第87話 潜入
闇に入ると明かりもつけず待機するレキとローラ、そしてジキムートの3人。
その眼は四方を彷徨う。
あたりは水の音とそして、羽音。
静かな夜のとばり。
後ろにはまだ、月明かりに照らされている町が見える。
「行こうか、2人とも。心の準備とあと、目も大丈夫だね?」
「あぁ。そこそこは、な」
「私は最初から問題ない。ここは私に続け」
「了解」
ローラに従い、彼女の手を持つレキ。
そしてレキの空いたもう一方の手を、ジキムートが握った。
あたりは薄暗いどころか、全くと言って良い程光がなく、気味以上に心に悪い。
「まるでダンジョンだな」
足から伝わる感覚を信じるなら、コケがびっしりと、まるで絨毯のように生えているはずだ。
ギュギュっと踏みにじる音が続き、時折、プツっと何かがはじける音。
虫と爬虫類がウジャウジャといるのだろう。
目線の端や真ん中に頻繁に、黒い何かが動いていた。
「なんだここ。本当に川か? どっかの遺跡よりひどいぜ?」
驚きの声を上げるジキムート。
「あぁ、ここはね……。神の御力が生み出す、命の水。ライフストリームに近いせいで、生命が溢れてくるんだよ。マナの噴出量が桁違いさ」
「なるほどマナのせい、か。だからどこか、遺跡や森林みたいになってるのな」
何度も見たことがある光景。
と言っても、異世界人の彼の考える遺跡と、レキ達の考える遺跡。
おそらく用途は全く別だろうが。
(よく俺らの世界じゃ、枯渇したマナの数少ない供給源として掘削されてたな。ほとんどの遺跡は国や貴族に独占されてた。人間同士で少ないマナを奪いあう為、ドンパチやって。その上ついでに、マナに惹かれてモンスターやらなんやらも寄ってくる。傭兵の護衛勤務地として、大いに儲かったよ。コッチもおんなじ感じか?)
ジキムートの世界の遺跡は、マナの供給地になっている場合が多かった。
「ふぅ。でも恐らく、僕らが来た時と何も変わってない。この異様な虫とコケと」
そう言って眼鏡を上げて、虫を一匹捕縛。
おもむろにピッと、捕まえた虫を投げるレキ。
「あと、粘液も、だ。おかしいね。テロのたびに人が出入りしているなら少しは変化があっても良いはずだと、そう僕は思うんだけれど」
時折べしゃり、と液体より〝濃い″何かを踏むのはその、粘液だろう。
靴裏を見るレキとローラ、そしてジキムート。
あまり見ないようにしてはいるが折を見て、靴裏を掃除しなければならない。
足跡が付かないようにと、足音の消音の為。
「確かにな。だが変わった所もあるぞ。ここにはよくモンスターがいたはずだ。ヴィエッタ様の命令を受け、この町に偵察したが、今はそれがいない」
ゆっくりと目を凝らしながら進む一団。
異変がありそうな、水の民が這い出てきそうな場所を探る。
「やっぱ神様のマナはモンスターにとっても、大好物なんだな」
「何? いや……? ジキムート、逆だよ。モンスターの中でも原始に近い種族のほとんどは、神に敵対している。よくここらからモンスターが入ろうとしていたんだろうね。神を見つけ出す為に。ほら、水の中にトゲが見えるだろう?」
レキが指した水の中には確かに何か、尖った物が見える。
ジキムートの受け答えに怪訝な顔をするレキとローラ。
「へぇ……」
当然ジキムートは今、言い訳を考え中だ。
「モンスターは独自の魔法体系を持っているのは、知っているな。なぜかは分からんが、奴らはマナを使わずに魔法を使う。一説には〝孤独(ヒューマン・エンド)″の浸食が残ったと言われているが……。詳細は分からん。だがなぜ、傭兵がその程度知らんのだ」
「……まぁ、座学なんぞより殺せればそれで、良かったんでね。首のへし折り方さえ分かれば良いんだよ」
一応考えたのが、その答えだった。
その言葉は首のへし折りを得意とする姉。それが言い放った言葉でもある。
とりあえず、ノーティスがジキムートをゴリラだと言ったので、筋肉感を出してみたのだ。
「野生だな」
「ヤレヤレ」
(なんとも息苦しいな、異民族ってのも。まぁ、傭兵やってて慣れてはいるが。)
異民族から異民族へと。
ルールを渡り歩く傭兵は、多くの息苦しさを感じて生きていた。
言葉も習慣も、宗教さえも。
慣れるには相当に苦労させられる。
そうこうしながらも、進む3人の前には、壁らしき暗がりが見えてきた。
「ここだろうな、奴が示したのは。だが……」
「何もない……ね。僕らが独自に作っている地図にもきちんと、ココで終点となっているよ」
眼鏡を上げるレキ。
この暗闇の中でその地図が、見えているのだろうか?
「あとは右に道が見えるが?」
「あっちは出口に続くみたいだ。傭兵達が探しても、ここら辺では何も見つからなかったと聞くよ。そうなるとどこか……。そう、水の中かな? 彼らは水の民。水になれても、おかしくはないよね」
レキは腕を組みながら、思考を巡らせる。
確かに、ゴディンは氷の体を持っていた。
水の民なのだから、水になれて当然である。
「いやっ、それはねえな。ネィンっていう〝インフェリオ(幼生天使)″のガキが、奴らと一緒に居たんだ。って事は、だ。どっかに普通に通れる場所があるはずだぜ。せめて、子供の人型が入る位のな」
彼ら2等民は、水の民の優秀さを受け継げない人間だ。
これら子供を利用して攻撃の道具として使うのに、道がないとは考えられなかった。
「どうしたものか。奇襲戦の手前上、あまり大きな事はできないね……」
「あぁ……。なんとか細工を見つけるしかねえよな。持久戦になっかね?」
「ヤレヤレ。気の利かない娼婦はもてないんだぞ」
悩む3人。
しかし、ここで予想外の事が起こるっ!
ドオオオオッ!
「爆発っ!? 大きいぞっ」
振動がここまで届く。
揺れる足元。
それは遠く、かなり離れた場所で起こっているのにも関わらずだ。
「尋常じゃない爆発。いつもの夜の歓迎会じゃないね」
レキが訝しそうに、眼を細める。
外では大きな音と共に、戦いの喧騒が響いていた。
「奴らめ。どうやらこちらに、本格的に攻撃を加えているらしいな」
「歓迎会はいったん終わりで、本気でヤル気になったって事か。しっかし俺らとアイツら、飲めば良い仲間になれるんじゃねえの? 奇遇で偶然。一緒に仲良く本気出して、相手を殺しに来たんだからよっ!」
「あぁ、このタイミング。やはりあの売女が怪しいかっ。見つけたら即、処分も考えねばならないなっ! くくくっ」
ローラが邪悪に笑う。
「僕も同感で、ノーティス君が怪しいと思うよ。これはいくらなんでも、ね」
レキも不機嫌そうに、眼鏡を上げた。
「だがその話は後にしろよ。どうするかって話をしようぜ。戻ると言う手もあるぞ。今回の本体を叩けば、それ相応の打撃にはなるだろうさ」
「そうだね。だが……うん。行こうっ。進むんだよ、こういう時こそっ! 攻撃されっぱなしじゃいつかじり貧になる。情報が漏れているならこちらも隠れる必要はないはず。ちょうど良いさ。手当たり次第だっ!」
コクリと、レキに同意する残り2人。
「よしっ、どいて2人ともっ!」
レキが懐からナイフ――。
いや、その特殊な形状の物は、ナイフとは呼べないだろう。
私達ならクナイと言えば、ほぼ同じ物が想像できる。
そのクナイ状の物を取り出し、投げ放つレキ。
ドンッ!
クナイが投げられた場所がいきなり爆発し、穴が開いた。
「『砕術』……か。間近で見るのは初めてだが、なかなかの威力だ。この威力なら師範代から達人と言った所だな」
ローラが、レキの使った技の威力に感心していた。
確かに分厚そうな壁が、詠唱も無く投げたクナイ一本で穴が開いたのだ。
威力は十分過ぎるだろう。
そして、空いた穴から一筋の光がうっすらと見えた。
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