第115話 士気高揚。
「って訳でだ、傭兵共。ヴィン・マイコンが今から奇襲を行うっ! 俺らはそれの陽動で動くことになったっ」
私、嘘の臭いがしますっ、ジキムートさん。
暗い部屋の中、傭兵をあるったけ集めて会議室に詰め込んでいた。
ほとんどの奴が地べたに腰を下ろす。椅子があると人数が入らなかったのだ。
「しっ、神殿で新しい裏道が見つかったってのはマジなのかよっ!?」
「あぁ。どうやら抜け道っていうか逃げ道? よくあるだろそんな、王族とか貴族とかが作ってる抜け道が……。それが見つかって騎士団が攻勢に入ったらしい。あの煙はそう言う事だそうな。ギリンガムとヴィン・マイコンが急いでたのを見たろ。今からすぐにアイツらの巣に入って、マッデンの後ろに出てくる予定だぜ。その為に前にクギ付けにしろと……さ」
(とりあえずこいつら前に出すしかねえ。その間にレキかヴィン・マイコン、イーズでも……つうか、イーズで大歓迎だっ。とにかく規格外の奴が来てくれ……っ!)
心の中で泣きながらペラペラと言葉を振りまく男。
その姿を揺らめく炎は大きく、その傭兵より体積のある影を映しだした。
「マジかよっ!? それなら勝てるって事かっ」
「あぁ、だが傭兵長殿をボケっと待ってりゃ良いんじゃねえぞっ! もしマッデンに攻撃を加え討ち取れれば、褒賞と騎士団称号だぜっ。それかもしくは王からの爵位がもらえるらしいってんだ。やってみるのも良いかも、な」
「なんだよなんだよっ、騎士団と爵位は全然違うじゃねえかっ。領地が貰えるのかも分かんねえしっ!」
適当に言った言葉。
それに傭兵から正論をぶっこまれるっ!
だが眉根一つ動かさないジキムート。
「そりゃおめえ……英雄の取り合いになるんだ。サカズキをもらう奴は選ばねえとな。とりあえず、騎士団称号は間違いねぇ、ギリンガムが保証する。でも王侯貴族もこぞって話を持ち掛けるだろうよっ。騎士ってのは所詮、王直属の軍人だからな。王より下の軍部じゃなくて、王様か有力貴族とかと直接取引した方が良いか、無難な軍を選ぶか。それでどう立ち振る舞うかは……俺は知らねっ。自分で考えろや」
闇の中ニヤリっと笑うジキムート。動揺してはいけない。
もっともらしい事をさらりと嘘をつくペテン師。
その甲斐あって、あぁっと傭兵達がうなずき納まった。
「あぁでもよぉ。俺ら今日もかなりきつい戦いをしたばっかで疲れてんだよなぁ」
「そうだぜ……あぁ、体が痛ぇ。無理に屋根に上ったりすっからよぉ」
(そういや俺はまだ、あの洞窟で戦ったばかりなんだったなぁ。あんだけの傷を負ったんだ、早めに発見されなきゃ失血死だった)
少し遠い眼で、自分の疲れを思い起こすジキムート。
洞窟の一戦からせいぜい半日。
体と精神がダル重くなるのも仕方がなかった。
(だが俺より見つかるのが遅いってのは確かに、レキ達が心配だな……。捕まってなきゃ良いが。)
頭をかく。
「せめて一日……もうせめて朝まで休ませてくれよぉ。俺は昼の勤務なんだよ」
(そうだぜ休みてえ~。色々溜まってんだ、こっちもっ!あぁ~、娼館行きてえなぁ。)
ジキムートがそのやる気のない言葉に引きずられ、アクビしそうになるのを噛み殺した。
ジキムートの頭の中にノーティスの白い肌と爆乳やら、レキの褐色の小ぶりの胸。
そんな物がざわめき始めている。彼も相当に疲れていた。
「あ~、明日でも良いんじゃねえの? なんつうの? アイツらも俺らをビビらせてるだけって、あるだろよ。こっちの体力の消耗待ってるかもな。ふぁあっ」
あくびする誰か。
今まさに攻撃を受けているとは思えない事を、口々に言い放つ傭兵達。
どうやら彼らは戦うかどうか微妙な情勢だと一目で分かる。
(この期に及んで、いやこの期に及んだからこそ……か。不利だと思えば否応なしにマッデンに下る腹づもりだろうな、コイツらなら。だから士気も低けりゃ、姿勢も戦闘態勢に入らない。なんせクソったれの神が向こうの味方だから、よ。)
あのマッデンの宣戦布告の後で残った傭兵達でさえ、このざまだ。
指揮力が低いジキムートでは、マッデンの前に立たせる事だけでも至難の業。
しかし彼がなんとかその士気を上げて戦わせなければならない、
自分が元の世界に還る為に。
「だが、騎士団達は動いてるぞっ! これでこっちが動かなかったらあとでどんな目に合うか分かんねえっ」
「あぁ……第13連隊の奴ら、ねぇ。そういやアイツら言ってたよな、俺らに。任務の邪魔せずこの宿舎で賭けでもしてろ~って」
「あぁ……じゃあ賭けでもしとこうか。それで良いんじゃね? 命令は守りましたってさ」
「……」
全く上がりそうにない士気と……そして回らない自分の脳みそ。
(クソっ! 駄目だこれっ。問題が多すぎるっ! 実際闘うにしたってどうするよ俺っ。体も限界でその上、今も魔法が使えねえってのにあのマッデンに近寄るとなると……。クソがっ! 誰かどうにかしてくれっ。)
刻々と過ぎる時間。
戦って勝つどころか、戦場に赴くべく立ち上がる手段すらも見当たらない。
ジキムートにふっ……と、絶望が押し寄せ始めていた。
「ところで……レキはどうしたんだ?」
「そうだよな? お前なんて俺、知らないんだが。誰だよてめぇ。レキ出せよ、レキっ!」
「レキは今……捜索中だ」
「そっ捜索……だと? どういうこったっ!?」
「秘密裏に行われた潜入作戦で……。なっ、捜索すんだよ」
その言葉を聞き、傭兵達にかなりの動揺が走ったっ!
「おっ……おいおい。マジかよ」
「そんな……アイツ。マジかよ、殺され……いや。あぁそっか。ココは女は……」
「えっ、それって、お前……っ!? 嘘だろよっ!?」
動揺が半端じゃない程広がっていく。
それを見たジキムートが、傭兵の付け入る隙を見つけ出す。
「なぁ……お前ら、ヴィン・マイコンの出ていく時の形相を、しっかり見た奴はいるか?」
「あっあぁ、鬼気迫るっつぅか、あれならいっそ神様も殺しちまうぐらい……あっ!?」
気づいたように叫ぶ傭兵っ!
……こういっては何だがヴィン・マイコンの顔、というか男の顔なんてまともに眺める奴はまあ少ない。
なんとなく怒ってるとか、急いでるというだけでミスリードを誘える。
「そう言うこった。アイツは今……完全にキちまってる。分かるな? これで逃げたらどうなるか。アイツが……」
「おいおい……お前、そんなん関係ねえぞっ!」
「……」
(ヴィン・マイコンの力を隠れ蓑にしても……ダメか。)
「レキを取り返すってのもあるんだよな? コレはっ!」
「えっ? あぁ……まぁ、やれるならな。だが、ヴィン・マイコンの命令はレキの奪還じゃねえぜ」
「そんなの関係ねえぞクソがっ! あの水の民のゴミどもに、俺らのレキを良いようにされて黙ってられるかよぉっ!」
大声で叫び、立ち上がる傭兵達。
その目に映る闘争心には、完全に火がついているっ!
(ここでレキで助けられたか……。つくづく俺は、誰かの後ろにしか居られねえな。)
自分をあざけるように笑うジキムート。
彼には虎の威を借りるだけが能の……嘘つき狐を演じる事でしか、力を得る手段が無い。それが凡俗の生き方だと、そう再認識させられる事となってしまった。
だがこの好機、ここから畳み込むしかないっ!
「安心しろ、レキの捜索はヴィン・マイコンが全力で行っているっ! だが……俺らが持たなきゃ意味がねえ。分かるなっ。俺らはマッデン討伐と同時に、レキを探す手伝いをする。これは至難の業だぞっ!」
ヴィン・マイコンという頭(ヘッド)の威光を笠にしていたのを、レキにチェンジするジキムート。
利用する者はすべて利用していく。
「分かったっ、レキの為ならしゃあねえぜっ! 今から奴らと戦う気にもなるってもんだ」
「よっし、じゃあ行くぞ。準備は良いなっ!」
「おうよっ!」
そう言って傭兵達が玄関のドアを開け、いざ……っ!
ガズゥウウっ!ガララガラっ……パッキーン!
「ぅひ……っ!?」
「うあぁっ!?」
飛んできた氷の大きさに面喰う傭兵達っ!
「あぁ……。でっけえ氷だな、おい」
その氷の大きさに、困ったように頭をかくジキムート。
初めて聖地に来た時に乗ってきた馬車を攻撃した、大きな氷。
それで宮廷魔導士10人かき集めて放てる、1日の限界魔力だと。そうノーティスは言った。
それよりも2回りほど大きい氷が目の前に、飛んできている。
それはいかほどの、どういった魔力を行使すれば良いのかなんて……凡人でも容易に想像がついた。
それが今から行く戦地で待つ敵との、才能の〝差額″。
「クッ、全員続けっ! 行くぞーーっ」
「おっ、ぉう」
「……」
ムキとヤケになって張り上げられるジキムートの声に応じる声は……少なかった。
「くっそがぁーっ!」
叫んでジキムートは、マッデンに向け行軍したっ!
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