17話6Part 働く勇者と暗殺事案⑥

 そして10分後に、帝亜羅が望桜宅のリビングで待機している時に後ろから声をかけられた。......瑠凪と或斗だ。この2人は神戸ではなく明石市の南明石に住んでおり、集合するのに多少時間がかかったらしい。


「あ、帝亜羅ちゃん!行けるんだ?」


「あ、瑠凪さん!或斗さんも!......はい、行っていいって母が......!」


「良かったじゃんか!!にしてもあんな急に発足した旅行に、よく良いって言ってくれたね?それに、結構大変だったんじゃないの?」


「あ、大丈夫です!」



 そう言って今月の聖ヶ丘學園の予定表を帝亜羅の方に向ける瑠凪。今日は木曜日で、瑠凪は来週の木、金の所に書かれた"第3回定期テスト"のことを気にしているらしいが、帝亜羅は大丈夫の意を込めて笑顔で彼の方に向き直った。



「......あれ?瑠凪さん、今日は......」


「え?ああ、こっちは極寒だけど向こうはそんなに寒くないからね。この格好なら脱ぎ着も楽だし」


「そ、そうなんですか?それでも、その......露出度が......」


「いや別に痴漢とかされないだろ......俺男だし」



 そんな瑠凪を帝亜羅はまじまじと見つめた。カシュクールのトップスの上からジージャンを羽織り、ショートパンツを履いている。男性なのに違和感が全くない、流石は少年体系という所であろうか。それを見て帝亜羅は制服のミニスカートを履きこなす梓を思い出した。



「にしても......帝亜羅も一張羅なんだね。俺のはまあ普段着だけど......望桜達もいつものパーカースタイルじゃないしねww」


「ぐっ、露出が目にくるぜ......!」


「ちょ、触らないでくださいね!?俺の大事な愛玩主人なんですから!」


「ちょっとそれどういう意味だよ或斗!!」



 そう言って瑠凪が怒るが或斗はそれを大して気にしていないようで、荷物の最終確認を淡々と済ませている。


 ......あの、みんな一張羅着てるんだけど......私、色んな意味で浮いてないかな......?


 帝亜羅はそうそこはかとなく心配になるのだった。何せ......


 瑠凪の事を見て変質者並ににやにやしながら鼻血を拭いている望桜は、ストレートのジーンズにカバーオールを着用しているところは普段と余り変わらないのだが、その中に襟の短いワイシャツを着ていて下から端を出しているというスタイルだ。


 そして瑠凪にぽこぽこと叩かれながらも未だ確認を続ける或斗は、スキニージーンズに黒色のスウェットパーカー、その上から落ち着いた色のロングコートを羽織っている。



「......あ、帝亜羅......」


「晴瑠陽くん!お久しぶり......か......な......?」


「うん......どした、の......?」


「帝亜羅?大丈夫?え、と.......」



 そして帝亜羅が周りの人の様子を見ていた時に、望桜の自室から晴瑠陽と鐘音が出てきた。その2人の格好を見て帝亜羅は思わず声をすぼめて静かにびっくりしてしまった。......やはりこの2人も一張羅だ。


 晴瑠陽は落ち着いた空色のはんてんパーカー、そして仕様が袴風のハーフパンツを着用している。和風チックな格好に晴瑠陽の黒髪が映えてとてもいい感じに仕上がっているのが羨ましい。


 鐘音は小さなロゴの入った白のスウェットにダメージジーンズを穿き、長めのベルトを垂らしている。明るい赤毛の横髪を片方ピンで留めていて、はっきり見えるようになった耳にはシンプルな青色のピアスが着けられている。



「......あ、皆揃ったみたい。望桜」


「俺に開けるか!瑠凪、お願いしていいか?」


「あ、13代目殿。吾輩が開こう」


「お、いろいろすまんな!」


「......え?」



 そして帝亜羅は、いつものメンバーに2人知らない人が増えていることに気づいた時には、ゲートが開いて少しだけ頬を赤らめた鐘音に手を引かれて、共にその中に吸い込まれていった。




 ─────────────Now Loading───────────────




「デカすぎてえぐい、しかも綺麗」


「こ、ここが......」


「左様、ここが我が館......ヴァルハラ独立国家じゃ」



 望桜と帝亜羅は、その館を目の前に感嘆の声を上げた。


 そんな2人の様子を見兼ねたマモンは自身の後方を手で示して紹介し始めた。その方向にあるのはヴァルハラ5棟館、そしてその奥に厳重に警備されている母屋·ヴァルハラ=グラン·ギニョルが堂々と佇んでいる。......まさに百聞は一見にしかず 、だったと思う。


 マモンにあれだけ話を聞いてもなお、いざ実物を目の前にすると望桜達一行は建物の大きさと豪奢さ、そして敷地の広さや自分達の周りに広がる東方市街の美しさに圧倒された。


 ただ3人、普段からそこに居る家主のマモンと使用人長·ダンタリオン、それと昔から時折来るためすっかり慣れてしまっている瑠凪だけが建物の堂々さに負けないくらいにでんと構えて立っている。



「もはや国判定されてるんだね。ウィズオート皇国の決まりはここじゃ通用しないってわけ?」


「まあそうじゃの、例えばウィズオート皇国じゃ死刑や無期懲役判定がでても、叙情酌量によっては刑が軽くなる事もある。しかしヴァルハラの中では......」



 そうマモンが言った途端、門の近衛兵達が人数分紙を持ってやってきた。そしてそれを見て何かを理解した望桜は、ひとり「おー!すげえ!!」と感嘆の声を上げている。



「......叙情酌量など存在しない。無期懲役は無期懲役、死刑は死刑じゃ」



 近衛兵達が持ってきたのは誓約書だ。戦闘を起こしたら、死刑と無期懲役刑はしっかり受けますよという。その内容に無自覚のうちに顔が強ばる一行。



「うへえ......実は無期懲役判定くらっても、服役中に牢屋の空きがなくなったら途中で殺されるから嫌だよねえ......」


「マジか、それ訴えられたりしねえのか?」


「大丈夫ですよ、そのこともしっかり誓約書の下の方に明記してありますから」



 ダンタリオンのその言葉に、先程自身がサインした誓約書の下の方を確認して、



「あ、本当だ......小さい訳でもないし、知らなかったなら目の通し不足だって突きつけても文句言われない程度には大きい......」



 はっきり、それも7mm程の大きさでしっかり書いてある事を知った。そこには"無期懲役刑でも途中で死刑になる事があります"と書いてあった。それだと無期懲役じゃなくない?と帝亜羅は若干疑ったのだが......まあ、そもそも戦闘したり疑われたりするような事をしなければいいだけだ、と心の中で絶対に何も起こすなと戒めた。



「では皆さん、部屋の方に案内致します。夜分遅いですし、他のお客様もいらっしゃいますのでくれぐれも騒がぬよう」


「はーい」


「分かりました」


「晴瑠陽、ここあんま寒くないだろ?」


「......いや、さむい......」


「俺のジージャン貸そうか?」


「いい......」



 ダンタリオンの注意喚起に、望桜は欠伸あくび混じりの間延びた返事をし、帝亜羅は首をゆっくり縦に振って歩いていくマモンとダンタリオンに着いていく。

 或斗は無言でそれに着いていき。瑠凪と晴瑠陽も喋りはするが小声で話している。


 そして小さくレトロなゴルフカートのような車の立ち並ぶ大きな車庫のようなものに辿り着いた。数100台、ひょっとしたら1,000台はあるだろうと思われるほどの車の数に、やはりマモンとダンタリオン、瑠凪以外の全員が思わず息を呑んだ。



「......これを1人1台貸し出します。基本系列店商店街やバラ園等の規模が小さめの施設は近くにありますが、人口プライベートビーチやカジノ等の規模の大きい施設の中には歩くのが億劫になるほど宿舎から距離があるものもありますので」


「規模小さめでも商店街があるんだ......」


「今から宿舎へと移動するんじゃが、やはり門からだとかなり距離がある。だから操作説明も兼ねてこれに乗って移動するぞ」



 こうして一行は一通りの説明を受けて移動がてら操作練習し慣れた頃、観光エリアから宿舎エリアへと入るための門の前にやってきた。


 その重い門が開かれてその下を車道の上を走行しながら通り、1番手前の館·ヴァルハラ=チェトィリエと10m程の距離まで来た。しかしそこでは止まらず、まだまだ先へと進む。



「言っておくが汝らを今日泊める事にした理由は3つじゃ。それは聖弓勇者の保護している宇宙樹の果実、フレアリカの預け先が無かったことと、ファフニールのリストレイント·コントローラーに対する応急処置のお礼じゃと思ってくれ」


「その事なんだが、ヴァルハラ=グラン·ギニョルに行けばファフニールの魔法も解除できるとか言ってたよな?」


「ああ。我が館ならば魔法の解除に必要な道具も揃っておる。......心配は無用じゃ、吾輩はこれでも医者でもあるからのう」



 そう言って小さくドヤ顔を決めるマモンに望桜は失笑を零しながらも、隣に座っている晴瑠陽が先程からずーっとパソコンを弄っている事に、ほんと24時間パソコンだなお前......と心の中で少し呆れている。



「ホテル経営者で実業家で医者。そりゃ下界1の億万長者にもなるわけだよー」


「あ、主様!ノーリです!」


「おおー、相変わらず豪奢だねぇ。あと或斗しっかり前見て運転して」



 そしてその間にも車両はどんどん進み、いつしか母屋に1番近い客館·ヴァルハラ=ノーリの横まで来た。車両侵入口は裏側なので、建物を少し過ぎたあたりでハンドルを左に切れば入れる。


 そう思いスピードを落とした一行だったが、マモン達はスピードそのままにまだ先へと進んでいく。



「......え?」


「何をやっておる、汝らの宿はそこではないぞ」


「もしかして......グラン·ギニョル、ですか?」


「おお。帝亜羅殿、正解じゃ」


「え、ま、マジで!?俺達母屋で3日も過ごしていいのか!?」



 ......そう、一行は普通ならどれだけ金を積もうが善行を積もうが泊まれない、ヴァルハラ=グラン·ギニョルに3日間滞在できる特権を持っているのだ。


 帝亜羅は先程鐘音から聞いたヴァルハラの情報からここに滞在する3日間を想像し、嬉々として到着を待ちわびている。



「別に構わん。部屋も沢山余っとるしな」


「やった......ご飯と甘味食べ放題だ......!」


「或斗さん!?」



 そして或斗の普段とはまた違った一面をまたしても思わぬ所で垣間見てしまい、今度シュークリームでも買ってあげようと心に決める帝亜羅。その横で鐘音がそんな彼女の様子を見ながら、東方市街を共に見に行こうと誘おうかと密かに思い悩んでいる。



「......よし。今日からの3日間で、何か良い所ひとつでも見せるんだから......!」



 そう闘志を燃やす帝亜羅。......ヴァルハラ=グラン·ギニョルにはもう少しで到着だ、一行は先程のようにスピードを落とし車庫入れの準備に入った。



「帝亜羅、な、なんて言った?」


「へ?あ、別に大したこと何も言ってないよ!!」


「あ、そう......」



 鐘音からの指摘に焦るが、生憎風の影響で内容までは聞こえていなかったようだ。



「......それでは部屋決めですね、本日は4室とってあります。適当ですが......望桜様と晴瑠陽様、瑠凪様と或斗様、鐘音様と帝亜羅様が同室で大丈夫ですか?」



 やがて全員が車両を戻し終わったことを確認し、ヴァルハラ=グラン·ギニョルに入ってすぐのフロントでダンタリオンは部屋決めについて話し合い始めた。


 そしてダンタリオンの言葉にあからさまに顔を赤らめた現役高校生2人が、大きく声を上げて照れ隠しの抗議を行った。



「「べ、別でお願いしますっ!!」」


「おー」


「えっ」「あっ」



 ......鐘音と帝亜羅だ。その勢いの良い抗議の声に、瑠凪はにやつきながらも「まだまだ若いねえ......」と小さく呟いた。


 自身の好意を伝えたいけど、相手には隠しておきたい......そんな照れ隠しを2人とも行ったために誤解が2人の心の中に生まれ、この3日間会う度に気まずい空気が流れる事を2人はまだ知らない。



「畏まりました。それでは......帝亜羅様、どなたと同室がよろしいですか?部屋の都合上どうしても相部屋になるのですが......唯一の女性の方ですから......」


「あ、じゃあ晴瑠陽君で」


「えっ......」



 そして男子高校生と会う度気まずいだけならまだしも、険悪な空気になる原因を作ってしまったことに女子高生は気づかない。


 帝亜羅が自分より晴瑠陽を選んだ、としか思っていない鐘音はただ俯き加減で晴瑠陽を睨むことしか出来なかった。......まあ、晴瑠陽を選んだ理由は大人しいからと、一緒にいてもさほど緊張しないからだ。


 それに帝亜羅にとっては1度共に殺されかけた友人でもある。だから帝亜羅は選んだのだ。そのままとりあえず一件落着だと思って安堵の溜息を零した。そんな2人を後目にダンタリオンは部屋割りの確認を続ける。



「晴瑠陽様、帝亜羅様と同室で構わないですか?」


「別に......誰が一緒でも......関係ないから......」


「では再確認をさせていただきます。鐘音様と晴瑠陽様が交代なので......」


「待って、僕が望桜と同室?絶対嫌だ」



 そして先程の帝亜羅の言葉にだんだん苛苛し始めた鐘音の心無い言葉に、ずっと傍目で見ていた望桜がとばっちりを食らう。



「お前、それは酷すぎんだろ!!」


「だって煩そうだし......だったら或斗と同室がいい」


「俺......ですか?」



 そしてだんだん周囲に飛び火し始めた"誰と1晩共に過ごすことになるか"騒動はやがて一同全員を巻き込むものとなった。



「別に俺は誰でも構いませんよ。ですが、久しぶりに鐘音と同じ空間で過ごすのもいいかもしれないですね」


「え、ちょっと或斗!!俺にこの変態と一緒に寝ろって言うわけ!?」



 そして或斗の爆弾発言にもはや飛び火どころの話ではない、各地で戦火お昇り真っ盛りだ。もはや危険区域に変貌した場所に居た瑠凪もまた巻き込まれ、話に追いつく前にまた論点はトントン拍子で進んでいってしまった。



「大丈夫ですよ主様、俺は隣の部屋に居ますから」


「そういう問題じゃないだろ!?」


「決定じゃの、望桜殿とルシファーが同室じゃ」


「ちょっと!!勝手に決めるなよ!!」


「ダンタリオン、荷物運びを頼むぞ」


「おいっ!!」



 日本から来た一行以外の人っ子1人居ないフロントに瑠凪の怒声が響き渡る中、1人時計を確認した或斗が、時計の針が午後8時24分を指し示していることに慌て始めて、結局そこで話し合いが終了することとなった。




 ─────────────To Be Continued───────────────




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る