路地裏にて、立ち聞き。

 セセラギが訪れた後は、仕事に追われ忙しくなった。こういう時、王城の端にある書斎は不便だとシルワは思う。

 王城に書類を運んでいくだけで骨が折れる。思わず誰かに頼みたくなることもあるが、モルスが関わる書類の多くは取り扱いが厳重で、そう簡単に誰かに頼めるものではない。

 シルワは魔法が使えるようになったら、転移の魔法を学ぼうと決意した。

 そういうわけで仕事が落ち着き、シルワが王都に買い物をしに行く頃には、夕日が差し込みはじめていた。

 王都ナカラの商店通りは、夕方近い時間帯でも賑わっている。

 大きな街道を馬車が行きかっていく。王国の建国記念日が二カ月後にせまっているからか、王都の賑わいがいつもより増しているように感じられる。


「さぁさぁ、そこのあなた。五百カレルで今ならこれが買えるよー」

「北部の名産品はいかが?」


 両脇に並ぶ商店からの声に目移りしそうになるが、必要なものを買い揃えるのが目的であるため、シルワは足早に通りを歩いていく。

 足早に歩くのは、それだけが理由でないところもある。王都を歩くと、心のどこかで孤児院での知り合いに会うのではないかと思ってしまう。

 それでも自分に与えられた役目をこなしたいから、シルワはこうして都に出てきているのだった。



 結局人の多さに手間取ってしまい、買い物には思ったよりも時間がかかってしまった。空にある夕日が沈みそうだ。

 シルワは荷物を手にしたまま少し考えて、路地に足を向けた。

 最近の異変のことを踏まえて、ミササギにはできるだけ表の道を歩くように言われていたが、少しくらいなら構わないだろうと思った。

 魔法の勉強と仕事の両立で疲れているのもあって、早く帰りたいというのが本音でもある。

 人通りが多い表と比べて、路地はひっそりとしている。大通りから離れるにつれて、建物が徐々にさびれて小さくなっていく。

 シルワは素早く路地を通り抜け、城に続く大通りに出るために道を曲がった。すると、路地の真ん中で三人の男が立ち話をしているのが見えた。

 ほんの少し迷ったが、通り抜けようと足を動かしはじめ、


「そういや、モルスの……知っているか?」

「ああ、知っている」


 男たちの話している内容を聞いて、足を止めた。

 彼らが自分に気づいていないのを見てとると、曲がり角に体を隠す。何を話しているのか気になったからだ。

 内容次第では、もしかしたらミササギの調査にも役立つかもしれない。


「『御魂みたま送りの儀』素晴らしいものだったらしいな」


 三人の中で、背の高い男がそう言った。


「違う、そういうのじゃなくてよ」


 首を振った男の顔は少し赤い。もしかしたら、酒を飲んだ後かもしれない。


死神モルスが、本当に死神だっていう噂だよ」

「先代モルスを殺したってやつか? 確かに突然の死だったとは聞いたが、本当にそんなことあるのかよ。魔法で殺そうとしても魔法で殺し返しそうなもんだぞ、モルスなんだからよ」

「ははっ、違いない」


 シルワは男たちの態度はともかく、服装は小奇麗であることに気づいた。平民ではないのかもしれない。とすると、貴族の家臣か何かだろうか。


「まぁ確かに、先代モルスが亡くなった後、現モルスは王城からあまり出なくなったと聞くし、不自然といえば不自然か」

「いや、そんなの先代モルスだってそうだ。モルスっていうのは、つくづく城に閉じこもってばっかの根暗な奴だぜ。魔法が使い放題なんだろ? 裏で何かしているに違いないっていう噂は、以前から聞いたことがあるぞ」


 話を聞いていて「ミサギ様、普段魔法使ってません」と言いそうになったのを、シルワはどうにか飲み込む。段々とムカついてきていた。


「口を慎め」


 残りの二人に比べて冷静なのか、背の高い男がたしなめた。


「だが、そうだな。魔法が使えるにしては、魔物が王城を襲った事件をモルスはまだ解決できていない。不安の声はあちらこちらで聞くな」

「もしかして、モルスが犯人だったりしてな」


 それを聞いて、太めの男が赤ら顔の男に顔を向けた。


「そういえば、クラーウィス家のことで一つ思い出した」

「なんだよ?」

「デア様が亡くなられた事故があっただろ? あれもそういえば、直接的な原因が不明だったよな?」

「そういえばそうだったな。事故現場を見たが悲惨なものだった、あれは」


 長身の男が顔を曇らせる。

 デア。はじめて聞いた名前に、シルワは眉をひそめた。クラーウィス家に関係がありそうなのに、これまた聞いたことがない。


「しかしそう考えると、モルスも大変だな。三か月の間に、近しいものを二人亡くしたか」

「なんだか、モルスが不幸を呼んでるみたいだな。恐ろしい」


 赤ら顔の男が冗談混じりに笑う。

 違う、とシルワは思った。彼はシルワを助けてくれた。少なくとも自分は不幸ではない、と。


「違いますっ!」


 今度こそ、シルワは言葉を口にしてしまった。男たちの話し声が止む。そして、


「――ああん、誰だ? 盗み聞きしたのは。出てこいっ!」


 シルワは自分の過ちに気づくと、男たちの動きを確認するより前に駆け出した。

 静かな路地に彼女の足音が響きわたる。必死に足音を抑えようとしたが、焦っているためかできない。

 とにかく来た道を戻り、違う路地を曲がって走り、大通りの方向に出ようとした。


「これはこれは、可愛い嬢ちゃんだ」


 そこで先回りしていたのか、赤ら顔の男と鉢合わせた。

 シルワは息を整えながら、来た道に下がろうとしたが、


「逃げるなら、音を立てずにしないとな」


 太めの男が後ろから現れた。シルワは、二人が視界に入るように、体勢を変えることしかできない。

 狭い路地で、体の小さな彼女でも横を通り抜けることは不可能だ。それに気づいて体を震わせる。


「怖がるなよ、嬢ちゃん。ただな、盗み聞きなんて悪いことはしちゃだめだぜ?」


 赤ら顔の男がニヤニヤ笑いながら、近づいてくる。やはり酒の匂いがする。太めの男からも酔ってはいないようだが同じ匂いがして、シルワは顔をしかめた。

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