第130話 裏切りの道程。

「なるほど……ね」


レキがうなずく。


食えなければしょうがない。そう言う時代である。


そしてローラが意地悪そうに……ネィンの下半身に手を伸ばした。


大人が子供をもてあそぶ顔だ。



「えとっ。だけどその……良いですっ。報酬は別のでお願いをしても良いですか?」


「……あぁ、良いよ。なんだ?言って見たまえ」


「……」


ゲコッ。カエルの鳴き声が響いた。





「おいっ、〝インフェリオ(幼生天使)″。早くその死体運び出せよっ。ウジが湧いちまうっ! 綺麗好きなんだよダヌディナ神様はっ」


「はい……」


「……」


ネィンはその死体達……。


ノーティスが木の呪文で、部屋の中の娼婦と水の住民を串刺しにした部屋。


そこからタンカのような物で、死体を運び出して行く。


「うぅ……重い……くっ」



ガタンっ!



その時……。



カランッ。



クナイの一つが落ちた。


「っ!? おいっ!」


「……はい」


「その武器見たことがあるぞっ! それはあのレキとか言う傭兵のだっ!」


……。


「多分、そうだと思います。体に刺さっている人がその……結構いますので。取り外したほうが良いですか? 血で汚れると思いますが」


……。


「いや……良い」



(危なかった……っ。すまない……。なかなかネィン、良いじゃないか。)


「では、この汚いのを川に流してきます」



ガタンっ!



手荒にそのタンカを引きずっていくネィン。


汚物の処理で気を遣う事などない。むしろ気を使って下ろせば怪しまれる。


「あぁっ。だがまた水が汚れちまうのかよぉ、全く。アイツらが来てから水が汚れるばっかじゃねえかっ! クソがっ……」


グビッと酒を飲む水の民。


「そうですね。では行ってまいります」


ネィンは感情なく、一礼する。


そしてタンカを持つと……。




「くっ……重い」


「へへっ頑張れよ、出来損ないっ。お前が頑張ればきっと、アバズレの母ちゃんも喜ぶぜぇ。まぁお前が何番目の誰の子かなんて覚えてないだろうが。かっっペッ!」


酒臭い息をまき散らし、水の民が唾をタンカにぶっかけた。


「はい……。我ら〝インフェリオ(幼生天使)″。あなた様のような選ばれし水の民に少しでも近づけるよう、精進します」


その嫌味にひざまずき頭を垂れるネィン。


これで反応しなければ、殴り倒されるだけだ。


そしてタンカをネィンが握りなおした瞬間……っ。



「おいガキっ。おいっ! おいっつってんだろ、チッ!」


バキっ!


「……ぐっ。ご指導ありがとうございます。天子様……」



「血が垂れてるだろうがっ! キレイに運べってんだっ。しっかり見ろよっ。おいっ、まだだっ! おぃおいおいまだ全然血が垂れてやがるっ、この無能がっ!」


バキっ!


結局は殴られるのだ。


殴られ蹴られ……ネインはその言葉に無言で恭順するのみ。


例え子供の力では決して、お望みの奇麗でさっそうとした死体の運び方。それは叶えられないとしても、しつこくしつこく指摘してくる水の民。



「申し訳ありません、天子様」


「くそっ。俺が見てやるよこのクソ欠陥品がっ!」


タンカに近づこうとする水の民。


「……」


動揺する事無く、ネィンは道を開ける。


そこから無言で離れ、頭を垂れるネィン。



バッ!



「……」


じろじろとタンカの下部を見て男は……。


「こっから血が落ちてんだよっ、見ろやボケっ! そんな事も分らんのかこの、うすノロの欠陥品がっ。こぼれた血はお前が後でキレイにしろっ! 舌ででも舐めとけ、娼婦の子がっ! かぁ……ぺっ」


叫んで水の民は、タンカを触った手を魔法でキレイにし、唾を吐いて……歩いていく。


「……。行きます」


独り言をつぶやき、ネィンがシーツを静かに戻し、タンカを運ぶ。


指摘された血の滴るポイントを拭う事無く、だ。



血などいくらでも湧き出てくる。


その汚れは後で自分達が、綺麗に拭きなおさなければいけないと知っているからだ。


死体を処理した事などない人間には分からないだろうが。


(ふう、アイツが酩酊状態で良かったよ。)


(いやそうとも限らんぞ。普通に普段通り、無能なのかもしれない。)



ずりずり……。


進む道は遠い。子供の足で外に出るにはかなり歩く必要があった。


すれ違う大人もごく少数だがいる。


「おいっ、〝インフェリオ(幼生天使)″。これやるよ」


「あっ、はい。ありがとうございます天子様っ!」


道に捨てられた何かの骨。


そこに少しだけ……わずかに残った肉に、嬉しそうにかぶりつくネィン。



(あぁ、私もよく食べたな……肉の残飯。特にまだ脳ミソらへんに肉が残ってるんだよ。あと関節の隙間な。)


(君の方は肉が食べれたのかい? 僕の方は滅多に残飯でも肉はなかったな……うらやましい。もっぱらチーズの焦げたのとかだった。あの頃が懐かしいよ。強くなりたいの一心だった頃だ。僕もヴィンもよく、喧嘩に明け暮れた。)


「……。あぁ、遠くへ行ってみたい」


ネィンが独り言のようにつぶやく。彼は周りを見張ることを怠らない。


話しかける時も独り言を装っている。



(お前も傭兵になるか? 何……簡単だぞ。足手まといになる物を全部、さっさと捨て去ればいいだけだ。必要な物は2つ。金と夢だけさ。)


(あぁ……まぁ確かにね。身軽になる事が必要か。傭兵の第一歩は自己中になる事だよネィン君。)


段差がひどく、ネィンが何度か休憩を挟まなければいけない折は、会話しながらその長い道のりを進んで行った。


そして……。



「ふぅふぅ、もうちょっと……だ。あと少しです」


なんとかあと少し……。


螺旋階段を上がるだけで到着しそうだった。


だが、溢れ出る汗が止まらない。


女性2人と装備の重量は間違いなく、100キロを超えるだろう。


その重労働が少年の体をクタクタにしていた。



(ネィン……頑張ってくれてありがとう。君はよくやっている。やはり、見込みがあるよ君は。)


確かに彼は一度も表情を変える事なくここまで来ている。


自分がこの故郷の敵対者……良くも悪しくも、だ。


それを運んでいると知っている子供とは思えない、そんな精神力だ。



「あぁ……ちょっと。はぁはぁ、ちょっとだけ……。少し休ませてください」


限界が来たか、肩で息をしながらネィンが座ろうとした。


だがネィンはタンカを降ろす直前、突然目の前の光景に動揺してしまうっ!


「おっ、お母さんっ!?」



ガタンっ!



「……?」


「あん? 誰だお前」


大声で呼び止めてしまったのは、自分の母親の姿。


「お母さん……って、私の子供?」


「へぇ、コイツお前の子供なのか? なぁ」


そう言って尻を触り……ネィンの母親の胸に、キスマークをつける隣の男。



「う~ん、多分そうじゃない……かなぁ? そっかぁあたしの子供か~。まだ居たんだ。早く売られてくれれば金になるのに」


「あぁ……そういや、子供が売れると手数料入んだっけ?」


「そうそう、だから早く成長して、どっかの貴族に売れでくれたほうが良いのよ~、あんた名前は?」


「ネ……ネィンっ。おっお母さん、僕……コレっ!」


ネィンが何かを突き出す。



「お母さんの為に、これを……っ」


「へぇ? なぁにぃ……?」


ネィンの母親は珍しそうネィンに近づき、その手の中の物をにのぞき込んだ……が。


「うーん、いらないかなぁ。悪いわね」


「……」


さらりと困ったように断り、すぐに男たちの輪の中に戻ろうときびすを返す母親。



「じゃね……」


そう会えるわけではない再会も、物の数分で切り上げられた。


(少年……気を落とすな。娼婦の子なぞあんなものだ。)


「うん……ありがとう、お姉さん」


寂しそうにネィンがそう言って、ぐしゃり……と握ったワッペンで涙と鼻水を拭いて彼は自分の母を見送ろうと……。



「……グッ!?」


びくっ!?


「えっ、ちょっ。なにっ!? 女の声したけどっ!?」


声がした足元を見たネィンの母親の目には、誰かの腕が……。



「レキっ!? くそ……っ。面倒になったか……っ!?」


ばっ!


すぐさまローラがナイフを抜いたっ!


「ぐぎゃっ!?」


男を刺殺っ!


2人目もっ!


「きゃああーーっ!?」


そしてそこに居た女も……っ!



「まっ、待ってお姉さんっ!?」


「関係あるかっ! どけぇっ!」


ガッ!!

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