20話10Part ヴァルハラ滞在最終日の過ごし方⑩
青白い顔をまじまじと見つめたあと、聖火崎はゆっくりと上にある墓へと視線を上げた。
「......サ、タン......」
......なんという事だろう。
息を呑んだ。ただただ、呑んだ息が中になかなか入っていかないくらいには締め付けられた胸の辺りを押さえたまま、聖火崎は立ち尽くす事しかできなかった。
......その墓には"伝説"の名を持つ2人のうちの片方の名が刻まれていた。
"伝説の聖剣勇者"ラディオール。その宿敵である、"伝説の魔王"サタン。
「......、......」
心臓がぎゅっと、手で直接握られているかのように締め付けられる。
冷や汗が、収まるということを知らぬまま滝のように流れ出ている。
感覚的なものか、はたまた本当にそうなっているのか、聖火崎には判断する事ができなかった。
......悪魔、魔王、天使etc......という生物に、今までの人生の中で脅えた事があっただろうか。いや、ない。1度たりともない。料理してたり忙しそうにバイトしてたり、戦闘している時ですら"恐い"と思った事は無いのだ。
それなのに、棺の中で青白い顔をして、力なく、起きる気配すらなしに横たわっているだけなのに、この感情はなんだ。
「......、っ......」
体が動かない。息ができない。
......恐怖だ。自分は"伝説の魔王"たるこの悪魔の遺体を一瞬見ただけで、ここまで萎縮してしまっている。
すっかり固まってしまった体を、その場から遠ざけようと必死で動かそうとする聖火崎の元に、ひょこり、ひょこりと1人の少年がやってきた。
なんとか視線を足音のする方に向けた聖火崎は、金色の双眸と視線が合った瞬間に、「ちょっとこれどうにかしなさいよ」と怯えながら威圧的に睨むという妙技をさらっとこなし、少年を目で呼びつけた。
「......大丈夫?お嬢さん」
「......っち、ちょっとこれ、どうにか、しな、さいよ......!」
「あーはいはいはい!ちょっと待ってね〜......」
半ば涙目になりながら訴えかけてくる聖火崎の様子を見て、少年はふわっと微笑みかけながら近づいて、
「わっ!!」
「ぅえげっ!!」
聖火崎の項をいきなりガシッと掴んで、いかにもテキトーですよ〜と伝わってくるほど、乱雑そうに聖火崎の体に何かを流した。刹那、聖火崎は身体中をピリッと何かが走り、乙女っぽさ皆無の悲鳴を上げて派手に尻もちを着いた。
やり方はめっぽう雑ではあるものの、一応、聖火崎は体を動かす事ができるようになった。しかし再三いうがやり方が雑、先程までとは別の意味で目に涙を浮かべた聖火崎は、少年を睨みつけながら立ち上がった。
「ちょっと何すんのよ!!ってか今の何!?」
「魔力だよ魔力!かなり弱めには設定して流したけど、勇者の君にはちょっときつかったかな?」
あはは〜、と軽く腹を抱えて笑っている少年を小突いて、再び"伝説の魔王"の眠る棺桶に視線を向ける。......結局は完全に瞳が"伝説の魔王"を捉える前に、瞳を閉じたが。
「ピカ〇ュウにやられたかと思ったわ」
「やめて〜、それ結構際どそうだからやめて〜」
先程みたくならないように冗談を口にしながら、ゆっっっくり瞼を上げた。
「......て、流しちゃったけど......あなた、何者?魔力を持ってるってことは、天使や勇者軍の者ではないわよね?」
「うーむ、悪魔......じゃないし、魔人、でもないんだよね。......あ、死神!僕は死神グィセラさ!」
「ふーん......ってちょっとまって、死神?あなた、死神なの......?」
......死神、それはウィズオート皇国の国教である聖教の偶像·唯一神、天界の神と相反する存在で、悪魔と同じ位人間に忌み嫌われている。聖火崎の前でにこにこ笑っている金髪金瞳、白いTシャツにオーバーオールと麦わら帽子、スコップを手に持った若干幼げなその姿。
そんな存在を目前にして、聖火崎は不覚にも、
(え、こ、これが死神!?っぽくないわね〜......もうちょっとこう、貫禄のある感じかと思ってたわ!!......あ、でも確かに、墓地で会ったことに関しては死神っぽいかしら)
と思ってしまった。
「うん。あ、でも、そんなに怖がることはないよ!呪ったりとか祟ったりとか、この場で君の首をへし折ったりとかはしないから!!」
「いやそこまで怖がってはないけれど......」
「あ、そう?ならいいや。......ところで君、サタンがどうかした?」
「いや、何となく......気になるじゃない?伝説って呼ばれるほどの悪魔」
「君の周りには十分伝説級が集まってるけど......」
「ん?」
「何でもないよ!いやね、たまに興味本位で見に来て、遺体になってもなお彼が内に秘めてる貫禄的なやつにやられて、固まってる人をしょっちゅう見かけるからさ〜」
「私はそんな間抜けとは違うわよ」
「分かってるさ!......ん?」
「え、どうしたの?......て、じゃ、ジャパニーズ
会話しながら遺体を眺める2人。......そんな中、カラン、カランと遠くから聞こえた。そしてそちらの方向に2人が視線を向けると、着物と袴を着て、赤髪をおさげにしてまとめた下駄を履いている女性が、1つの墓に献花をして立ち上がろうとしていた。
「......、」
「おお〜」
その女性の姿を捉えるなり、聖火崎は咄嗟に身構えた。その動きに気づいた少年......もといグィセラは小さく感嘆の声を上げた。
「君も気づいたんだね?」
「ええ。野生の勘だけは負けない自信があるくらいには鋭いもの。......彼女、天使ね?」
「ビンゴ!」
「天使が献花なんてするのね」
「あれ、意外?」
「ええ、まあ。今まで会った天使はいきなり襲いかかってきたり、変な風に絡んできたりで変で物騒なやつしかいなかったから」
そう言ってどこか遠い目になる聖火崎に哀れみの視線を向けながら、グィセラは着物姿の謎の"天使"の動向を観察した。聖火崎も数秒後に我に返って、グィセラ同様、"天使"の動向を探っている。
「あらま〜、それはそう思うのも仕方ないか」
「でしょ」
「それもそうなんだけど、それより僕は君の反応に驚いたよ!もうちょっと驚くと思っ......って、」
グィセラが話の流れ上慈悲とも賞賛とも取れる拍手を送りながら、目を細めて笑顔を浮かべ言葉を羅列していた。しかし、聖火崎が帰っていく"天使"を視界の隅に収めた途端走り出したために、その言葉は誰の耳にも届く事はなかった。
「聞いてよ〜!!」
「っとと、ちょっとそこの和服女史、待ちなさい!!」
「っえ?え、ええ......っだあっ!!」
グィセラの抗議の声をBGMに、カラン、カランと下駄の歯を鳴らしながら"天使"のもとに急行する聖火崎。そして聖火崎に気づいた"天使"は、あわあわと慌てふためき始め、勢いよく突っ込んできた聖火崎に、脇腹に思い切り頭突きをかまされたのだった。
「っやっと捕まえたわよ天使!!」
「あわ、わ、私あなたにあったことありまっ......っいだいいだいいだいぃ!!ふよくひっはらないれくらさいぃ〜!!」
「Shut Up !! (黙りなさい!!)」
「し、しゃっとあっふ?らまれって......理不尽れすぅ〜!!」
案の定"天使"はその場に派手に倒れた。聖火崎に馬乗りされながら頬を強く引っ張られ、本能的に溢れる涙でぐちゃぐちゃになった顔は見るも無惨なものだ。
引っ張られている頬のせいで舌足らずに喋る様は、もっぱら聖教の美しく気高いとされる"天使"の偶像とは程遠いものである。
「私達、天使に酷いことされた記憶しかないの!!だから色々聞き出すために、ちょっとあなたの身柄を借りさせていただくわよ!!」
「うええ〜!!」
理不尽の極みである。墓に花を供えに来たら、急に頭突きをかまされて馬乗りされたあげく、紐で縛られて地面に転がされているのだから。
「にしても、あなた、誰に献花を......このメモ......?」
「うぅ〜」
「......!」
......ラディオール·N·セインハルト、アフィル·J·フィヨルド、ノア·M·エウリコット、フォルドーラ·F·リリエル、カレブ·K·レヴグリア。
天使が、勇者の墓に花を......?
ありえない。それが聖火崎の素直な感想だった。人間と悪魔が仲が悪いように、人間と天使も仲が悪い。"枝"を勝手に使用した人間が悪いのだが、天使達がそれを取り返すために行った手癖も悪かった。
しかし、その下に書いてあった名前に、聖火崎はそれ以上にびっくりした。
「......サタン、ケツァルコアトル、ポエニクス、エインヘリアル......?」
全て、第壱弦聖邪戦争時の亡くなった魔王軍幹部の名前だったからだ。
聖火崎は3年ほど前に、勇者軍の書類室に保存してある資料の全てを、中身を完全に覚えてしまうくらいには何度も目を通していた。その中で見た、第壱弦聖邪戦争の両軍の幹部の名前と完全一致している。
......それに、"天使が悪魔の墓に供え物をしに来た"という事実と"ポエニクスって不死鳥って呼ばれてるのに死ぬんだ"という事実にびっくりした。
「どういうこと?あなた、なんでこんな
「行くべきだ、と思っただけなんですぅ!ってかこれ解いてくださいぃ!」
「嫌よ。
「うん!ぐすっ......大丈夫!!帰ろ!!」
「っええ〜!?え、ええぇ!?」
そう言って、聖火崎は縛った天使の首根っこを掴んで引きずり、フレアリカに声をかけた後に港へと戻って行った。
「......あ、あれれ〜、僕には何も言わないんだ!まあいいや!掃除もまだまだあるし......」
そして1人取り残されたグィセラは、自身の拠点でもあるガヴォット島から見える景色を見渡し、
「......ったく、いつの時代でも勇者ってさわがしいものなのかなぁ......」
と呟いて、強くなり始めた赤色の陽射しを避けるために、麦わら帽子を深く被り直した。
───────────────To Be Continued─────────────
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