第88話 下水

「中は下水の施設、かな? 珍しいな。こんなに凝ってそうなのは。王都でも滅多に見ない位だよっ!」


「あぁ、大規模だな。こんな下水我々も知らなかった。すでに下水は別に1つ、存在していたからな。もう1つ、こういった施設が必要な位だとは思ってもみなかったぞ。水の神をあなどっていたか」


「まっ。それにここの連中は、異常な程綺麗好きだからね。下水が必要なのかもね。信じられるかい? 服を毎日洗濯しているらしいよ。しかもオリーブ石鹸を使ってさっ。風呂にも頻繁に入るらしい」


話ながらも周りに警戒。


そして施設に1番手で入り込むレキ。


この時代、洗濯という行為さえも、非常にマレな行為であった。


大体1か月か2か月くらいに一度行う、行事のような物。


風呂も毎日は入らないのが常識である。


そんな程度の衛生観念なので、生活用途以外の必要性でしか、普通は下水施設は作られない。


だが――。



「あぁ? 風呂なら俺は結構入るぞ? 特にサウナなんかはな」


笑いながら言い放ち、レキにジキムートが続く。


彼はよく、金があればサウナに入った。


綺麗キレイ好きなのだ。


「全く、これだから男は――」


ジキムートの言葉にレキがうなだれる。



「ふん。それはお前が、湯女目当てなだけだろう?」


最後に入ったローラが、片方だけに垂らした黒の髪を払い、薄ら笑いを浮かべる。


「だが実際、綺麗にはなるんだぜぇ? ほらっ。俺は綺麗好きの紳士さっ」


「ヴィンと同じような事を言う――」


眼鏡を上げて苦笑するレキ。


湯女とは、娼婦『もどき』だ。


サウナで体をこすったりしてくれる女性。


前と後ろが分かれたワンピースのような布を、ヒモで結んだ衣装をしている。


交渉次第では、ヤらせてくれる女性でもあった。


まぁ――9割がた、交渉目当てに男はサウナに向かう訳だが。



「いや、だがこの聖地のクソ共なら、この男とおんなじ感覚の奴らが多いかもな。神様の言いつけよりも、ガキの頃から毎日コスられる事で坊ちゃんはお風呂好きになるのかねぇ? なんなら母親も同じように、大事な息子をコスってくれるのかもな。ふふっ」


「くくっ。神の使徒が聞いて呆れるねっ。ふふふっ」


女2人がジト目で男1人を見て、笑う。


相棒のイーズもよく、ジキムートがサウナに行くと言い出すと、ジト目で隅っこから見てきていた。


「さて、と。ジキムート君の綺麗好きの話はもうお終いにしようか。ここからは本気だ。そう〝本気″なんだっ!」


自分の頬をゆっくりと叩き、レキが自分に言い聞かせる。


すると次第に――その目の鋭さが高まっていく。


「そうだな。いざとなったら俺も、本気出すぜ」


そう言って自分の道具袋を見るジキムート。


3人が暗い下水を進み始める。



「聞いているよ、君のその『本気』とやら。だが、あまり無茶しないで欲しい。君はまだ正気のようだ。性格も好きだよ僕は。変わって欲しくはないな。何人もそう言う人間を見て来た。もう救いようがない、人間もどきをね。だから危なくなった時こそこの僕、勇者さっ! 僕は勇者だ、僕に頼れっ」


レキの赤の双眸が自信の光を放ち、ジキムートへと微笑みかけた。


「……」


ジキムートはそのレキの言葉には応えない。


少し行くと螺旋階段だった。すると……。


「良いなお前たち。少しだけ音を出して走れ。私が先を行く」


そう言ってローラは壁を走り出す。


人間の盲点を突くのは、潜入に置ける基本だ。


2人はローラに言われたとおりに少し、囮として物音をたて走っていく。


「まだ人影がないね。だけど罠には気をつけるんだよっ!」


「あぁ……っ!」


神経をとがらしながらも3人は、会敵する事無く螺旋階段を終えた。


そこからはいくつかの部屋が見える、比較的広い道が続いている。


すぐに姿勢を低くしながら3人は、各々に走った。


これからは迅速な行動を心掛ける3人。


1つ1つの部屋の中に気を配っていく。



「……レキ、さっきのお前の話だが。俺はその、勇者ってのは大嫌いでな。どうしてもってんなら震えを、恐怖を俺より先に止めてから言えっ」


ジキムートが部屋の中を確かめながら、声を潜めて言う。


するとレキが、未だ震える腕を持ち、苦笑いした。


「これは……その、やだな。君の腕の方は、止めたのに……。だが安心しなよ。これは武者震いさ。嘘じゃない。勇者たる者、危険を恐れてはいけないんだぞっ!」


「嘘の臭い。レキ、お前だって怖いんだろ? 俺も怖いんだよ。安心しろよ勇者様。俺も戦うさ、同じ恐怖を背負ってな。お前の後ろにばっかりは入れねぇ。でももし、どうしても無理になって、いざって時は最後まで一緒に……」


「一緒……に?」


前を行くレキが止まり、ジキムートの隣にまで下りてきた。


そして言葉を待つ。


「逃げようぜっ! 任務ほっぽってよっ」


死ぬ程までは付き合わない。


何事も、自分優先。



「くくっ、アハハっ! ゲコっ。ヒヒっ。そうかそうか、君は傭兵らしいね」


「馬鹿か貴様らっ! 逃がすわけないだろっ。貴様ら傭兵は金の分だけは働いてもらうんだよっ。良いかこれはお嬢様の……」


「あぁあぁ。これだから花のない小姑は……。今から良いムードになれば、ベッドに誘われ、一発ヤれたっていうのに。もったいないない」


ローラの言葉に耳を押えるレキ。


ローラはレキからの言葉に耳をほじくりながら、悪態をつく。


「レキ、お前は本当におっさんなのか? お前の下にはまさか、モノがついてないよな?」


「それは間違ってるよローラ。僕はお母さんだっ! チチからは白いのが出るかもねえ。ふふっ」


レキの言葉に、一体自分はどうこたえれば良いのか分からなくなるローラ。


「……。まぁ良い。それよりそろそろ……」


「助け……てっ」


小さく言葉が聞こえた。


部屋の一つから、声が漏れている。



「……」


レキが近くの部屋を見て回る。すると……。


「これは……娼婦か。君はあの壁外区出身かい?」


そこには、裸や薄衣の女達が居る。


どこを、どの女を見ても、凌辱の跡がびっしりとついていた。


それに部屋は一際小さく、部屋自体から生臭い匂いが充満し、漏れ出ていたのだ。


恐らくは男たちが憂さを晴らす為の、娼婦専用の部屋なのだろう。


「そっ、そうです。ずっと……。分からない位ずっと、ココに閉じ込められてますっ。昼夜問わずアイツらの相手をさせられているんですっ」


焦点が合っていない目で女が叫ぶ。


女達は傭兵というストレスに抑うつされた、男の性を受け続けたのだろう。


疲れ果てていた。



いつ戦いが終わるとも知れぬ秘密基地だ。


以前と違って、食事も満足に取らせてはもらえてないハズ。


栄養状態もそれ程良くはなさそうだった。


暴行の跡。アザや切り傷も少なからず、見受けられる。そして何より……。


「助けてっ。自爆テロなんて起こしたくないっ! 息子は死にましたっ、あなた達につかまって……。もう嫌よっ。殺すために子供を産むなんてっ!」


「……」


キン……と響くような叫び声。


ジキムートとローラが見合う。


「分かりました。ここの上から逃げられますよ、安心して」


レキその部屋に近づく……とっ!


「ニードル……グレイブっ!」


声が響くっ!


「くっ!?」


レキが入るより早く呪文が、娼婦たちを襲うっ!



グササッ! グザッ。



「キャアアッ!?」


「ガッ……!?」


木の呪文が娼婦を穿った。


だがそれだけでなく、室内で待ち受け、扉の裏に隠れていた男達も全て突き殺した。


「ふふっ……」


笑う人影。



「お前。ノーティスっ!?」


「やあやあ、諸君。お出迎えご苦労様です」


能天気に挨拶するノーティス。


その姿をジロジロと、ジキムート達が観察するが――。


彼女の銀色の髪。


黄色い花の髪留め。


美しいブラウンの瞳。


白くて美しい肌。


かなり大きな胸。


見た目は無傷に見えた。


服も着ている。


比較的奇麗な身なりだ。


少し変わった所と言えば、胸だろうか。


大きなでっぱりが隠せていない。

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