第28話 奇跡の神の水。

彼は何度か巻き込まれたからその恐ろしさをよく、知っていた。


「なんだこれはっ。おいザッパっ。どうした」


(来た来たっ。まるで蜜にあつまる虫みたいに。)


すぐさま逃げ出そうとしたジキムートっ!


しかし……。



ドンッ!



「クッ!?」


何かが自分に当たり、態勢を崩してしまったっ!


その時ジキムートの目に映ったのは、悪意の顔。


そして、そうこうしているうちに――。


「こっ、こいつらが……」


髪とついでに、耳までもを切り取られた煽り魔騎士団員が、『辺り一帯』を指をさす。


もうすでに、剣を抜いていた増援は、すぐさま斬りつけ始めた……手当たり次第にっ!


「ココにもいるぞっ!」


そこに響く女の声っ!


声に引かれ、近づいて来る鎧の重厚な金属音。


仕方なく、すぐさま剣を抜くジキムートっ!



「てめえも仲間だろっ!? さっさと観念しろやっ!」


全く関係なくとも、巻き込まれたらアウト。


騎士団にはどれが犯人かなんて、関係はないのだ。


〝こいつら周辺″にいた民衆に、まとめて掴みかかる騎士団員達っ!


「……」


応えないジキムート。


応えても無駄だと言う事は、知っている。


騎士団を剣で威嚇しそして、先手を取ったジキムートっ!


ヒュンっ!


「くっ……」


ジキムートの斬撃を盾でいなし、騎士団員はすぐに反撃した。


が、それもあっさりとジキムートに避けられる。


「うっ、外したかっ!? だが……」


反撃を覚悟し、盾を構えた腕に力をこめる騎士団員っ!


しかし、予想外の展開が……。


「……っ」


ペッたぺったぺった。


衝撃が来ない。


好機にジキムートは、剣を手の中で、まるでナイフで遊ぶようにただ――。


頻繁に持ち変えているだけ。


(なんだ? この男の戦闘スタイル。見たことがないぞ。どこの部族の奴だ? ずいぶんと屈んでいるが……。何をしてくるつもりだろうか?)


用心のため、少し見守る騎士団員。



「フェイクだ騎士団。様子を見るな、すぐに攻撃しろ」


女がぽつり……と、ジキムートのフェイクを見破った。


「ほれほれ。どっちだどっちだ?」


弄ぶように剣で遊びながら、騎士団員の周りを回るジキムート。


人間は、そういった奇怪な動きに弱い。


すると、剣に気を取られている騎士団員にすぐに、ジキムートが次の一手に出たっ!


ガスッ!


「ぐぬっ」


目線を盗まれた上に、思った以上に重い『蹴り』が襲うっ!


崩れる騎士団員が見えるとすぐに、ジキムートがとどめを刺そうとした所……。


ガスンッ!


鎧と鎧がぶつかる激しい音っ!


ジキムートは、横からタックルを受けたのだ。


騎士団の分厚い鎧を盾に、こういったゴリラ行為はよく起こる。


なぜならそれは、もっとも効果があるからだっ!


成功すればの話、だが。



「馬鹿な……っ!? この体でっ――」


真横から受けた、重いタックルで倒れない傭兵っ!


まるで枯れ木のように揺れるジキムートは、騎士団員を見下ろしていた。


ザスッ!


「ぎゃふっ!?」


剣を鎧の隙間に差し込み、首を刺すジキムートっ!


「俺はお前らのような脳筋の相手、十八番でね」


笑うジキムート。


その刹那っ!


ヒュンっ!


「くっ……」


氷の刃が飛んできたっ!


すんででかわすが、赤がジキムートの頬を濡らしていく。


「なっ……。あいつ、あれを避けるのかっ!?」


仲間が押さえていた傭兵の、確実な死角。


反応できるハズがない場所からの攻撃を、あっさりと避けられてしまうっ!


「魔法。やっぱこの世界だと光るんだな。そうなら魔法士、今日からお前らも俺のお得意様だぜっ!」


完全に〝目視外の攻撃″。


だが、ジキムートの眼の端にはきちんと、マナの光が見えていたのだ。


薄ら笑う傭兵――。


そしてっ!


「うわぁっ!? こっちに来たぞっ」


一直線に突き進むジキムートが、恐怖に怯える魔法士の目の前に行き……っ!



「どけっ」


突き飛ばして逃げ出した。


脱兎のごとく。


「おっ……。おぉっ!?」


すさまじい速さだっ!


みるみる遠ざかる。


追いかけようとする気すら、起こらない程に。


「待ってっ。その人は違うから!」


ケヴィンが後ろで叫んでいる。


「ふむ……。剣を遊びながら時間を稼ぎ、退路の確保。しかも、退路の方にあえて後ろを見せたのも、退路上の人間をおびき出す作戦か? ヤられる可能性もあったろうが……、実際読みは的中している。傭兵としては合格だ。」


青い影が独り言ちる。



「しかし、使えない騎士団め。まんまとけむに巻かれるとは。しっかりとした戦闘力が見たかったが、まあ良い。」


遠巻き見ていた者が声を残し、神の中に姿をくらましていった。


「ふぅ――。全く。騒ぎを起こすな」


そう言うと、倒れて痛がるザッパを起こす仲間。


「ちぃ……。いってぇ」


痛みにうめきながらザッパ――。


あの煽り魔が立ち上がった。


耳からは大量出血し、痛みに苦しむ。


もうすでに、斬りかかった傭兵達は倒れて、捕縛済みだ。


「くそっ。耳がっ。てめえのせいだろがっ」


そこに転がるシラミ傭兵に、煽り魔騎士団員が蹴りを入れる。


何度も何度も……。そして馬乗りになり……っ!


「ひぃ」


「俺と同じように、てめえの耳も削いでやるよっ!」


「おいおいやめとけ、汚れるだろうが」


ザスッ!


「ギャアアアッ!」


悲鳴を上げるシラミ傭兵っ!


耳を切り落とすさま。


それを観客が目をしかめながら、悲鳴を聞いた。だが――。


「おっほぉっ!」


「苦しんでる苦しんでるっ」


殴り合いもエンターテインメントなら、殺し合いも比較的、その様相が強かったりする。


彼らは私達より遥かに、死に近い。


それ程非道徳的という考えには、至らないのかもしれない。


――万引きが多い町では住民は、万引きへの考えが緩くなる。


毎日いつも、大声で店員が泥棒ーっと叫ぶのだ、慣れる。


それは恐らく、殺しも同じ。


いつかは順番が回ってくるこの世界では、覚悟が必要だった。


傍観する住民の目は興味津々、と言った感じだ。



「ぐぅ……うぅ」


涙を浮かべ、捕まったシラミ傭兵がうずくまっている。


すると煽り魔騎士団員が、まるで見せつけるように千切れた自分の耳を、指で挟んでフルフルと振った。


「まぁでも、俺のはここにあるがな~。あれ? もしかしたら神様に願えば、ひっつくんじゃね? なんせ福音の騎士団だし、俺」


そう言って何かガラスを割って、その耳に塗る……と。


「な……に!?」


驚嘆の声が響くっ!


市民に紛れながら元の場所に戻り、その様子を見守っているジキムートのものだった。


彼の目の前でなんと、煽り魔騎士団員の耳が、引っ付いたのであるっ!


「ほ~ら元通りっ。やっぱり福音はすげえやっ! でも雑魚で傭兵のお前はむ~り~っ」


笑いながら、傭兵から切り取った耳を、遠くに投げ捨てる煽り魔騎士団員っ!


そしてすがすがしい顔で、剣を自分の周りに這わし、祈りを捧げた。


「神の祝福に感謝しますっ! 我が福音の国家は貴方を守るために、剣を奉じるっ」


叫ぶと茜色の空の元、片膝をつく煽り魔騎士団員。


その光景に次々と、他の騎士団が一斉に、神への礼を口にする。


「我ら不死身の騎士団。神のため、主のためっ! この身を捧ぐっ。ニヴラドは、福音なりっっ!」


騎士団の言葉に、市民から歓声が沸き起こるっ!


「我らバスティオンに、ようやく福音の誇りがもたらされたのだっ! やったっ。やったぞっ!」


「この福音を、どれ程待ち焦がれただろうっ! あぁ~、ダヌディナ様っ! 我らの絶対的支配者っ! 麗しき水の神っ。たゆたう水、誇りの流れ。神のうるおいっ!」


「高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。神に栄光あれっ! もう頭を鋼に食われたなぞと、言われないで済むっ! よくやったっ、騎士団っ!」



民衆は大はしゃぎだ。


自分達の軍は強く、これ程の傷も奇跡的に直せる。


その安心感は大きかった。


戦いに負ければ全てが終わってしまう。


田畑は蹂躙され、作物はいっぺんも残らない。


女はすべからく犯され、子供は売られてしまうだろう。


「神を奉じる限り、我々は安心だっ! 福音万歳っ、ダヌディナ神よ永遠なれーっ!」


全てが消し飛ぶのを何度も見た彼らにとって、それはとてもとても、意味のある強さであった。


「無敵、か。〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″、なるほどね。増長するのが分かったぜ。あんだけすげぇ癒し、普通は医者の領分だ。それをあんなチョロっとした水かけただけで、簡単になんとかできるとなればそりゃ――。戦場が変わるよな」


普通、と言ってもジキムートの世界だが。


そこでは『癒し手』は、非常に希少で稀な存在だ。


回復の魔法は確かにある。


だがいかんせん、不完全すぎた。


素養がなければ擦り傷一つ治すのに、8時間かかってしまうのだ。


もっと大規模な手術ともなると、極上のプロの癒し手を、3人以上も雇いあげなくてはならない。


そしてその費用は大きな村の、1年の税に匹敵してしまう。


「それはこの世界でも、同じはずだからな」


街行く人間をつぶさに、ジキムートは観察していた。


傭兵らにはアザや傷がびっしりとあったし、何より、〝医者″と書かれた看板があったのだ。



「アレの使い道は無限大。取引の道具としても、武器としても、な。なんとか独占しないといけない。あの方の為にっ」


青いツナギを着た女が、独り言ちる。


レナが叫んでいた事。


これを手にした者は確かに、無敵になる素養があった。


すると人ごみから、うっすらと声が聞こえる。


「何が神へ身を捧ぐ……だ。水の神以外を馬鹿にしやがってっ。それで神への信仰を唱える福音国家なものかよっ!」


「この前までは神無き、〝頭を鋼に食われた″田舎者だったくせにっ! 調子に乗りおってっ。くぅ……どうしてだ、どうしてあなたは私に与えない。私はこんなに誠実に、あなたを愛しているというのに。どうしてぇ」


そう口々に悪態をつき、苦々しく場を去っていく者たち。


その数は少なくない。


「……。神が偉大になればなるほど、人間は醜く獣となる、ね」


愛は人を狂わせ、正気を失わせるのなら……。


人類が神を得れば間違いなく、獣と化す。


神への愛と、他人への嫉妬に狂う獣だ。


「じゃあ俺も。神様俺、アレ欲しいんすけど。ガオガオ」


ジキムートは率直に、神に願った。





「データは少ないながらも取れたな。だがしかしあの傭兵、気になる。傭兵世界でも調べてみたが、ジキムート……だと? そんな名前の傭兵を知る人間は、いなかった。それに大穴野郎(ロング・ショッター)、ね。聞いた事がない罵倒だ。もう少し戦いを見たかったが、騎士団の奴らも情けない……」


ぶつぶつと言いながらその、青いツナギを着た女が一人、夜道を歩く。


すると……。


「おいおい。待てよローラ」


「なんだ騎士団。私は急いでいる。どけ、これは重要な仕事なんだ。お前たちはそこらでチンピラとして、市民でも締め上げておけば良いさ」


目の前に立ち塞がる男達2人に、嫌悪の表情を示すローラ。


黒く垂らした左の髪を切るようにはねて、相手をにらみつけた。


「あぁ? あんまり怒らすなよ、仲間じゃねえか。なぁ知ってるよ、警戒すんな。俺らはお前のご主人様……。レナ様からの伝言で来たんだよ。なっ、仲良くしようぜ。」


その言葉に、ローラがその場で止まる。


「それにほら……。へへへっ。コレもあんだよ」


それを見るなりすぐに騎士団員達は、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟を見せながら、ローラへと近づいていく。


そしてやおらローラの肩を抱き、その胸を、大きな胸元を揉みしだき始めたっ!


「ほぉ。お前らも、か。それで……。何と言っているのだ、あの方は」


ツナギの合間から体をもてあそばれながら、ローラがその言葉に傾聴する。



「あぁ、へへ。今夜から計画は始めるってさ。今日の夜で終わればそれで良いけど、明日もし続くようなら、その時は計画通りに、な? この〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″は、その為の支給品だぜ」


そう言うと突然、地面にローラを押し倒した騎士団員っ!


「……んっ」


「レナ様もたっぷり楽しんでんだ、お前も楽しめよぉ。なぁ、知ってるか?この〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟は、飲むとこっちもビンビンになるんだってさっ!」


笑いながら一人の騎士団員が、ローラのツナギを引きずり下ろし始めたっ!


するとすぐさまもう一人が、ローラの腕を掴んで組み伏せたっ!


「いっぺん俺らで試そうぜ。あの性に大らかで知られる神様の血だ、そりゃあすげえに決まってるっ! お前のそのでっけぇチチ、気になってたんだよなぁ。ひひひっ」


ローラの上着をずり上げる、腕を掴んだ男っ!


「おっほぉっ!」


下賤に笑って胸の……。


その大きな胸の、濃いピンクに手を伸ばしていくっ!


「くぅ――。へぇ、楽しませてくれと、あの方が?」


「そうだよ、そうそうっ! はぁ……。良いね良いねぇ。なかなかそそる眼だよ。いひひっ」


ローラがにらみつける目に笑い、騎士団がダブン……と揺れる胸を、強めに掴むっ!


どうやら、ローラの鋭い視線。そして、その鋭さに似合わない泣きボクロに、征服欲がそそられたらしい。


「んっ!? くぅ……。そうか仕方ない。だが少し、遊ぼうじゃないか。んっ、んぅ……っ。私が逃げるから、お前たちは私を捕まえろ。捕まれば好きなだけ、くぅっ。相手してやる」


「へへっ。良いね良いねえっ。朝まで頼もうかっ! おいっ、人もっと呼んで来いよっ。昔楽しみそこねた奴らも全員なっ!」


舌なめずりしながら、騎士団の一人が笑った。


そして、仲間を呼ぼうと立ち上がる。


「じゃあ、始めようか。腕を離せ」


「よしよし……」


手を離す騎士団。


だが……。



(へへっ、手は離れたなっ。よしっ。)


たった10センチ離れただけで、すぐにまた腕を掴もうとする騎士団員っ!


全く離したとは言い難いが、どうやらそれで押し通す気らしい。


だが……。


シュッ。


突如、消えたローラっ!


その暗がりの中、彼女は完全に、忽然と消えて見せていたっ!


「……っ!? どっ……どこ行ったっ。魔法かっ!? だが魔法なハズが……っ。光が、マナが無かったぞっ」


「分かんねえっ!? どういう……こった。〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟もねえぞっ!?」



「騎士団、気を付けろよ。この私の能力を聞いてないなんて、生き残れないんじゃないのか? まぁ聞いていても、生き残らせはしないが。クククッ」


笑うローラは、その奪っておいた〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を手で遊び、懐にしまう。


そして、自分を探す騎士団を置いて足早に、自分の主人の元へと帰って行った。

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