ。


これは、大混乱をもたらすだろう。

何せここにいる者達は国の上層部にあたいする人物達だ。全てが上手くいかないなんて、死活問題である......

この呪いは1ヶ月あまりで解けるように かけたが、警告としては十分だ。

国民への被害が少なければ良いのだが......


「今日は帰らせてもらうわ。」


これで人間に逆恨みされても、私は自分が正しかったのだと誇ろう。


私は顔を青くした目の前の者達に笑って見せた。

銃を持った男は、やっと自分のしたことの重大さを理解したようで、謝罪の言葉を早口で述べてきたが一瞥する。

謝罪の言葉を受け入れる気は全くない。




有無を言わさず転移した先には、お姉様が顔を青くさせて立っていた......


「精霊達から.....ウランが危ないって......聞いて...それで.....」


私の背中から流れる赤い血を見てどんどん顔色が悪くなるお姉様は、震えながら話し始める。


「私......助け、られなかった......」


そう言って、悲しそうに顔を歪め私の前にゆっくりと立つ。


私は、お姉様を悲しませてしまった............


私は膨大な魔力を使い、背中を違法な銃で撃たれた。

それは、永遠の時を生きる精霊でも死に至る原因となるのだ......

特にあの銃。

あれには、非常に強力な魔法がかけられていた......

小さな力の魔法であれば平気であったのだが、あの銃にかけられていた強力な魔法は呪いの役割もあり、“撃たれた精霊を死に至らしめる呪い”がかけられていた......

それが致命傷だったのだ。







ウランはビビアンに倒れ込むような形で崩れ落ちた。

ビビアンはそれを受け止め、思い切り抱き締める。

互いに分かっていた。

別れが近いことを..................






「さようなら、お姉様。」


やがて、穏やかな笑みを称え ウランは光輝き、泡のように空気にとけていった。


ウランの強い意思を感じ、ビビアンは消えていくウランに、優しく微笑む。


それが、二人の最後の時であった......




ウランが光の粒になり空高く登っていくのを見上げていたビビアンは、静かに涙を流していたのだった。


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