12話3Part 人外達の集う国③

 ......望桜の頭の中のお花畑が、満開になる数時間前。まだ空に日が高く昇っていた頃、桃塚宅に、その数時間後に望桜に電話をかけた人物と同じ人物が訪ねてきた。



「......なんで貴様が家を訪ねてくるんだ?」


「訪ねちゃダメなんて言われてないのですが?」


「はあ......入れ」


「お、入れてくれるのですな」



 靴を脱ぎ、フローリングの廊下を歩く或斗に続き、大天使聖ウリエル......もとい宇左 衣月うさ いつきだ。


 ......緑丘宅の床とは違い、軋まない床。瑠凪達はラグナロクから持ってきておいたこちらだと価値が高い宝石や鉱物......レッドダイヤモンドやグランディディエライト、ポードレッタイト等を質屋で買い取ってもらい、作ったお金を切り崩していきながら家賃を払っているのだ。(宇左は緑丘宅に何度か不法侵入()をしているため、床が軋むことなど知っている)


 そもそも瑠凪達には長期間滞在はしても、永住するつもりはない為あまり節約もしていない。インテリアでお洒落に装飾され、家具や物が沢山あるのに綺麗に整頓された家が瑠凪達の暮らす家だ。......太鳳の自室(という名の区切られた部屋の半分)は別だが。



「......いやー、思ったより可愛く育ちましたな」


「やめろ気持ち悪い」



 ......宇左は天界で、いわば或斗の教育係だった。そのせいで幼い頃の様子は知られてしまっており、小さい頃は純粋に慕っていた大天使が、まさかここまでの変態だったとはと今更ながら幼い頃の自分を殴りたい心地だ。


 しかし日本でむやみに手を出せば、傷害罪で書類送検や起訴、ひょっとしたら罰金刑や刑務所行きになってしまうやもしれない。主様に迷惑をかけることだけは絶対に阻止せねば、たとえこの身がどうなろうとも。



「......口の悪さだけは主人に似たのですな」


「主様のことを悪くいうようなら今すぐ斬り殺すぞ」


「怒ってるところも可愛いですなー!!」


「っ!、貴様、離れろ!!気持ち悪い!!神気がぴりぴりして痛い......痛いって言ってるだろうが!!」



 そう言いつつ或斗は、この放浪天使が主に危害を加えるつもりがないとわかり、内心ほっとしていた。



「あー!可愛い!!ぴりぴりって表現が特に!!」


「気持ち悪い!!ってか邪魔だ!!!」



 昼だが既に夕飯の仕込みを開始して、厨房に立つ或斗。その背に宇左はぴったりとくっついた。ただ宇左に邪魔されているにも関わらず手元を狂わせずに調理を続ける或斗は、もう流石としかいいようがない。



「え〜?結構余裕で料理してるように見えるんですけど?」


「それはまあ......主様のために3年かけてゆっくり習得した料理の腕を以て料理しているからこそ、残念ながら貴様のその鬱陶しい行動もあまり支障にはなっていないからな」


「ほほお......とまあ、可愛いものをおがめてよかったですけれど、本当は伝えたいことと渡したいものがあったから来たのでした」



 そう言って手をポンと打ち、自身が持ってきた鞄を漁り始める宇左に、或斗はただ唖然としつつも手を動かし続けた。



「伝えたいことと、渡したいもの......?」


「......僕は、今まで神の詔のもと正しきものには知恵を授け、悪しきものには裁きの炎という試練を与えてきたのですぞ......」



 そして宇左ら或斗の問いかけにゆっくり頷き、"自身の天界での立場"について話し始めた。


 ......今現在、ここ異世界日本で半ば放浪者のようにふらふらとさまよってはちょっかいを出しにくる、本当に天使か?と疑いたくなるような生活を送っている宇左は、仮にも天界序列第2位の智天使である。


 そして智天使として神から"正しきものには知恵を授けよ"、"悪は聖なる炎によって裁きを下せ"と詔を受け現に今までそれを実行してきた、と宇左は或斗に言っているのだ。それについては詳しくはなくとも多少なりの知識は持っている或斗だ、宇左が言ったことを疑問に思ったりはしなかった。......そこまでは。



「......でも次は、僕の独断で助けるべき人達を決めた。......僕は、次は貴方達を"方舟"を作るべきだと思ったのですぞ」



 その先に続いた宇左の言葉に、或斗は目を見開いた。......神が言う悪とは、基本的に或斗達悪魔を象徴とする人間の悪意だ。そして目の前の宇左......天使は、悪に裁きを下す役割を負った天使である。


 ......その天使が、仮にも神の対極である悪魔やその仲間に、これから起こる厄災を退けるための告知をしに来たのだ。



「......"神様は大洪水を起こし、地上を滅ぼすおつもりです"か......」



 ノアの方舟......神は地上の悪しき心を持った人間や動物を滅し、正しき心のみを持つ人間の1人であったノアに"私は大洪水を起こし地上を滅ぼすから、生き残るための方舟を造りなさい"と命じた。


 そして完成した後にノアやその子孫、動物を2匹ずつと1部の種類の動物は7匹ずつノアの造った方舟に乗せるよう命じ、全員が乗った後に大洪水を起こして方舟に乗っていた者以外は全員亡くなった。


 ......神は"正しい心"を持ったものだけを残したくて、選別作業として大洪水を起こしたのだ。



「......で、なんで貴様は俺達を"方舟"に乗せるべきだと思ったんだ?」


「今のここ日本異世界の環境問題については、ここ3年の日本生活で知っていますな?」


「......ああ、地球温暖化やそれからくる海面上昇、他には急速な生物の絶滅や森林破壊とか......」



 或斗は調理しながら流し聞きしているテレビニュースの内容で、思いついたことを口にした。環境問題......日本は、というより日本が存在している地球という星が抱えている1番大きな問題だ、それなりに報道される頻度や量も多い。それについて或斗が口にした言葉を宇左は聞いて、深く頷いた。



「そう、それですぞ。それを防ぐために地球環境サミットが開かれたりとかしているのですが......極端な話、環境問題の悪化を防ぐには全世界の人間を滅ぼせばいいと思わないですかな?」


「......思わない、ことも、ないが......」


「ここ3年で随分毒されたものですな......魔王軍の拷問官として1000人以上は精神的に殺してきてるはずの大悪魔が......ね?」


「......まあ、こちらの人間はラグナロクの奴らほど、毒されてないというか何というか......」


「ああ〜......まあそこはどうでもいいのですが、とりあえず僕は貴方達にこれを告げるべきだと思ったのですぞ」


「......?」



 ピリリリリリ、ピリリリリリ、......



 固定電話の着信音も気にせず、或斗は続きを待つ。だから宇左は無駄に勿体ぶって間をあけているのだ。その間もずっと部屋に着信音と包丁で野菜を切るトントントン......という音が響き続けている。



「......"天軍総帥の御遣い"に気をつけろ、そう望桜と瑠凪に伝えておいてくださいですぞ、それではまた〜...... 《ゲート》」


「あ、ちょっ......」



 フオンッ......リリリリ、ピリリリリリ......



 軽く警告をして宇左は直ぐにゲートで立ち去ってしまった。或斗は半ば苛立ちつつも未だになり続ける着信音を止ませる為に受話器を持ち上げた。



「はい、餅月です」


『...... О, наконец-то связано ! ! (おーおー、やっと繋がった!!)』


「......А вы кто?(誰だ?)」



 ......魔界語だ、それも人間界との共通言語·ラグナロク語ではなく純粋な魔界人しか使わない方の。電話の相手はいきなりその魔界語で話しかけてきた、礼節もなってないところから察するにきちんと教育をされていない子供なのか......そう或斗は考え、名を尋ねた。



『Ох ...... Интересно, могу ли я сказать вам будущего маршала Храброй армии ? (あー......勇者軍の未来の元帥とでも伝えとこうかな?)』


「Как вы думаете, обычный демон может получить работу в Храброй армии? ...... Я действительно счастлив. (一概の悪魔が勇者軍に就職できるとでも思っているのか?......とんだおめでたい頭だな)」


『Ну, если я говорю на этом языке, я думаю, что так ......(あー、まあこの言語を話せばそう捉えるか〜......まあ仕方ないかあ〜......)』


「......?」


(電話をかけてきている位置は神奈川県横浜市営地下鉄......港町1丁目ってところか。妨害魔法か何かで、変声の術が解かれないようにしているらしいな)


『...... У меня есть "шестая ветвь", когда я когда-нибудь снова увижу ...... (......"6本目の枝"は僕が所持しているよ、いつかまた会う時に......ね......)』



 ガチャッ......ツー、ツー、ツー......



 通話は向こうから切られ、ツー、ツー、と受話器からは機械音しか聞こえてこない。



「......6本目の枝......?」



 トントントン......トン、



 そして直ぐに厨房に戻り手を動かし始めた。先程まで鳴り続けていた着信音の代わりに子気味良い音を響かせて。



「......まさか......な」




 ───────────────To Be Continued──────────────




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