第50話 傭兵が支配する町
「それで、あなたの魔力ランクはいくつです?」
ノーティスが聞く。
「第7だ。そう、底辺だよ」
ケヴィンに倣うジキムート。
とりあえず適当で良い。
一度聞いて、この世界に確定したものを答えればまず、疑われない。
「なるほど、マナビルドに必要な値に達してない、と。ですがここの住民と、お得意の肉弾戦に至るにしろ、気を付けてくださいね。ここの住民は、魔力ランクの他に〝蒼の血筋″を持っている。そのせいで魔力と魔力容量は、他の人間の2割増し。生まれながらに全員が得るらしいです、この特権」
住民全員、МPと魔力が2割増し。
RPGであるまじき、クソ仕様の町だ。
「ふふっ、もう何でもありだな」
「ええ」
色白の2本の指を立て、笑うノーティス。
苦笑いするしかないスキルに、ジキムートが頭をかく。すると……。
「へへっ」
目の前で傭兵達が、商店に置いてあったリンゴを勝手に掴み――。
それをいきなり足元に放り出すっ!
「……っ!?」
ゴロゴロっ!
「あぁ~、やっちまった、ワリィワリィ。手が滑っちまった」
自分が落としたリンゴを拾う傭兵。すると……。
「ほれ。かぁ……ペッ! コレで良いだろぉ? 綺麗にしてやったぞ」
ツバを売り物のリンゴに吹き付け、それを自分の服に押し付ける傭兵っ!
そしてべっちゃりと、泡立ちながら糸を引くリンゴをまた、元の場所――。
奇麗なリンゴの籠へと、勝手に戻してしまう。
「……クッ」
店の男店主が、苦々しそうにうめく。
そしてイライラとした目で、タンが吐かれたリンゴと、その周りのリンゴ全部、川に捨て始めたっ!
それに驚いたのはジキムートだっ!
(なっ……。なんだ、おいっ!? あの店主、リンゴを捨てるってのか? まだ食えるんだぞっ!?)
ジキムートが、店主がリンゴを捨てる様に驚き、目を疑うっ!
「どうやらご存じないようですね。ここの連中の頭の中は、私達とは違います。分かってて、連中は遊んでやってるんですよ。自業自得だ」
驚いた様子のジキムートに、ノーティスが笑って店主に侮蔑の目をやる。
物が無い世界。
まだ食べれる物を捨てる、そんな罰当たりな行為は一切できない。
飢え死にが珍しくないジキムート達は、落ちたら3秒立とうが1分経とうが、食べる。
漁れるゴミがあるならそれは、天国。
それがこの世界の『普通』だ。
すると――。
「おいおいっ、何してやがるっ!? 勿体ねえっ。まだ食えるじゃねえか、水の民様よ~。自分で確かめてて見ろよっ、おー……らっ!」
リンゴを落とした傭兵がそう言って、店主が捨てようとしているリンゴを1つ掴む。
そして無理くりに、男店主の口にぶっこんだっ!
がずっ!
「おぉ……っ!? おあぇええっ」
ツバのついたリンゴを突っ込まれ、吐き出す男店主。
その姿を見るなり……っ!
「なんで吐くんだよっ!? まだ食えるんだぞ、このボケっ!」
バキっ!
傭兵が殴りつけたっ!
顔面に刺さった拳にふらつき、あっさりと倒れ、鼻から血を吐き出す男店主。
リンゴは辺りに転がってしまった。
「うぅ……それはその。これは売り物にはその……。なりませんので」
「あぁ? 何言ってんだお前、食べれるモン捨てるとか頭おかしいのかっ!?」
がなり立てる、品物を落とした傭兵。
すると、別の傭兵が2人に割って入る。
「まぁまぁ、そこまでにしといてやれよ、お前。」
「なんだよ、お前。横から入ってくんなよっ!」
「まぁまぁ。おい店主、ようは、お前が言いたいのはこのリンゴが、汚いって事なんだろ? だったお前、このリンゴの中にある水分だけ、魔法で取り出しゃ良いさ。ジュースにしろよ。元々ジュース用だろ? 後は捨てれば良い。そうすりゃ汚くねえよ。なぁ?」
ニヤニヤしながら言う、もう1人の傭兵。すると……。
「おっ……、そうだな。そりゃ良いぜ。早くやってみせろよ、水の民。やれんだろ? なんせあの、高名な水の使徒様だっ! やれねえわけねえさっ!」
「そ……、そんな無茶な。無理ですよ、そんなのっ!」
「あぁっ!? 何が無茶なんだこのクソボケっ! お前水の民なんだろうがっ」
バキっ!
店主の言葉を聞くと激昂し、殴り始める2人っ!
容赦なく蹴って殴って投げて……。
散々に、一般人を追い詰めるっ!
「うぅ……。頼みます、ご勘弁を。ご勘弁をぉ!」
必死に泣きすがる店主。すると……。
「おいおいっ! 大事な商品が落ちてんぞ、店主っ!? しゃあねえ、優しい俺が拾ってやんよ。へへっ」
通りすがりの別の傭兵が、笑いながらそのリンゴを靴で器用に拾うと……。
ゴトッ。
次々と、まだ奇麗なリンゴや洋ナシ。
グレープフルーツ。
それ等が入った箱に、蹴り込んでいったっ!
「くぅ……」
その間店主は、耐えるのみだ。
傭兵達は笑いながら、その姿を見ている。
全てのリンゴが適当に蹴り込まれた後……。
「ほれ、全部ジュースにしろ。」
「……無理なんです、そんな事」
「なんだよ無能、そんな事もできないのか。チッ……! それでもホントに、神の使徒かよっ!? あぁ~あ。最悪。かぁっ……ペッ!」
男店主の顔にタンを吐きつけ、店の商品をばらまいた傭兵は歩いていく。
その後店主は泣きながらその、『汚染された』果物を川に捨てていった。
「へへ……。無様だよなぁ」
「良い気味だ」
その光景に傭兵達が笑いそして……、ノーティスが笑っている。
「……」
(なんだ、この違和感)
ジキムートの眼が、あざ笑っている者たちと、ノーティスを言ったり来たりする。
そのまま少し、訝しそうに観察していると……。
「ところでもうすぐ宿舎、見えますよ」
「……あぁ、そうか」
何事もなかったように、ノーティスが前を指さす。
ジキムートがつられて、前を向いた。
そしてノーティスが示した、ボロッボロの建物……の、その先にある、結構立派な建物に入っていく2人。
「では、会議室でお待ちください。すぐに責任者が来ますので」
受付に示される会議室。
その部屋で、適当な席に2人が座った。
「まだ少しだけ、始まるまでに時間があるだろうよ。俺は売店で、ビールか水でも拾ってくるわ。お前は?」
「ありがとうございます。私も喉が渇きましたよ、ビールでお願いします」
おやつ兼飲み物を頼む、ノーティス。
この時2人は、ここから地獄が始まるなどと、考えもしていなかった……。
1分後。
「なあ姉ちゃん、俺らと一緒にあっちの店入らねえ?」
「結構です」
5分後。
「わぁ……すまねえ」
バシャっ。
「……。気を付けてくださいね」
「おぉっと、すまねえ」
バシャっ。
「気を付けて……」
「あっとっと、すまね……」
「ウラアアッ!」
10分間後
「なっ、なぁ。それ……、アンタの男か? だったら、3人なんてどうよ。きっと新感覚で楽し……」
「火鳥、剣閃劇っ!」
1時間後。
「マンマン……」
「栗……とリス。栗と……リス」
「……死ねっ!」
3時間後。
「クンクンっ……」
「……」
「はぁはぁ……。あぁ……」
「……」
「ふんふん……。あぁ、良い匂い。たまらん」
「あぁ……助けて……」
ノーティスは涙を流しながら、机に突っ伏す。
顔は苦しそうに、ぜえぜえと息を切らしている。
涙ながらに黄色の花の髪留めを、イジイジしているノーティス。
思った以上に女性らしい、愛らしい表情で突っ伏す彼女。
後ろではノーティスの『匂い』を吸おうと、男たちが集まっていた。
「あなた達ぃ……。何周目だと思ってるんですかぁ……」
「2周かね?」
「いや、3だったろ」
「5ですよっ! 5っ!」
ノーティスが指を必死に広げ、突きつけるように叫ぶっ!
だが……。
「へぇっ!? すげぇっ! 数が数えれるんかい、アンタっ!」
「べっぴんなのにすげえなっ! だったら俺らと、あっちで食事にでも……」
「死ねーーーっっ!」
次から次へと、手を変え品を変え――。
ノーティスをなんとか、口説き落とそうとする男達の群れ。
何度も乱闘になっていた。
「まぁそうなるわな。イーズだってそうだったんだ。まぁでもアイツの場合は、レベルが違って、『イカレて』たからさ」
笑いながら、ジキムートがビールを口に運ぶ。
「イーズって言うのは、相方さん? イカレてるってどういう事です?」
「よっっし、待っててね?」
そう言うとイーズは、魔法を用意する。
「またそれか」
「もっちもち」
楽しそうに笑いながら彼女は、〝両腕の″ラグナ・クロスにタトゥー3枚、計6枚ほど打ち込む。
「ほら、これで7。おごりだ」
ぺちっ。
「サンキュっ!」
笑ってイーズは扉に向かって突如――。
〝開きっぱ(インソレンセ)〟魔法を発射したっ!
ドヒュンっ!
辺りがカっと光る。
「……」
その扉の向こう、悲鳴が……っ。
起きない。
ただ単純に、起きる暇さえなく、大量の傭兵達が微塵に吹っ飛んだのだっ!
「よっし片付いたっ! すぅ……。ようよう傭兵達、私アイネスっ! イーズとは呼ぶなっ! 馴れ馴れしい。どったらいっしょぉ? どってもいっしょ~。美少女。そう、美少女傭兵、魔法士だっ! よろしくねっ」
きゅぴっと笑い、イーズが堂々と半壊の扉を開け放って、自分の名前を名乗る。
ちなみにだが――。
『どったらいっしょ』は、どうしたらいいんでしょうね? だが。
『どってもいっしょ』は、どうしても一緒でしょ。を意味する。
要は、この美少女をどうしたら口説き落とせますか? どうやっても同じですよ。無駄です。
という事を言いたいらしい。
……難解過ぎて、さっぱり分からないが。
「くっ……。お前が〝イカれ2穴″の……」
「うらぁっ! その名で呼ぶなぼけぇっっ!」
ガスっ。
倒れている傭兵。
その頭を角材で殴つけ、吠えるイーズっ!
イカれ2穴。
なんとも淫乱な響きだが、大変すばらしい、栄えある名前だ。
なぜなら……。
(2つもラグナ・クロスを開けれる奴なんて、世界を探しても、いや、歴史を探してもアイツだけなんだよな。)
ラグナ・クロスの手術。
それは非常に、高額である。
どれくらいかと言えば、20万円くらいだ。
しかも、開けたからハイっ魔法が使えるっ! というわけではない。
致死率平均30パーセントの、重大な手術をくぐり抜けたとする。
するとさらに、使いこなせるようになるまで、血がにじむような痛みに耐えなけばならなかった。
(だが、そんな問題じゃねえ。2つ開けると、〝グラッジサイン(死体共鳴)″が起きるって話だったはずだ。本当かどうかは知らんが、ソレが起きると月に食われちまうらしい。だから誰も、そんな危ねえ事せんのだが……よ。頭がイカレてない限りはな。)
歴史上。
2つのラグナ・クロスを使いこなせたのは、ジキムートが知る限りは神話も含めれば、5人だけである。
「さぁ、安全は確保したぞっ! 続け、従者よっ」
イーズは真紅の髪を揺らし、嬉しそうにその――。
死屍累々の、傭兵待機場に足を踏み入れていくっ!
「あいあ~いっ」
雇われた傭兵、ジキムート。
彼は素直に命令に従い、イーズに続いた。
(普段はほとんど、他の傭兵連中と組むことないんだが。どうしてもって時は、こうなるんだよな。まぁ、取り分が多くなるから良いんだがよ。)
彼はその時、イーズに雇われる。
彼女は他の傭兵から、ジキムートに守ってもらうのだ。
「ってな感じで、戦う前からヤッてるぞ」
「……。なるほど」
うんうんと首を振り、非常に勉強になった……、と言う顔のノーティス。
「よしっ。ではまず、実践と研究を」
「こらマテ。もう遅いっ! ……つぅか、この状況でやると、な」
ノーティスを引き留めながら、会議場の中を見やるジキムート。
そこはあまりに険悪で、看過できない程の雰囲気がすでに、醸成されてしまっていた。
「どう……なってんだよっ! かぁっぺっ」
雰囲気は最悪。
荒々しい男達のタンが、そこら中に散乱している。
少しの小競り合いでもすぐに、怒りが爆発し、乱闘に発展しそうだった。
しかもそこにいる男たちは全員、殺しの道具を持っている。
言うまでもなく、私たちが思う暴動とはケタ違いに危ない。
「ちょっと、舐めてんなコレ」
「受付はもう逃げちまったし、マジで誰かに責任取らせないと……。マジ収まんねえよ」
会議室の人口密度は高い。
扉付近には、相当数の立ち見まで居る。
そう言った状態も、不満に拍車をかける一因となっていた。
「……」
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