第121話 レキとヴィン・マイコン2
「あぁ……人手が足りなくなったんだっ。知ってんだろっ!? 人手が欲しいんだよっ。分かんなかったのかよこの鈍感がっ! お前も働け、すぐに来いっ!」
「えっ!? 今からですかっ?」
「そうだよ、親方がブチ切れてたろっ!? こちとら最近忙しいんだっ。なんせ村に街道が通っちまうからなっ! あぁ迷惑な話だよ、たくよぉ」
「あぁ……。あそっか。はい、分かりましたっ!」
そう言ってすぐさま出ていくレキと徒弟。
きぃ……パタン。
「……。なんだ、アイツら。ぺっ」
ヴィン・マイコンが訝しそうにその姿を見送った。
「どこですか?」
レキと徒弟達の3人。
それが大きな大きな樹々を抜けて歩いて行く。
村は樹々が人間の住居を覆い尽くさんとしていて、視界は悪かった。
「アソコだよ。あそこに発破を仕掛けて、爆破しろ。これはお前のような空気が読めない……〝月に吠える木綿付き(ニワトリ)〟にはぴったりの仕事さ。なんせ火の加護を受けちまったんだからよぉ、くくっ」
そう言ってレキを馬鹿にし、笑う徒弟達。
「……。はい、すいません」
「折角ユングラード様がこの国の民の為を思って、色々与えてくれるってぇのに。ほら見ろよっ! 花も草も実も、他の国と違って食える部分が多いってんだから驚きだよなぁ?」
徒弟の一人がそこにあった実の一部を口に含んだ。
この国は絶えず神の恩寵にすがって生きられる国。
「ホントだぜ。初めて来た時は驚いたが、この国はなんでも作物が育つってんだ。育てられない物はねえって話まで聞くっ! 食料を売りつけて盛大に儲けが出るのも全部あの神様。ユングラード様のおかげっ。かぁ……うらやましいねっ!」
ココは樹木のマナを生み出す、ユングラード神の福音国家だ。
全ては神であるユングラードに感謝し、その意に背かぬよう動いている。
だから……。
「その大いなるユングラード様が火を苦手とすると知っていて、お前は焔の加護を受けたんだろ? なんの嫌がらせで生まれて来たのやら。ヤレヤレ」
その反面……生まれながらにその苦手属性である、火の加護を得たレキ。それはとても、鬱陶しい存在でもあったのだ。
生まれながらにして空前のK・Y(空気読めない)存在だと言えた。
「すいません」
その言葉に謝る事しかできない彼女。
何が悪いかなんて、分からない。
ただ樹木の民の尊神(リービア)に背いた。
それが彼女の謝る理由。
国民全体がこの焔の契約をした者に暗黙の、蔑みの尊神(リービア)を持っていたのだ。
「じゃあさっさと仕事しろ~」
「……。えと、それで? こんな所で爆発させて……何するんですか?」
「あぁっ!? くっだんねえ質問すんなよ、ホント……っ! なんつうか面倒な奴だよなぁお前。こういう性格いっちばん嫌われるんだよな、全く。も~勘弁してくれよ~」
不機嫌そのものでレキを見下げる徒弟。
「……」
「良いだろなんでもさ。関係ないだろうよお前には。マジで。ココはユングラード様のおひざ元なのによぉ。そこで火の仕事する時に理由なんて聞くなよ。そう言うのいらないってんだ」
「全くだぜ。火を扱う奴は下働きで十分だってのっ! 黙って必要な時だけ火をつけりゃ良いんだよっ!」
「おいっ、あんま言うと面倒な事なんぞっ!」
「あぁそっか……、チッ。まぁ……なんつうの、あの崖を崩すんだよ。ココは開発する予定だからなな。街道の整備があるって軍からの要請が来てんだよ、ったく」
徒弟はそう言って山の斜面と台地に挟まれた、細い道を示す。
台地は人間の大人位の高さである。
それが邪魔になって人間一人しか通れないような、細い道幅になっていた。
そこを拡張するつもりなのだろう。
「ってことだから、じゃあ……うまくやれよっ! あそこの崖の下に行って爆破して来いっ。そんじゃ俺らは行くから」
「は……はい」
去っていく徒弟達を見送る事無くレキは、嬉しそうに発破爆弾を握り走って行く。
彼女は一生懸命に初仕事を終えようとしていた。
「ふん……」
ニヤリ……。
「よし、ここらへんで。あとは魔法かな」
レキが発破爆弾をセットした。
「はぁ……はぁっ!」
走っていた。
全力で走る少年。
「我が炎、その足に触れるは支えの炎……っ!」
しゅぼっ。
「レーキーーーっ!」
バッ!
「えっ……ヴィン?」
ドォォオオオオンっ!
「ぐぁああっ!?」
「うあぁあっ……」
爆発に巻き込まれ、レキとヴィン・マイコンが吹っ飛ぶっ!
ガララっ!
「ちっ……」
白い煙が辺りに立ちこめるっ!
辺りには火薬の臭いが充満していた。
「どうしたっ!? どうしたと言うのだっ。おっ、おい……っ。コレはどういう事だっ!? 爆破なのか? そんな話は聞いていないぞっ!」
爆発音に驚いたこの村の村長が出てきたっ!
村民もほぼ全員が出て辺りを伺っている。
「あぁ村長さんっ!? 大変ですよっ。アイツが……木綿付き(ニワトリ)の野郎がダイナマイト運んでいる時に遊び半分で魔法使っちまってっ」
「そうそうっ! そんで着火しちまったんでさぁっ! 全く、あのクソガキが……っ」
徒弟が指差し見やるその先には、2人の子供が倒れながら蠢いている。
「うぅ……ヴィン。大丈夫か……?」
「あぁ、レキ……。なんとか、な」
「貴様ーーっ!」
バキっ!
「ぐふっ!?」
顔面を思いっきり殴られ、レキが吹き飛ぶっ!
「レキっ! てめぇ、クソがっ!」
そのレキを殴った村長に一目散にヴィン・マイコンが殴りかかったっ!
がすっ!
「ぐあっ!? お前は……っ。放せこのゴミがっ! 乞食の分際でっ。私が村に置いてやってる恩を忘れやがってっ」
「あぁっ!? 乞食なのは当然だろうがっ、てめえに捨てられたんだからなボケがっ! 誰がこの村の奴らに恩義なんてもん感じてると思ってんだよっ。クソがーっ!」
戦いあう、親子。すると……っ!
ガスッ!
「ぐあっ!?」
ヴィン・マイコンが吹っ飛ぶっ!
「おい……村長。これはどういう事だ」
殴ったのはどうやらどこかの騎士団のようだ。
数は3人。
甲冑を着た男達が仲裁に……いや、掃討し始めるっ!
ガスッ!
ガスっ!
「ヴィンっ!? あぁ……ぐっ!?」
殴られ、押さえ込まれるレキ。
足で頭を踏みつけられ腕をキメめられたっ!
「あぁくそっ。やっぱ死んでなかったか……。おい……どうする。あの木綿付き(ニワトリ)生き残っちまったっ!」
「ちくしょ、騎士団が居るのが逆に面倒になっちまったなっ」
そのレキたちの様子を見やる徒弟2人。
それが頭をかいて苦虫を噛み潰したような顔になったっ!
「てめえに捨てられた、と聞こえたが。君の息子がこの事態の首謀者か」
騎士団の指揮官がその、爆破された場所を睨むように見やる。
そのレキが爆破した場所は台地をきちんと取り除けていた。
しかしながら山の斜面が崩落を起こし、一面が人間より背が高い土で埋まっていたのだっ!
「……エッ!? ちっ違いますよコイツはっ。こいつぁ……はただの、この村に住み着いた乞食ですっ! へへへっ。村に住まわせてやってるだけですよ。主犯は多分、アイツ。あの鍛冶屋の奴らですっ!」
徒弟を指さす村長。
「なっ!? 村長さん、馬鹿言っちゃいけねえよっ。俺らは手順通りやってんだっ! そうだろおいっ、この木綿付き(ニワトリ)がっ! お前がミスっただけだろうがっ!?」
顔を引きつらせて徒弟達は村長に笑う。
そしてレキを見るや否や睨みを利かせ、凄みを効かせて徒弟達が怒鳴っているっ!
「いやっ! もしかしたらあの2人が共謀したんですよっ! だってあの男の方は村長のガキですしっ! 捨てられた腹いせに木綿付きをたぶらかしたのかもっ!」
「……ふむ」
「いやいやっ、騙されないで下さいよっ! 街道が通ると仕事が減りますからね、奴ら。悪路の何が悪い、別にこんな場所に街道なんていらないんだ~って、酒場でも親方が漏らしてましたよっ! どうせあの〝月に吠える木綿付き(ニワトリ)″を使って、妨害に出たんでしょっ! 本当に汚い奴らだ、焔を扱う奴らは」
街道が通ると何故不味いのか? ひとえに仕事が減るのだ。
街道が綺麗になってしまうと馬車が壊れにくくなる。
すると直す事ができる鍛冶屋が儲からなくなってしまう。
「なっ、そんな事言ったら宿屋の主人さんだってそうでしょうよっ! 実際この村で街道が欲しい奴なんてほとんどいませんぜっ! 濡れ衣ですよ濡れ衣っ。焔を扱うからって偏見はよして下せぇっ!」
宿屋もそう。
道が整備されれば、馬車の維持の為に仕方なく宿に止まる必要が無くなり、儲けが減る。
「ほぉ……宿屋まで。そうなのか。大体は分かった。つまりこういう事か?」
特段輸出する物なんて無い極貧中世の世界。
自家用車すらも無い彼らにとっては案外、村落には街道なんていらなかったりする。
騎士は村民に向き直った。
「これは必要な事業だと私は伝えた。村長によれば話は済んでいて、だから私が直々に調停に来たがどうやら……この村の連中は我らに非協力を申し出る予定だとでも?」
「いっ、いやそれは……っ!?」
その言葉にバツが悪そうに村民たちが下を向く。
実際お上から言われなければ、あっさり突っぱねる話。
こんな所で担当者に内情をペラっと話してしまい、村全体がピンチになってしまう。
なんとかせねばならない。それならば……。
「ちっ違いますよっ! 全部アイツらですっ!」
「そうですっ! てめえらが勝手に一人でやらかしたんだろっ! このゴクつぶしがーーっ。どこまでも困らせんなっ、この役立たずっ! さっさと吐いて裁かれちまえっ!」
「……」
村民たちのその言葉に考えるレキ。
(あぁ……なるほど。ふふっ、どうやら僕は浮かれて、ハメられたのに気づかなかったみたいだね。)
彼女は言い合う徒弟達と村長とを見比べ、やっと冷静になれていた。
そして笑う。
(ヴィンのおかげで生き残れたけどどうせこの様子じゃ、僕が罪を認めなきゃ後で親方に殺されるだろう。だけどもそんな事すれば……。)
騎士団が握る剣を見るレキ。
恐らく彼女を虫けらのように殺すだろう。
冷静に分析するレキの顔は……哀しみで満ち溢れていた。
「お前がやったんだって、そうなんだろうがっ! このクソゴミがーーっ!」
威嚇する徒弟達。
「……。ふっざけんなよ、クソがっ!」
彼は拳を握りしめたっ!
「……クッ。僕はアイツらに……っ」
そして、レキは全てのうっぷんを晴らす為……。
「ちげえよっボケッ! 俺がやったんだっ! このゴミ共が鬱陶しかったからよっ! なんだよなんだよっ。俺を捨ててすぐに3人もガキこさえやがってっ!」
声を荒げ叫ぶヴィン・マイコンっ!
「なっ!?」
「キッ、キサマーっ!」
産んだ母親と、生ませた父親の顔色が憤怒に変わったっ!
「そんなにアバズレの……娼婦やって、男のイチモツ擦りまくった女が良いのかよっ!
私娼やってたらしいなその女っ! それでその癖はもう治ったのかよっ!? そいつぁ本当にお前の子かっ、エッ!? 村長さんよーっ!」
「な……なっ、やめろっ!? このような所で貴様ーーっ!?」
暴れ出したヴィン・マイコンに駆け寄ろうとする村長。
だが……。
「そのガキを捕まえろっ。ふふっ」
その指揮官の命令に反応し、部下がヴィン・マイコンを取り押さえた。
だがヴィン・マイコンの言葉に騎士団員達のみならず、村人達は一様に失笑している。
「へっへっ……ペッ! 反吐が出るぜ、ゴミが」
「ヴィン……」
唇を噛みしめるレキ。
泣き出しそうな狂犬を見、うつむくしかなかった。
「だ……そうな、村長。主犯はお前の子供だろう? 一応……な」
あざ笑う騎士団に聞かれ、村長が力なくうなだれた。
「クソがっ。こんな……汚物のようなゴミを産み落とした事が私の……。夫婦の罪だと言うのなら。くっ……」
「あなた……っ! もっ、もうしわけありません騎士団様っ。この人を堪忍してやって下さいっ! お願いしますっ!」
騎士団にすがりつく村長夫婦。
すると……。
「ふむ……村長。だが確かにお前はいつも協力的だったな。まぁ良いだろう。自分達で直せよあの瓦礫。それを追加の賦役として承知してやろう。これは罰金だ。他の税の免除は当然無しになる」
「あっ、ありがとうございますっ!」
涙でグシャグシャの村長夫婦の顔が明るくなる。
どうやら罪は逃れれそうだった。
そして指揮官はヴィン・マイコンへと向き直り……。
「ならばそうか。だったら後はコイツを殺せば……」
そう言って剣を抜く、指揮官の男。
「うらぁっ!」
ガッ!
ヴィン・マイコンがそれを見て、とっさに自分を押さえ込む騎士団員に喧嘩を売るっ!
だが……っ。
「てめぇっ。暴れるなっ!」
ガスッ! ガッガッ。
「グッ!? アガッ!?」
簡単に叩き伏せられるヴィン・マイコンっ!
装備も体のできも段違い。
力の差は歴然。
「ヴィンっ! ぐっ!?あぁ……アガッ!?」
レキもついでに殴られて蹴らている。
「それではこいつは処分して、良いな。だが……ふんっ、何か臭いと思ったらお前か小僧。糞尿の臭いがするぞ全く。ヤレヤレだ」
そう呆れたように首を振り、ヴィン・マイコンに剣を向けた騎士団長。
だが……。
「す……少しお待ちを騎士団様っ! コイツを……堪忍してやってもらえませんか?」
……。
「……ほぉ?」
「曲りなりにもまだ子供なんですっ! どうかまだ……。もう少しだけお時間をっ! 必ず国の、我らが神の役に立てて見せますのでっ! 我らの樹の神よ。折り重なり、交わる幹護。神なる大地の尊地。頼んますっ。頼んますっ!」
騎士団長にすがりつく村長。
それを騎士団長はしげしげと見つめ……何かを得心した眼になる。
「……」
「……そうか。まぁお前たちがそう言うのならば、少しだけ待ってやる。このような汚物まみれの奴を我が剣で斬れば……汚れてしまうしな」
「ありがとう、ございます」
剣を引き、騎士団達は去っていった。
そしてそれを合図にするように村人たちも立ち去り始める。
「クソゴミ共が……。なんでこの樹の国で焔の加護なんぞを……」
「悪魔よあれは。問題ばかりを起こして……。神がなぜあのような子供を……」
口々につぶやかれ、ヴィン・マイコンとレキに向けられる侮蔑。
その中で勝ち誇ったように徒弟達が笑っていた。すると……。
「へへへっ……。お前たち~、よくやったぜ。あの木綿付き(ニワトリ)も役に立ったしな。最後は冷や冷やしたが、ま~十分よっ!これであの村長も少しは俺らに吠えなくなるだろうさっ。な~にが穢れた職業だってんだっ!」
「見てたんですかいっ、親方っ! ちょうど良いっすよねあれで」
「あぁ良い良いっ! まっ、あの時爆発に呑まれてりゃ、五月蠅い木綿付き(ニワトリ)もついでに追い出せたんだがなっ。なんで生き残っちまうのかねぇ」
「ちげえねぇ」
親方は上機嫌だった。
徒弟達もその様子に満足そうに家に帰って行く。
「……はぁ、はぁ。クソっ……。すまないヴィン。僕が馬鹿だったよ」
レキが困ったように笑う。
奇跡的に生き残ってはいたが、体が痛くて動けなかった。
「あぁ……良いって事よ。お前がいなくなったら、俺が困る」
「寂しくなるからね、僕が居ないと」
「ちっ、違えよボケッ! パンだよパンっ。お前がいねえと俺が飯を食えなくなんだろっ」
そのヴィン・マイコンの言葉にレキが笑う。
「まあ、そういう事にしておこうか……うぅっ。そろそろ帰らなきゃ」
「あのクソ共の元にか」
「しょうがないだろう? そんな眼、しないでくれよ。僕だってイヤさ。だけども僕には居場所がないんだ」
「焔の加護、か」
「ホント神様は意地悪だな。我らの樹の神よ。折り重なり、交わる幹護。神なる大地の尊地。ユングラード様、なぜ僕にこんな意地悪をしたんですか?」
……。
「神様はきっと……。いやっ、なんでもねえ」
……。
「……そうだな。すまない」
2人は空を眺める。
どんなに祈っても返って来ない、神からの返答。
「なぁレキ。あと……、マツバカミキリ。アレ食って見たかったんだ。お前たまに食わせてもらえるらしいな。クレよ」
「何だお前、少し欲張り過ぎだぞ?」
「最後かもしれないし……よ」
この後きっと、彼らにはもっと厳しい現実が待っているのだ。
「……。ははっ、まぁ良いよ。ただし……死ぬ気はないけれど、ね。必ず生き残るんだ、僕らは」
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