21話2Part 三界等立と(元)魔王VS子猫②
「とりあえず、買い物に......」
そして、そう言いながら12月23日の予定欄から、12月のカレンダーの所に戻ったところだった。
「......あ、そういえば......」
クリスマス、そう赤字で書かれている横が、小さくサンタやらトナカイやらの絵文字でデコレーションされているのが、或斗の視界の隅に入り込んで来た。
─『クリスマスなんてさあ、悪魔が祝う行事じゃないでしょ。まあ確かに楽しそうなのは認めるけど......ケーキ食べてチキン食べて、シャンパン飲んで終わりじゃないの?そんなのやって何の需要があるんだか』
どうせ僕達にサンタは来ないよ、来たとしても石炭を置いて帰っていくさ。そう、瑠凪のあまりにも心無い言葉に唖然とした或斗の目の前で、彼の主人は寂しそうに呟いてみせた。あの時はファミレスの中だったため、それを遠くで聞いていた幼児が泣いて、非難の目を向けられた。
......去年か、一昨年か。先に日本で生活していた或斗と太鳳の元に、魔界の行事やら何やらで遅れて瑠凪が合流し、3人で新しく生活を始めてすぐの時のクリスマスの際に、瑠凪が口にしていた言葉だ。
瑠凪は3年、或斗と太鳳は5年(望桜達には3年と伝えてある)、日本で過ごしているが、悪魔である3人に"聖人を祝う"記念日であるクリスマスは、はっきり言って"興味がない"、"ラグナロクにあったら皆が日本以上にお祭り騒ぎしそう"というイメージしかない。
そこまで考えて、はて......と或斗は2ヶ月弱ほど前に行った、ハロウィンパーティーの事を思い出す。その行事も、悪霊関連の行事でありなんとも悪魔に相応しいイベントではあるのだが、それに関しても今まで3人は祝ってこなかった。
ところが望桜と的李がやって来て、鐘音が来て、帝亜羅に出会って、聖火崎に会って、葵雲に会って、フレアリカに会って......と、人に沢山会った。イベント事にも目を向けるようになったのは、それが原因だ。
何かとイベント事を好む聖火崎と葵雲とフレアリカ、そして日本人として"地球のイベント事"についての情報を多々くれる帝亜羅の影響か、そういった事にも関心が向き始めた。
─『或斗!或斗!!この世界には、"はろうぃんぱーてぃー"なるイベント事があるんだってさ!!』
『ん、そうか。だから何だ?』
『皆で仮装して、お菓子を色んな人の家に貰いに行く行事だって帝亜羅が言ってた!僕、魔王の仮装したい!!』
『貴様には無理だな。でもまあ......す、少しくらいなら、大丈夫か。......確か、聖火崎達がこっちに来ているはず』
『やった!ならフレアリカも誘おうよ!!皆でしよ!!』
だがあの時は、時間がなかったりバタバタしていたりで、結局仮装は高校生組とフレアリカぐらいしかできていなかった。
「......クリスマス、か......よし沙流川、作戦変更だ」
「え、お粥食べなくて済むの!?」
「貴様には今から買い物に付き合ってもらう。粥が食いたくないのなら、それ相応に働いてもらうぞ!!」
「えええええ!?」
「主様、お粥は作ってから行きますので」
「あ、別にいいよ......ぅぷ、ちょっと不本意だけど......治してくるから......」
「分かりました。申し訳ありません」
「構わないよ。僕は、クリスマス......今年は結構楽しみだったしね......っう、ははは......」
「主様......絶対に、いいクリスマスパーティーにします......!では、......沙流川!!」
呻きつつも或斗に向かって必死に笑いかける瑠凪に胸打たれつつも、スマホをショルダーバッグに入れて、7分丈のTシャツのシワを軽く伸ばして出ていった。
「め、めんどくざいぃ〜!!」
と、サンダルを履いて文句を未だに言い続けながら出ていく沙流川の声をBGMに、 瑠凪も重い腰を上げて自宅を後にしたのだった。
──────────────Now Loading───────────────
「すみませーん!ミルクカフェラテ苦めのSサイズと、キャラメルマキアートの甘めを1つずつおねがいします!」
「は、はい〜!少々お待ち下さい!よっ、と......」
女性客の声が響き渡るMelty♛HoneyCats2階、猫と触れ合える、ふっかふかなカーペットが敷かれた20畳ほどの広いスペースのカウンターで、望桜は返事をしつつ苦しげに声を上げた。
小声で呻いている望桜の方に女性客とその彼氏らしき人物はちらちらと視線を向けるが、カウンターで隠れているために不思議そうな表情を浮かべている。
「お、みぃ......こいつら......何キロあんだ......?」
にゃー!にゃー!みゃー!みゃー!
鈴を転がしたような可愛らしい声、ふわふわで程よい肌触りの毛並み、ひょっこりと垂れた耳と短い足。望桜が抱えあげようとしているダンボール箱の中には、歩く事すらままならないほどやせ細って子猫が入っていた。
しかし、その見た目とは反して元気いっぱいなそいつは、とてつもなく重かった。......何故だ、こんなに細い子猫なのに......という疑心は、望桜の中で湧いては霧散してを繰り返している。
「あーもう!!先にオーダー取るか!!」
そして痺れを切らした望桜は、"この子猫を運んでから"と後回しにしていた(すぐに運び終わると思っていたため)ミルクカフェラテとキャラメルマキアートの作成に取り掛かった。
「......っと、キリマンジャロキリマンジャロ......」
常連客の好みは、メルハニのオーナーである兎逹の指示で全店員が覚える事になっている。
今オーダーした2人組は、女性客の方がキャラメルマキアートをカナダ産メイプルシロップで甘くしたものがお気に入り。彼氏の方はキリマンジャロの珈琲豆を比較的あっさりめに仕上げ、牛乳と砂糖を少なめに入れたものが好みだ。
そんなことを考えつつ、望桜はポットやペーパーフィルタ等珈琲を手淹れするのに必要な物を、カウンター上に並べた。淹れ方はご家庭でも割と簡単に淹れられる、ペーパードリップ方式のカリタ式だ。
フィルタと用意しておいた珈琲粉をセットし、慣れた手つきで蒸らしの段階の直前まで行った。お湯を置くように粉の中央に細く注ぐ。その瞬間、辺りを珈琲のいい香りが満たす。
「......よし」
その香りに耳ではなく鼻を傾けつつ人数分の抽出が終わったら、後はお盆に乗せて持っていくだけだ。
「お待たせしました。ミルクカフェラテ苦めのSと、キャラメルマキアートの甘めです。お好みでメイプルシロップと蜂蜜を足すと、また違った美味しさが味わえると思います。よろしければどうぞ」
「別にそこまで
望桜が珈琲が入ったカップとキャラメルマキアートの入ったカップ、蜂蜜、メイプルシロップ入りの瓶を差し出すと、女性客はふわっと微笑んだ。その横で、彼氏はわぁーっと周りの客の迷惑にならないように、小さく歓声を上げている。
望桜の畏まった挨拶に、女性客は不満そうな顔こそしないものの、冗談交じりに少し不機嫌を笑みに混じえて、望桜の方に優しく声をかけた。
「いえ、仕事ですので。では失礼します」
女性客が気さくに話しかけてくれた事に感謝しつつ望桜は一礼して、その場をあとにした。
「望桜さんいい人なんだけどな〜、硬すぎるんだよね。あんまし硬すぎると彼女に愛想つかされちゃうかも。かわいそう」
「っ!!」
カウンターに戻ってしゃがみこんだと同時に、女性客がそう言った。その瞬間に望桜は、痛いところを突かれたッ......と子猫の入った箱を抱えたまま固まってしまった。
(......え、か、硬すぎると嫁に愛想つかされちゃうってどゆことだ!?え、え!?真面目に仕事してたら嫌われるのか!?ってか
盛大な勘違いと思い込みである。そんな望桜にとって箱が、先程よりもさらに重く感じるのはきっと気の所為だろう。
(あああああ!!もうやってらんねえ!!)
なぜかネガティブネガティブに考えてしまう自分自身に痺れを切らした望桜は、心の中でそう叫び、泣き続ける子猫入りの箱を抱えあげた。それから、
「せーのっ......」
ビキッ......
力を入れて一気に持ち上げようとした。......が、その瞬間、腰のあたりで何やら鈍い音がしたと思った直後に、想像を絶するような激痛が走った。
動く事ができない。中途半端に中腰で重い箱を持ち上げている体制を早く崩したい。手の限界的なやつでも、それが最適解だ。しかし腰は"動かないのが最適解だ"と本能的に望桜の脳に訴えかけている。
箱から手を離す事も、そこから更に上にあげて台の上に置くこともできない。
数秒間その場でそのままの体制で固まった後、望桜の脳裏には重い物を力を入れて持った時になる、1つの現象の名前と症状がぱっと浮かんだ。
「............あ、」
(元)魔王·緑丘望桜、21歳(戸籍上は)にして仕事中にギックリ腰をやらかしたのであった。
───────────────To Be Continued─────────────
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます