第131話 洪水。

「まっ、待ってお姉さんっ!?」


「関係あるかっ! どけぇっ!」



ガッ!



「レキっ!? なぜ邪魔をするっ!?」


「すまない。私のミスだローラっ! だが彼女はネィンの……ここまで運んでくれた子の母親だっ!」


ネィンの母親を後ろにし、レキが片手でローラを止めるっ!



「この女は娼婦だぞっ! ペラっとイチモツくわえるしか能無しの口が動けば、このガキは死ぬんだっ!」


「……。それは……っ」


内部反抗者である事をバラされれば、間違いなくネィンは処刑されるだろう。


「言いませんっ!? 絶対……絶対ですっ!? ホントですっ!」


そう言うとネィンの母親は……。



「この子は……。この子は大切な私の子ですからっ! 絶対言いませんっ! 子供を売るなんてそんな事っ!?」


「……くっ」


歯痒そうにレキが唇を噛む。


ネィンを抱く、明らかにみすぼらしい人間。


レキも知っている。そんな理想はきっと……。



「僕は……。らしくないミスをした……」


そう言ってレキが痛む肩を押さえ、ゆっくりとローラを離し……。


「……いっいやっ!? いやぁーーーっ!? 誰かーっ!? 誰か助けてーーっ!」


「待ってお姉さんっ!? 僕は構いませんっ! だからっ!」


ネィンが止めようとするがすぐさま、逃げるネィンの母親にレキがナイフを……。



トトトトト……。



「おい……。なんだこの音……」


「あぁ。何か……音がするね。地鳴り……んっ!?」


その瞬間だったっ!



ドッバッ!



「クッ!?」


「うあぁっ!?」


突如水の濁流が彼女らを襲ったっ!


ドンドンと増える水のかさっ!


入口からだっ!



「クソがっ!? これは……なんだっ!? ともかくまずいぞっ!?」


ローラとレキが必死に階段の壁にへばりつくが、その濁流は思った以上に早くてキツイっ!


「しまった……ぷはっっ! 出口は無理かっ!」


階段の上。


ほんの眼の前だが今や遠くなってしまった出口をすぐ諦め、レキが悔やんで洞窟の内部を見る。


流されれば全く情報のない闇の中に放り込まれることになる。


外から聞こえている戦闘に参加するかどうか以前に、自分の命の危機が待っていた。



「無駄な時間さえ取らなければ……。くっ。すまないローラっ!」


「飛ぶしかないのか……っ! だがそうなれば私では……。そうだおいガキっ!? お前水の魔法が得意……」


……。


「いない……か。母親を追ったね……」


なす術もなく、ヘドロに中に流されそうな女性2人っ!


そしてローラが切り札を使って、水の中から……。



「ぷあっ! 君には助けられてばかりだな」


「はぁはぁっ。ふふっ生かしておいて正解だったな……。ガキでも」


下を見るローラ。


魚のような何かが濁流の中、怯えることなく呪文を詠唱し、2人を抱き留めていた。



「ネィンすまないっ。こんな時に……」


謝るレキ。


下にいるネィンはまるで魚のように、その濁流の中を泳いでいくっ!


初級魔法とはいえ、この強い水流の中を自由に這いまわるのは、なかなかの練度だった。


「いえ……っ。初めて会った時にお姉さんに助けられたのは僕です。お忘れでしょうが……」


ネィンがレキに笑う。



「……そうか、君はあの時のっ!」


その言葉でレキの脳裏に、思い起こされる物があった。


あの下水洞窟でマッデンから奇襲を受けた時……。その時肌身離さず守った子供はどうやら彼だったらしい。



「それにジキムートさんにも助けてもらいました。ゴディン様……。いや、ゴディンから命令を受けた時もきっとあの人は、僕を守る為に地べたに這いつくばって見せた」


あの時、ジキムートをネィンが刺殺しようと挑んでいれば……殺されていただろう。


彼は傭兵であり、時間稼ぎになるなら子供でも殺す。


その位はゴディンには分からずとも子供でも分かった。


それかジキムートが逃げてしまうと、ゴディンに能呼ばわりを受け殺されるだろう。


それを覆す為に、傭兵は負けを認めたのだ。


2人共が生き残る為に。



「そうか、あいつめ。逃げなかったのはそういう事もあったんだね。ふふっ」


なんとか岸に辿り着いた女性2人。


外は……真っ暗だ。


雨と突風が吹きすさび、なんとも不吉な雰囲気がしている。



「それに僕は水の民にはなれない人間ですから。人間の味方ですっ! だから頑張ってくださいっ! 僕にはこれぐらいしかできないけれどっ」


闇の中ネィンはワッペンを差し出し、笑う。


そこには……刺繍だろうか?


少し汚れたワッペンのような物。


それはこの町によく飾ってある、水の民の紋章だ。



「……君も来るかい?」


「エッ!?」


「君もここから抜け出し、僕らと来るかい? まぁ……ヴィンはきっとすこぶる嫌がるだろうけども、ね。こき使われる事になれているならまぁ、なんとか。ただ今から行くならあのマッデンと戦う事になるけど、さ」


眼鏡を上げ苦笑いをして、ワッペンを握るレキ。


防具はとりあえず置いてきたが、眼鏡だけはしっかりと回収していた。


濡れてビショビショの布をギュッと絞りながら笑うレキに、ネィンが頬を赤らめ戸惑い……そして。



「……いえ僕はまだ良いです。お母さんを助けに行かなきゃ」


少年には確信があった。


あの水の民達が自分の母親、娼婦を守ってくれる訳がないという確信が。


「そうか……だが酷な事を言うようだが、見捨てたほうが良いぞ、ネィン。お母さんは諦めたほうが良い。これは君を思っての言葉だ」


「……それはっ」


それも知っていた。


これを助ければきっと母親が母親らしくなり、幸せに暮らせるなどと言うおとぎ話。そんな物は決して、起きないと。


自分を見つめるレキの視線に、嘘はない。




「ごめんなさい……。僕行きます……」


だがあと一歩……。


その一歩が彼には、踏み出せなかった。


全てを覆う闇の中。


最も危険な場所へと赴こうとする、太陽のような救いがあろうとも、だ。



「よしてやれ、レキ。自分で一度行って見れば良いさ。後悔からしか世界は始まらない。後悔もできずにそこで終わるなら、世界には不必要なのさ」


「そうか……。それでも行くかい、ネィン。だがまた会えるといいなっ! 依頼の約束を守った後は……君の笑顔の童貞を奪おうじゃぁないか。盛大に私の顔に噴きたまえっ!」


「親父……」


ニカっと笑うレキの隣でローラが頭を抱えた。


「……はいっ!」


ネィンは笑い返すと、女達2人を陸に残し……洞窟に戻っていった。




「さて……じゃあ、僕たちも行きますかっ」


「あぁ、マッデンを殺す。そして何より嬢様が欲した〝エイクリアス・ソリダリティー(水の誓約旗)〟を奪取だっ!」


彼女らはその光。


天を貫く神々しい光を見やる。




「あれが神の一族の本気。ゾクゾクするよ、勇者としては」


「勇者……な。青臭い事を言ってないで行くぞっ!」


ローラとレキが、自分の獲物を握る指に力を込めたっ。


目指すは最強の使徒の首っ!

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