第95話 傭兵への一歩目

「……。なぁガキ。一つ聞くがお前、死にてえのか?」


「そんな訳があるかよっ! もっと戦って戦いぬいて、強くなんだよっ、俺はっ!」


へら……っ。


「戦い抜くぅ? だったらさっきなんで、こう言わなかった? お前を殺して全員に首晒してビクつかせて、俺がてっぺん張ってやるってっ。死ぬまで戦うんじゃねえ、生きのこる為に戦うんだっ……て」


……。


「……っ」


「それは簡単な話、やれるなんて思ってねえからだろ? だからお前は死にてえんだよ。結局は。どうせお前のその左腕のラグナ・クロスも使えやしねえし、な。折れちまってる」


「お前っ!? 分かるのか……よ。俺のを見た事があんのかっ!?」


驚愕するジキムート。


彼の空のラグナ・クロスは、とても珍しい方法で戦う為の物。


この世界で〝この戦い方″を選ぶ人間は、少なかった。




「へへっ。誰が教えたのかは知らんが、その程度じゃ生き抜けねえぜ。盾でラグナ・クロスを隠して、必死にチャンスを狙ってたみたいだがな。もしそれをやりてえなら、最低でもフェイクをもう一つ……。そうさな、2穴にでもしなきゃ、意味がねえ」


「2穴っ!? 〝グラッジサイン(死体共鳴)″が出ちまうだろうにっ!? そんなのできるわけねえだろがっ!?」


「そうだ。って事は、秘策にはならねえんだよ。一回勝てはしても、戦争で生き残るのには不向きな作戦よぉ。何せ敵は他にゴロゴロいるんだからよっ! こんだけの奴らに見られてちゃ、ちょっとやそっとじゃ意味ねえぜ。俺らの事舐め過ぎだ坊主っ」


「くぅ……」


体から力が抜けて行く。


ジキムートにはもうすでに、戦う気力が尽きてしまっていた。


「そう……っ。おめえは舐め過ぎんなよーーーっ!」


突如走り出した大男。


巨体が猛進しながら迫ってくるっ!



ガスッ!



「げふっ!?」


逃げ道はなかった。


大きく太い腕のリーチは長く、鋭い。


吹き飛ばされたジキムート。


「お前は最低のガキだっ!」


〝サー″は倒れたジキムートの折れた左腕を掴み、捻り上げていくっ!


「がっ!?」


「お前が後ろに女背負って、死んでもっつってタンカ切ってたら、殺さなかったっ!」



ギシシっ!



「ぎゃっ!? 離せっ!? はなっ……せえーーっ!」


「誰かを背負えるだけの男なら、俺は見逃してたっ! だがどうだっ!?」



ミシシッ!



折れた骨がぶつかる音が響くっ!


「ぐぁああっ!? やめっ、やめろーっ!?」


顔を踏みつけられ痛みから逃げられず、必死に苦しみを叫ぶジキムート。


関節が決まり、その上で筋肉内で肉に骨が刺さり始めていた。



「まじめ気取りでしかも勝つ気もねえっ! 挙句、自殺志願の惨めなモンスターっ! この意味が分かるか、この意味がっ! 俺にはさっぱり分かんねえっ。まじめに勝たずに死ぬってなんだよクソがっ! そんなクソガキに俺は何を言えっつんだっ!? えっ!?」


「ぎゃーーーーっ!? やっやめろっ!? やめてくれっ! やめてっ!?」


涙を流し、ジキムートが痛みに悶絶して泣き叫ぶ。


もうすでに、人間が耐えれる痛みの限界に達し始めている。



「てめえはクソだっ! 負け犬より惨めなゴミ糞だっ!」


ぐしゃっ!


「がっ!?」


顔面を蹴り飛ばされ、気絶寸前のジキムート。


もう顔は鼻水と涙でいっぱいで、ぐしゃりと壊れていた。



「ふぅ……ふぅ。命乞いをしろ、坊主。惨めに、悲惨にだっ! 涙も流せよっ」


「うが……あぁ。なっ……なんで俺がっ!?」


……。


少し待ち、それでも反応が見られないジキムートに、自分の手斧を上げるサー。


「それか今からかかってきて、即時ぶっ殺されるか」


その手斧は小さい。


だが、十分だろう。


自分より遥かにこの大男が強いのは、戦場であった時にすぐに分かった。


恐らく、サーが持っていたのがフルーツナイフだとしても、勝てないだろう。



「はぁ……はぁ」


ジキムートがその手斧を見つめる。


恐怖に何も考えられなかった。


むしろ考えなくて良いのだ。


なぜならヤルかヤラないか、ただそれだけだったからだ。



スッ……。



「頼むっ! 堪忍してくれっ! 命を取らないでくれーーーっ!」


叫んだ。


ジキムートがそう言葉にし、土下座のように倒れ伏した。


「……」


「悪かったっ! 生き残りてえんだっ。頼む、容赦してくれっ! 金を払うっ。金を払うからっ!」


泣きながらジキムートが慈悲を乞う。



「見せろっ!」


「あぁっ! こんだけだっ! はぁ……はぁ」


自分の道具袋にある金銭を、適当に片手でバラまくジキムートっ!


もう左腕は完全に動かない。痛みは脳みそに突き刺さる程にキていた。



「そうか分かった」


「あぁ……」


「じゃあ次はその道具袋だっ! 道具袋を寄こせっ」


「なっ!? そんな馬鹿なっ!? 払っただろうがっ!?」


信じられないと言った顔で、〝サー″を見るジキムート。


だがその大男は真顔だ。



「俺は二回、お前を助けてやったっ! だったら二回分払うのが筋ってもんさっ! そうだろうが野郎共っ」


「ああそうだぜ、〝サー″ッ!こちとら賭けてんだっ。まだ勝機はあるよなっ、お前らっ! 勇敢な戦士様が戦うのを見てえんだよっ! 俺らはっ」


「そうだそうだっ、このクソガキがっ! 俺らに時間取らせたんだ、しっかり全部引っぺがせーっ!」


「なっ、頼むっ!? これはこの袋だけはっ! 故郷の姉さんが持たせてくれたんだっ。姉弟達がくれたもんも残ってるっ!」


ジキムートが必死にその袋を守ろうと、体を後退させる。


だが……。



「駄目だっ、燃やせ。おい火を寄こせっ!」


「あいよぉっ」


シュボっ。


地面に火が放たれる。


「駄目だっ!? こいつは命より大切なんだっ! 姉さんがっ! 姉弟達がくれた大切なっ!」


ちゃきッ!


〝サー″が手斧を握り、振る為のモーションに入る。


「俺は還れないんだもうっ! あの場所には還れねえっ。姉さんは還る方法を教えてくれなかったっ! だから無理……っ」


グッ!


手斧に力がこもった。


もう、一歩でも走り出したら恐らくは、止まらないだろう。


止まってはくれない凶器。



「分かったっ! 分かったーーっ!」


……。


「……くそっ!?」


彼はトボトボと、這っていく。


その火の下へ。


大事な思いを燃やす業火へ。



――生き残りたかった。



しゅぼっ。



燃える道具袋。


そこには嘘偽りのない、彼が還る事ができない故郷の――。


大切にしていた、思いがあった。


「姉さん、すまねえ……。ぐすっ。ロート……ナイシュ、ビクウ……。うぅ……っ」


流れる涙は止まらない。


結局はジキムートは、戦う事を放棄したのだから。


今まで持っていた物も全て、すべからず燃えてしまった。



「ほらっ、撤収っ! そのクソガキの鎧も全部脱がしておけっ! そんで新しいの着せろっ。次は俺らが負ける番さっ。全員間抜けな顔して逃げる用意しておけよーーっ!」


「らじゃっ」


〝サー″の言葉に部下達が笑い、あるいは、賭けに負けてジキムートを睨みながら走り出す。


「ぐすっ……。くそぉ……っ」


「戦場に持ってけるもんは少ねえ」


泣きむせぶ子供に〝サー″は言葉を放り投げ、去っていった。


その後ジキムートは鎧を着させられて、折れた腕で参戦する事になる。


〝裏切者で、左腕が折られた傭兵″として毎日のように、だ。





(当時俺は、その言葉の意味に気づくのに、3週間もかかっちまった。今も燃やされた事は根に持ってる。だが、その分しっかりと、袋に詰めてたもんは残ってるぜ。サンキュウな……サー。)


希望さえ持てれば、思い出の品なんていらないのだ。


次の再会は、自分の力で勝ちとれば良い。


――生きてさえいれば。



「行くぞっ! 全員でかかれっ、一人でもしとめろーーっ!」


子供達の――。


真面目な自殺志願者たちの声が響くっ!


「ふぅ……。おめえらには俺らと違って、未来があるってのによぉ。あの時みたいな悠長な時間はねえ。おもちゃの兵隊さんよ……俺の為に死んでくれっ」


傭兵と似て非力で、こき使われるだけの子供。


だが彼らには未来がある。



しかし戦場は水物だ。


どんな窮地が訪れるか分からない。


リスクヘッジ。


そう、自分が効率良く生き残るための、危険物処理が重要なのだ。


でもこの様子では、リスクマネジメントもうまくいきそうもない



「謝罪なんてねえぞ、ガキ共。てめえが生き残れないのは、てめえのせいだ」


ジキムートが握る剣に力をこめた。


少年兵達が一気にジキムートを包囲し、そしてっ!


「……はぁあっ!」



ガスっ!



「ガッ!?」


「戦場は前だけじゃないって、教えられなかったかっ!?」


いきなり現れた影。


その影が、少年たちに攻撃を仕掛けていく。



ガガッ! ガスンっ! ゲシッ!



「ガッ!?」


「ウアァツ!?」


レキだ。


レキがジキムートを囲む少年達を、次々倒している。


どうやらレキも、ジキムートの意図をくみ取ったらしい。


戦場に居た少年兵たちを狩っていく。



「おしっ、良いぞ。もうすこ……レキーーっ!?」


バキバキバキっ!


「ッ!?」


ジキムートが叫んだその瞬間だった。


氷の魔法が突然、そこに居た人間を一気に飲み込んだっ!



「グァアッァッ!?」


子供たちの断末魔が氷のつゆと消えるっ!


そしてその中には。


「グウゥッ!」


レキも巻き込まれていた。


真上に飛ばされた彼女は、必死に体勢を直しながら、着地する。


肩から。



ガキッ!



「チィッ!」


レキが思わず舌打ちする。


左の肩に違和感をもよおし、痛みが走ったのだ。



「なにをしておるお前たち。たった4人の下賤にこうも……ふぅ。全くお前らと来たらこれじゃから下賤に舐められるのだ。少しは神の使徒としての自覚を持たんか~」


言葉と共に、闇の向こうから現れたのは、太ったオス豚――に羽衣を着せたような生き物。


歩くのも億劫なのだろう。


スケートとばかりに足元に氷を作り出し、スーッと滑ってくる。


その周りにはたくさんの取り巻き。


数はざっと100と言ったところだろうか?


男を守るように固まっている。

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