第74話 ジークとイーズ。
「待て」
「なんだよ」
「お前は良い」
騎士団の2人。門番だろう。
2本の槍が行く手をふさぐ。
「エッ!? ちょっと何よっ、アンタらが呼んだんじゃないっ」
横でイーズがその門番に食ってかかるっ!
確かにこの仕事はきちんと、ギルドの正規ルートで傭兵募集を受けて来たものだ。
(俺だ、コレ。名前に偽りなし、だからな。)
だが、実際は慣れてもいる。
そう、きちんとギルドで仕事を受けても顔を見るなり、返される事はあるのだ。
〝噂″が悪いと、そうなってしまう。
「ああ……君は。〝ヒュドラ・アイネス(絡まる蛇を操る者、イーズ)〟は良いのだよ。だがこの男。コレはダメだ」
「あぁん?」
槍を向けられ、ジキムートが睨む。
すぐにでも、剣を抜ける体勢を取った傭兵。
「この男はアレだろ? ふふっ。ペテン師の中でも高名なあの……〝クソ野郎″だろ?」
「ああ、そうだぜ」
「だったら城内には入れる訳にはいかんな。そんなペテン師を入れたとあれば、我らが偉大なる〝不透のグラス・フェイト〟の名が汚れる。帰れっ!」
不透のなんたらかんたら。
ここは重要な部分だ。
貴族は〝ハッタリ″の世界。
名誉と言う名のハッタリによって、自分の価値を高めるていく。
この門番が行っている、傭兵の選別。
それは極々自然でそして、普通であった。
「ペッ。よくもお前のその〝悪名″で、仕事を受ける気になったなよな……全く」
そう言うともう1人の門番が、ジキムートの目の前に唾を吐いたっ!
それがもし、ジキムートにかかっていたなら話は別だが、雇い主の意向は傭兵の全てだ。
ジキムートが頭をかく。
(……ヤバい流れだ。これは嬉しくもありそして……、悲しい話の始まりか。また知りたくもない〝ケツ″を見るのか。)
悩むように笑い、そして……。
「チッ、しゃあねえな。じゃなイーズ。俺は城下で仕事でもして来るわ」
「だめよジーク。あたしも帰るもん」
がっしりとジキムートのマントを握るイーズ。
(ほら来た。)
「なっ……っ!? ダメだダメだっ!〝ヒュドラ・アイネス(絡まる蛇を操る者、イーズ)〟。君はここに留まってもらおうっ!」
騎士団が慌てて、イーズに近寄ろうとするっ!
がしかし、イーズがすぐに距離を取り、臨戦態勢に入った。
彼女は右腕を水平にし、左手を添えるようにクロスさせているっ!
(来たぞ、コイツの戦闘態勢。〝蝕み″の体勢。)
彼女の肘と肩の部分には、タトゥーを多数収納する装備がある。
彼女は器用に、それぞれの状況下に応じて、適した場所からタトゥーを取り出せる。
そして最短距離で2つのラグナ・クロスへと、魔力の供給を行うのだ。
その様は絡まり合う、2頭の蛇の如しっ!
2つのラグナ・クロスの特性を熟知し戦う、最強クラスの魔法士の姿だ。
「あんたら信用できないもん。あたしはペテン師のジークを信じるから、良いよっ。それとジークをその名で呼ぶな」
騎士達をにらみつける少女っ!
「これが噂に聞く、絡みの2頭っ!?〝蝕む蛇″かっ」
2頭の蛇に睨まれ、止まらざるを得なくなってしまう門番達。
「なっ……。ちょっと頭を冷やしなよ、お嬢ちゃんっ。これは君の人生にとって、大切な事なんだっ!」
「そうだぞっ! 君は才能に導かれし、太陽に愛された素晴らしい娘さっ。その子がこんな汚い豚野郎と一緒に居ても、奴の矢避けにされてしまうだけだよっ!」
なだめようと門番達が、イーズに話しかける。
一人は、泡を食ったように手を、ちょっと、ちょっとちょっとしていた。
「そうだ、〝ヒュドラ・アイネス(絡まる蛇を操る者、イーズ)〟っ! 君はそこのゴミに騙されているっ。君の為なんだっ! 君ほど偉大で、太陽の巫女にすら肩を並べる魔法士ならばっ、どこの宮廷魔導士にでもなれるっ。太陽の道を行くべきだっ。目を覚ませっ!」
「……はぁ? 太陽……だって? アンタらが私の、何を知ってるってのよ?」
すさまじく不機嫌に言うイーズ。
その目は……。
(ブチ切れ1っ歩前ってヤツだ。だが、頑張れ騎士団。)
「とりあえずその男には近づくな。奴は君の力を利用して、生き残っている臆病者だっ! そのクズとでは明らかに釣り合わないっ」
(そうだぜ、騎士団ども。もうちょっと言ってやれ。)
ジキムートが騎士団を半分、応援しながら、ナイフを後ろ手に用意する。
「バッカじゃないのっ!」
すると突然イーズが、門番の顔面にミサイルキックを放つっ!
「グアッ!?」
フェイスマスクからパラパラ、とゴミが入ってきて、門番が非常に慌てているっ!
ちなみに、豆知識を言っておこうか。
この時代、道には糞尿が多い。
特に、都市部には犬猫とは言わず人糞が、日常茶飯事に道に落ちている。
水洗トイレが非常に少ないので、〝家族でためた物″は捨てなきゃいけない。
だが、分かると思うが、貴族も庶民も適当で、ルールを守る人間ではない時代だ。
だから街中でも普通に、人糞が落ちている。
それは都市部の常。
そんな所を日夜、歩き回った靴裏から入るゴミは……。
「やべっ!? ぺっぺっ」
蒼白になって門番がツバを吐き出すっ!
「お前らにアタシの何が分かるってんんだっ、アァっ!? 舐めてっと、殺すぞっ!」
口調と顔色が明らかに変わるイーズっ!
この娘は自分の事を詮索する人間をひどく、とても嫌っていた。
「はぁはぁ……。こうなったら、仕方ない。貴様には選ぶ権利は無いっ! お前は我が陣営で……」
その瞬間っ!
じゅううっ!
「ウラァアアっ!」
肉が焼ける臭いっ!
そして……ぶっ放される魔法っ!
「ぐああぁっ!?」
騎士団員の悲鳴っ!
「逃げるぞ、イーズっ!」
「貴様ら待てっ! 絶対逃すなっ。このクソ野郎め、戻ってこいっ!」
「ヒュッ、借りは返すぞっ! 釣りはいらねえ、大穴野郎(ロング・ショッター)共っ!」
ザスッ!
自分を馬鹿にした騎士団員の腕、鎧が無い部分に見事命中するナイフっ!
「ナイス、ジークっ!」
笑うイーズは小脇に抱えられながら、そこを離れていった。
「あぁ~あ。まぁた損しちゃった。あのクソ騎士団ども、あたしのタトゥー返せ、バッキャローっ!」
太陽がない、灰色の雲に叫ぶイーズ。
「叫ぶなイーズ。もしかしたらまだここらに、居るかもしれねえんだぞ?」
街灯も無い夜の草むらで2人、隠れながらイーズが魔法を使っている。
モンスターその他避けの物だ。
外での野宿ならば必ず、使うべき物。
「……はい、完成っと。あ~ぁ。しっかしなんでこういつも、なじられてもジークは言い返さないのよっ!? 全く」
「そのまんまじゃねえかよ、イーズ。アイツらは別に、間違ってない。俺はペテン師だ。そんで、お前のそのでかい尻がある限りは、利用するしかねえ」
焚火をくべつつジキムートが言う。
実際彼とイーズでは、2ランクから3ランク位は実力と評価に開きがあった。
そして問題なのはジキムートのその、生き残る事『だけ』を究極に追い求めた、傭兵剣技。
それを評価する声も圧倒的に少い。
彼が称賛される事などありはしないのだ。
「どったらいっしょね~。あぁ~……。よ……しっ、良いだろうっ! じゃあアンタを、私のケツジゴロにしてやるぞっ」
「はぁ? なんだその、ケツジゴロってのは」
聞き返すジキムート。だが意味は察していた。
「後ろに隠れて戦う、ジゴロ。それで良いじゃんっ、アタシの後ろに隠れる事を承諾する~っ! ねっ」
「……。俺がなんで故郷を飛び出したかって、言ったよな? 確か」
少し強めに睨むジキムート。
これは彼の生きざまに関係する話だった。
「絶対的なお姉ちゃんが居て、それに勝てないから。っていうか本当は、お姉ちゃんが戦って傷つくのを見るのが、嫌だからじゃないのん? だから、小心者のジーク少年は逃げ出したんだよね? 実際は、置いて来られたみたいだけれども、さ」
「そうだ。だったらなんでそんな言葉を言うんだ、お前は。俺が……」
「じゃあお姉ちゃんの次は、私の番ね。そうやって私でいっぱい悩みなさいよ、凡人。苦しめ苦しめよ~」
ビキキッ。
あっさりとその傷をえぐる少女。
無能の凡人。
それが抗いもがく姿を、天才が笑うのは世の常か。
だが彼女が示すその言葉はきっと、彼と彼女の適正で、現実的な折衝案だ。
これが受け入れられないならば、去るしかない。
もう一度。、そう、ジキムートの始まりに戻るしかないのだから。
「……あっそ」
「イヒヒッ、拗ねてやんの。ガキーっ」
そっぽ向いて、寝っ転がるジキムートを笑うイーズ。
「るっせぇボケっ!シメるぞっ!」
剣を握るジキムート。
すると、すぐさまイーズがタトゥーを両腕に張り付けるっ!
「おっ……おぉ? 私の2頭の蛇とやるのかね。凡才君」
「お前の2穴にたっぷりと、俺のハガネのイチモツをブッコんでやんよっ!」
襲い掛かるジキムートっ!
彼は本気であるっ!
だが、この戦いで彼が勝った試しは無い。
そう……一度として、勝てないのだ。
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