20話4Part ヴァルハラ滞在最終日の過ごし方④

 

 チク、タク、チク、タク



「......で、何で僕をここに呼び出したんだよ」



 ......その頃、母屋内にあるマモンの執務室に3人の人物が呼び出されていた。桃塚 瑠凪ももつか るなこと堕天使ルシファー、宇宙樹ユグドラシルの種子フレアリカ、大天使聖ガブリエルだ。


 時計の秒針の動く音とマモンの扱う点滴機材の音、それから布の擦れ合う音だけが響くその部屋は瑠凪にどこか昔の事を思い出させる。まだ話している方がマシだ、と声を発した瑠凪に、マモンは少し呆れながらも返事をする。



「ああ、ちょっとやってみたい事があってな」


「やってみたい事?」


「フレアリカから、こんな事を聞いたことはないか?」



 ......人間になりたい、私は果実じゃない。そうマモンから告げられた直後に、瑠凪の中ではあの時の光景が思い浮かんだ。



 ───────「かじつちがう!フレアリカはにんげんなの!!」



 これはガブリエルとミカエルに聖火崎、帝亜羅、そしてフレアリカの3人が襲われた時にフレアリカが言っていた言葉だ。


 確かに言ってたけど......と首を縦に振りつつ不思議そうな視線を送ってくる瑠凪に、マモンは手に持っていた医療器具を置いてビーカーとナイフを持って瑠凪の方に歩いてきた。



「吾輩もフレアリカからそのようなことを聞き受けてな。フレアリカを人間にするための研究をここ半日行っておったのじゃ」


「ふーん......それで?何か成果はあった?」


「ああ。フレアリカが人間になるために必要なものが分かった」


「うん、やっぱマモン凄いわ。天才」



 マモンの言葉に、瑠凪はそう言って高級品だと一目見てわかる革張りのソファに腰かけた。そしてマモンから差し出されたビーカーとナイフを受け取り不思議そうに眺めた。



「フレアリカが人間になるために必要なもの、それは......自分以外の者の血じゃ」


「へー。それじゃすぐ人間にできるんじゃん。人間にしちゃえば天界からも狙われなくなるだろうし、フレアリカの夢も叶うし一石二鳥じゃないの。......で、それと僕が呼ばれた理由になんの関係があるってんだよ?」



 半ば興味なさげに繰り出された瑠凪からの質問に対して、マモンは初めて深刻そうに頭を抱える素振そぶりを見せた。



「......まず、死んでから30秒以内......死にたてほやほやの者の心臓を搾った血を飲む事」


「......まあー、ちょっと厳しいけどできない事ないじゃん」


「これで終わりじゃったらうちでフレアリカを預かって、万が一にも患者が亡くなられた場合の時に提供できる。問題は、飲む血の条件のもう1つじゃ」


「ふーん......」


「......魔力、神気を完全に拒絶する、もしくは特殊な方法でしかその力を含ませられない血じゃないとダメ。仮に見つけたとしても血を提供してもらえるか、そもそもこの世に2、3人いるかいまいか......」


「あっそ。......それ、だいぶキツくない?」



 瑠凪も初めて眉をひそめ、腕と足を組んでマモンの話の続きを待つ。



「じゃろうな。一応魔力、神気を完全に拒絶する血かどうかの確認にそこに寝ておる天使の血も入れてみたし、帝亜羅殿やベルゼブブ殿、望桜殿、アスモデウスにも血を提供してもらったのじゃが、駄目じゃった」


「......で、僕に巡ってきたわけか。まあマモンには昔から世話になった節あるから、別に良いけど」



 そう言ってナイフを左手で握ってその下にビーカーをセットし、



「っ、ぐっ......いって!!」


「おー」



 右手で思い切りナイフの刃を握りしめ、一気に引き抜いた。赤々しい鮮血が垂れてくるのをビーカーに絞り出して集め、手近にあったガーゼと包帯を使って適当に傷の処置をする。



「っふー、痛い、マジでこれ痛い」



 そして涙目になりながらもマモンに自身の血の入ったビーカーを差し出し、先程あっさり了承したにも関わらず不満げに簡易手術台の1つに近づく瑠凪。


 その手術台の上には、原因不明でかなり弱体化しており昏睡状態に陥っている大天使聖·ガブリエルが蒼白の顔で横たわっている。大天使らしからぬ微量の神気を、体の中で静かに循環させている。緑色の髪もなぜか元気なさげに見える。その緑頭を瑠凪は軽く撫でつけた。


 万全の状態ならばすぐ飛び起きて「何するんだ!!」と手を思い切り叩き落とすなりなんなりするのだが、やはり起きない。起きる気配すらない。


 それと同じタイミングでフレアリカと繋がっている点滴袋に瑠凪の血を入れて、フレアリカにゆっくりと流し込むマモン。そしてすぐにまた頭を抱えた。どうやら駄目だったようだ。



「......なにもそこまで大胆にやらなくても、指の端をちょっと切るだけでよかったのに」


「ちょっ、お前それ先に言えよ!!」



 そしてその体制のまま瑠凪に嫌味を言うのだから、先程までの深刻そうな表情が嘘にすら思えてくる。しかし状況は本当に深刻らしく、目は少し笑っていない。



「すまんすまん、汝がどうやるのか気になってなww......」


「僕をからかうのも大概にしろよな!!」


「ぶふっww......まあ、とにかくこんな風に滅多に居ないのじゃ。この分だとベルフェゴール殿やアスタロト殿、サルガタナス殿や他2人も駄目じゃろう」


「話すり替えっ......んも〜......それで、そこまで珍しいんならどうすんのさ。フレアリカに伝えるの?」


「フレアリカには......伝えるぞ」


「え?そーゆーのって普通は伝えないもんじゃないの?」


「いや、先程2、3人いるかいまいかと言ったが、1人いれば奇跡、さらにはそれを見つける、死んで30秒以内に血を飲むという所業をこなす所までできる可能性はせいぜい0.000............000003%くらいじゃろう」


「それ限りなく0に近いやつじゃん。てかなんで最後3?そこ普通1とかじゃないの??」


「四捨五入したらでてきたのじゃ。まあ、見つかったら見つかったで喜びは大きいし、逆に見つからなかった場合の悲しみや絶望は、成功確率を低く見積っておけばおくほど少なく済む。さしては......む?」



 コン、コンコン、



 瑠凪からの問いかけに答えつつ、マモンもまた座って会話を続ける。2人とも、なぜか全てを達観したかのような飄々とした表情を浮かべて俯いて座っている。......と、そこにドアのノック音が響いた。



「しつれーしまー......あれ、たいしょー堕天使と一緒に居たんだ」



 扉を開いて出てきたのは黒髪翠瞳の少年·ファフニールだ。金色の双角が頭から生えているが、他は一見は人間と大差無い。しかし、彼もまた立派な飛竜(の子供)であり、悪魔である。


 黒の軍服は袖口が大きく拡がっており長すぎるため、手よりも長くて余った部分の布が力なく垂れている。しかし胴の部分の長さはむしろ少し短い位なので、わざと袖長めにしているのだろう。


 肩にはヴァルハラ独立国家の近衛兵の紋章を着けていて、軍服のショートズボンもかっちり着込んでおり何時でも戦闘準備万全だ。左足には包帯とベルトを巻いている。


 かなりゆったりと喋りながらマモンの方に近づいていき、1礼をして横に控えている。



「ああ。腐れ縁じゃから、今の最重要案件についても意見をしてもらおうと思って呼んだのじゃよ」


「あれ、こいつどっかで......」


「昨日、お風呂でご一緒させて頂きました。ヴァルハラ近衛兵長、ファフニールです」


「おー、ハキハキ喋ってる」



 その姿にどこか見覚えのある様子だった瑠凪に、先程までとは打って変わってハキハキ、しっかりと話すファフニールに軽く驚きながらも、いつの間にか用意されていた紅茶に手を伸ばす。



「普通はこんな感じで喋れるんだかんね。でも気を抜いたらすーぐゆったりになつちゃう。......で、たいしょー、多分その天使あと2時間くらいで目ぇ覚ますよ」


「そうか。なら目を覚ますと考えられる時刻には、フレアリカを遠ざけておかないとだな」



 ......ガブリエルは"枝"と同時に、"果実フレアリカ"の事も狙っていた。それは聖火崎達の話から分かる事だし、何より瑠凪自身が本人に確認した。


 ......約8000年も"要らないから集めなくても良い"としてきたものを、今更集めだした所で......と瑠凪は心底思うのだが、自分には関係ない事だと早々に頭の隅においやった。



「そーだねー......それじゃ、僕は自室に帰ろうかな」


「なら、吾輩も仕事に戻るとするか」


「あ、このしりょーはなおしておくね〜」



 そしてそのまま解散し、瑠凪はまだ痛む右てのひらを擦りながら部屋を後にした。マモンはその背を視線で見送ってやると、そのまま椅子に全体重を預けて背もたれに大きくもたれかかった。



「......やれやれ、疲れるのう」



 その呟きは、誰の耳にも届かぬまま虚空の中に溶け込んでしまったのだった。




 ──────────────to be continued───────────────



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る