16話3Part 学校にて③

 


「うー......ごぼごぼごぼ............」



 ぷくぷくぷく......と浮かんでは消える泡を眺めながら、入浴剤のせいで微かに青く染ったお湯と自身の赤みがかった細い指とを見比べては、ここ1週間の自分がいかに"らしくない"かを考える。



「うー......別に、嫌われた訳でもないもんね......」



 ぷく......ぷくぷくぷく



「かといって好かれてるわけでも............あー何やってんだろ僕、ほんとらしくない......」



 ザバ......ぷくぷくぷく



 ぶつぶつと何かを呟いたかと思うと、自分にとって要らない邪念を水に流すように顔を勢いよくお湯に沈める。それをかれこれ30分繰り返しているのだ、彼の主人、直属の上司は。


 頭を抱えてお湯に首まですっぽり入れて、あーとかうーと唸っては額までお湯に沈めるという謎の行為を繰り返す瑠凪を、扉の隙間から本人に気づかれないように或斗は覗いている。......別にやましいことを想像してやっているのではなく、あくまで心配で本人はやっているのだ。あと単純に早く上がって欲しい。



「望桜......なんかあいつに似てるからかな......だってそりゃ、昔の彼氏......同性だけど、悪魔も天使もそーいうの関係ないし、別にやましい関係性でもないし......ただ1日中一緒にいる関係ってだけで、特になーんもやってないし......」



 ぷくぷくぷく......



 目だけ水面から覗かせ、やはり気泡を眺めている。いろいろ考え込むのだが、目の前の泡に集中を乱されて何を考えても泡沫のようで。


 ......ひょっとしたらこれに関しては、"どうでもいい"では済まない事なのかもしれない。未練がましいというのは、強い奴からも弱い奴からも1番狙われやすいし、思い通りにいかれることも多くなる原因の1つになりかねない。それは瑠凪自身が"大天使筆頭熾天使時代"に天界で学んだことだ。



「......永らくあいつとなんかした記憶ないし、てかだいぶ前に死んでるし」


「主様?」


「うわあっ!!」



 ザバアッ!



「どうなされたのですか?随分長く入ってらっしゃるので......もう30分ですよ?」


「え、あ〜......」



 そしていきなり浴室の扉を開けて入ってきた或斗に、瑠凪は浴槽内で飛び上がって驚いた。


 瑠凪の目の前に顔を寄せる或斗の目に、どうしても目を合わせるのが気まずいというふうに目を泳がせる瑠凪。それを数秒優しい目で眺めた後に或斗らは伝えたいことを伝えた。



「......何か、悩み事ですか?」


「え、や、そういう事じゃないけど......」


「主様」


「あ、うん」



 瑠凪の濃い黄色の瞳を真っ直ぐ見据え、こう言った。



「......巧言令色少なし仁、か......」


「......へ?」



 その内容に瑠凪は思わず間抜けな声を上げて、真面目な顔のまま自身の方を見つめている従者に、とりあえず次の言葉を目で促した。



「いえ、俺も論語の内容はどれも感銘を受けるものばかりで、あの教えを人生の模範解答に生きていこうと思ってるんですが......」


「別に構わないけど悪魔がそれってどうなの?」



 尚も頓珍漢な事を言い続ける従者に若干頭痛がしてくる。それでも中途半端で終わると余計頭痛を酷くしかねないからと、まだその先に続くであろう言葉がどうか斜め上でないことを願いながら瑠凪は或斗の方を見やった。



「......巧言令色少なし仁、これだけはどうも納得がいかなくでですね......」


「え、それって確か"口が達者で感情を取り繕うのが得意な人は、仁が足りてない"だかなんだか、とにかくそーいう意味の言葉だよね?」


「ええ、そうなんですけど......だって主様は口が達者ですし、感情を取り繕うのも得意です」


「お前、僕に仁が足りてないって言いたいわけ!?」


「そういうわけではありません!......さっきも言った通り主様は多少弄れてらっしゃいますが、仁もしっかり持ちあわせています」


「褒められたのか貶されたのかわかんないってば!!」


「とにかく!!仁もありますし恕もある、それなりに品も備わっている。だからこそ俺達従者のこともしっかり考えて行動して下さってます」


「うん......まあ、そうかもだけど......」



 1部を除き褒められている事にどこか決まりが悪そうに目を逸らす瑠凪に、或斗は幸せそうに目を細めながら先を紡いだ。



「その分、悩み事や抱え事も全部1人で背負い込んじゃうんですよね、主様って。でも俺達は主様の背負い込んでる事、主様が楽になるまで好きなだけ任せて欲しいんです」


「で......も......」


「言ったじゃないですか、"己が命を捨ててでも、俺は貴方のために動きます"と」


「っ......でも、そんな大層なことなんて抱えてないよ?」


「なにも規模の大きさが全てじゃないですから。どんなに些細な事にでも、気持ちは簡単に縛られますからね」


「......本当に?」


「こんな時まで冗談言わないですよ!っていうか何1000年の付き合いだと思ってるんですかww」


「う、るさいなあ......からかうなよ!!」


「俺はいたって真面目ですよww」


「むう......」



 真面目なはずなのにどこかからかっているような感じの抜けない従者は、少しへそを曲げてしまった瑠凪に、風呂に来た本当の目的を告げた。



「......さ、もう上がられてください!俺も入りたいんですから!」


「どーせなら一緒に入っちゃう?」


「そうしたいなら......」


「別にそういうわけじゃないし!!」


「はいはいww」


「もー......」



 今はいないもう1人の同居人の事を頭の片隅に、冷蔵庫の奥に忍ばせてある彼女のチョコを3個一気に頬張った。




 ───────────────To Be Continued─────────────




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