第132話 吹きすさぶ。

「なんだあのマナの量……っ」


「マッデンから……ヒトからマナが溢れ出てる……だとっ!?」


騎士団達が蒼白になっていた。


その相対する大きな人影からは今、大量のマナが溢れてきているのがハッキリと見えるのだ。



「我の願いはただ一つなり。この世界を流れるたゆたいの流れに、水神の命脈をもう一度招来させたまえ……っ! そは原初っ! そは始まりにありし色っ! 流れたゆたえ……」


マッデンは今、呪文を一心不乱に唱えている。


その一言一言が紡がれる都度、世界には崩壊と変異が起こり続けていた。


それは間違いなく世界、言い換えれば自然界の変貌。



「こんなの……。マナが人から生まれるだなんて事……神じゃあるまいしっ」


そう、目の前の人間は自然の論理すらも従え、改ざんしていっているのだっ!


「これが……人類を導く使徒……。俺らを救済する勇者の力」


間違ってはいけない。マッデンは間違いなく神の使徒である。


言い換えれば勇者。


例えどんなに性格が悪く人間として最低のカスで、畜生にも劣る人間であっても……だ。



「シュッ……っ!」


ひゅっ!


パキキッ!



ジキムートがマッデンめがけて投げたナイフはあっさりと、届く事無く凍ってしまった。


しかもそれだけではない。凍った状態で空中で静止し、落ちないのだ。


「近づくのは無理そうだな……。これだから凡俗やってると嫌になる。全く」


ジキムートが呆れたように、1人きりボッチになったマッデンを見やる。


ジキムートは裏切った傭兵だけでなく水の民全員を見事、懐柔して見せた。


100対1の状況を作り上げたのだ。


だが……神に選ばれた勇者なら恐らく、簡単に100対1を覆してしまうだろう。


それが勇者……。



「我は神の子なりっ! 天上よ涙せよ、我の大地へと降り注ぐ慈愛の涙を乞うっ」


マッデンが叫ぶと懐からあの、〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″を天に掲げみせる。


そしてそれが眩しく、神々しく光ると……っ!



ぽつっ……ぽっ……ザアアアアッ!



「クソっ、なんだこれっ。雨がこんなに大量に……」


突如振り出した雨。


それは一瞬にドシャ降りになり始めたっ!


しかも……。



「おぉっ……どういう事だっ!?」


どこからともなく地面から……大地の中から水が湧き出し始めのだっ!


そしてそれはあっという間に1メートル、2メートルとグングンと水位を上げていく。


「おっ、おいおいっ!? すぐ高い所にっ……ぷあっ」


急激な水位の上昇っ!


そして逃げ場のない平坦な市街。


マッデン以外の人間達は右往左往しているっ!


だが増大を続ける水はあっさりとジキムート達を飲み込みそして……津波を起こし始めたっ!


津波は人を押し流すっ!



「ぐぁあっ!?たっ助けっ!?」


「手を取れっ! 手をっ……あぁっ!?」


伸ばした腕もろとも、濁流が押し流してしまったっ!


鎧を入れて90キロ。その程度ならば津波の前では木クレと同じ。


「くそっ! しからば逆に水の中を行けばっ」



バシャンっ!



自ら濁流の中に飛び込んだ魔法士。


そして……。


浮いて来ない。


「ダっダメだっ!? 魔法は使えないっ! ここでは水の魔法は全てディスペルされるぞっ!」


「なんだってっ!? じゃあどうすりゃ良い……ぷあっ!? うぁあーーーっ!?」


ただただ自然の脅威を目の前にして、人間などは無力。


悲鳴と怨嗟が響き続けるっ!



ピシャアアッ!



「くっ!? 稲光まで……。くそっ、マッデンは天変地異を一人で起こしたとでもっ!?」


ずぶ濡れになりながら、騎士団も傭兵達も全員が行き場を失っていたっ!


周囲の大地だった部分は完全に、荒ぶる津波が押し寄せているっ!


それは完全に天変地異だ。ものの2分で起こされた自然災害。



「はーっはっはっ! 我らは軍の兵器開発にも従事しているのだぞっ。この程度どうと言う事ないわっ! 死ね、溺れ死ねっ。ぶつかって死ね、飲まれて死ねっ! そしてワシの力に足掻けずに、無様に死に晒せーーーっ!」


光るその〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)″の下、マッデンは一際高い建物へと逃げていたっ!


彼は溺れている人間たちを楽しそうに眺め、侮蔑の言葉を吠え猛るっ!



「おっ……おやめください、マッデン様っ! この場所でその呪文はまず……い。魔力の強い環境に置かれ続ける……と、うぅっ。住民達全員が原初まで戻される可能性が……あり……ま……ぅくっ」


苦しそうにその取り巻きだったろう1人が、水の中でマッデンに乞う。


その水の民は少し、体の輪郭がおかしくなったようにデロリ……と水に溶け始めていた。



「ふんっ、この聖地の為じゃっ! 奴らふとどき者の神への狼藉を我らが止めんでどうするっ!? 我ら一族郎党の苦しみを押してでも、神への不忠は止めねばならんっ」


「ですがもうすでに我らは死に過ぎましたっ! 同胞たちは数を減らし続けているっ。こうなると、神への我らの雑事も滞る恐れがあります。人手が足りねば神からの叱責を免れないっ!」


「そんな物、お前たちが寝ずにやれば済む話。古の水の民は24時間をたった3匹で保持したというっ! なれば我らにできぬはずがないのだっ。なに、安心せよ……。最悪我とゴディン。そしてもう一人女、それさえ人間の姿で残ればそれでよい。それで神への面目は立つっ!」


「ばか……な」



「だがどうすると言うのかっ!? 指をくわえて我らが人に下れとでもっ!? 今ならあやつらをこの手で始末し、この神の水都ディヌアリアを見事……っ! そうもう一度独立の道へと戻してみせれば良いだけだと言うにっ!」


「マッデン様……もうあきらめましょうっ! 独立なぞ意味がありませぬっ! 神は人を愛しているっ! 神は人の浅ましさすらも愛しておられるのですっ! 我らも……っ」


「ふんっ!」



ヒュンっ!


グサッ!



「ぐあぁっ!?」


氷の刃が同族へと突き刺さるっ!


「神は人を愛しておっても、人はわしらを愛さぬ。そして神は……戦いを否定はしておらぬのだよ。それは我らであってもだ……くくっ」


黒い液体を残し、青に溶けていく水の民。


あっさりと進言はかき消され、世界は狂気の津波が襲い続けるっ!



「さぁて、あの男。確か……ジキムートとか言うたの。あのゴミはどこにおる。奴だけは我の手で自ら殺さねば気が済まぬわっ! 奴に女がおらんのが残念じゃよ。おればわしが手籠めにして切り裂き……奴の目の前で嬲ってやろうと言うのにっ!」


下賤な笑み。


どうやらようやく一人の傭兵の名前を覚えたようだった。


自分が今最も殺すべき、その羽虫の名前を。



「……マジかよアイツ」


ここはどこかの家の中。


ジキムートはなんとかその洪水を逃れていた。


だが……じり貧なのは間違いない。


外ではマッデンが自分を探しているのが見える。そして目の前には轟々と荒ぶる洪水っ!



(マッデンは俺の事を優先で警戒しているはず。俺が上に上がるってのは無しだっ! 絶対にあがれねえっ。)


上に上がれば地獄のハチの巣。


そして下に居れば。



「うあぁぁっ!? 助けてくれ……ぷあっ!? はぁはぁっ。助け……」


ぶくぶく……と人が沈んでいく。


もう2度と、生きては浮かばないだろう。


水位は一時ほどの速さは無くともじわりと、音もなく水かさを上げ続けていた。


それに……。



ザバァッ!



まるでマグロ漁に出たかのごとしっ!


この波に打たれれば、ジキムートでも恐らく体勢の維持は難しい。


近接攻撃方法しか持たない彼には、手も足もでないっ!



「万策尽きたな」


ふふっと笑うジキムート。


魔法も使えず、攻撃力も防御力も遠く及ばない彼。


もう……勝てる要素が一ミリもなさそうだ。



「上がって消されるか……意地汚く隠れ続けて、魔力の消耗を待ちながら死ぬか。それ以外だ、それよりマシなのをケツからでも良いっ! ひねり出せ……」


考えてそして彼は……ある事を思いつく。


「いや……。良く考えりゃ、これは好機かもしれねえな……っ」


ジキムートは笑ってそして、その場を離れた。

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