第23話 市場の中、おばちゃんが乱入。

「もう、ギルドは良いんですか?」


「ん? あぁ、もう大体は分かった」


歩きながら手を振るジキムート。


冒険者ギルドで傭兵は、大体の必要な事が理解できていた。


(ここが異世界だってのが分かったよ。恐らくはそう簡単には還れねえ。歩いて還るなんて、とんでもねえ絶望だってのが、な。どうすっかね~?)


ジキムートが面倒くさそうにかぶりを振る。


あの地図を見る限りでは、ジキムートがすがれるような旅路。


異世界への帰還方法の、手掛かり。


それが見つかる可能性は、ほぼ無さそうだった。



「あっ、もしかしてあの短時間で何か……っ。例えば、モンスターの動向。ここの地形のあらましっ。さらにはそれを使った、駆除の仕方とかっ!? そんな感じで分かったんですかっ!」


そんな事もつゆしらず、ケヴィンの眼に光が宿るっ!


興味深そうに、プロの傭兵の話を催促してきている。


だが――。


「ぃんや。この国が急速に発展しすぎて、てんてこ舞いだってのが分かっただけだ」


キラキラした目のケヴィンに答える、ジキムート。


すると、ケヴィンはしょんぼりして、うつむいた。


「依頼の内容が大体、この領土〝内″だったからな。なんかを見つけてくれ~だとか、隣をなんとか黙らせろ、とか。相当立て込んでんだな、この国」


「それは――」


ジキムートの言葉に、ケヴィンが口どもる。


「そういや、聖地への巡礼希望の札も多かった。やっぱ聖地ってのは、死に物狂いにでも行く価値が・・・」


ジキムートが更に、言葉をつむごうとしたところ、大きな声が響いてきた。



「ケヴィ~ン、ケヴィンたらっ。ほらここ。ここだよ~っ」


ジキムート達の進行方向に割って入ろうとする、太ったおばさんがいた。


「あっ、コロおばちゃん」


ケヴィンがその声に応えると、コロおばちゃんなる女が、通行人を弾きながら進撃してくるっ!


「ケヴィーンっ! ちょっとどいとくれっ。急ぎなんだよ、こっちはっ」


おばちゃんが呼ぶ声は大きく、近くなのに大声で叫ぶせいで、通行人がジロジロ見てくる。


しかし、気にする事もなく通行人をかきわけ、おばちゃんがケヴィンにまい進しっ!


「ケヴィ~ン、会いたかったんだよ。そぅ、あんたを待ってた待ってたっ」


やおらおばちゃんが、その巨体でケヴィンに抱きついたっ!


ほぼほぼ肉で、ケヴィンが埋まってしまい、なんとも苦しそうだ。


そしてそのまま、道のど真ん中で、世間話を話し始めるおばちゃん。



「なぁアンタちょっと。、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟の件、どうなっちまったよ~。あたしゃヴィエッタ様が心配で心配でさぁ」


(嘘の臭い。しかしブルーブラッド、ね。)


幾度か出たワードだが、気になる言葉である。


(レナが無敵とか言ってたな。どういう意味だ?)


「う~ん、難しい状況……かなぁ」


肉に埋まりながら、ケヴィンは答える。


「どうせあの……」


あたりをおばちゃんが見渡す。


「レナ様が、騎士団の横暴を煽ってるんだろう」


「あはっ……。アハハ」


耳打ちされる言葉に困ったように、ケヴィンが笑う。


考え込むジキムートをよそに、おばちゃんの話は続く。


「負けないで欲しいね全くぅ。ここにゃあロクな地産品がないんだ。騎士団がどうか知らないが、あんな偉そうなだけの人間、ほっときゃ良いっ! 皆が敬愛する神様を、勝手にどうこうする権利はないってんだよっ!」


おばちゃんが、目の前の騎士見習いに鼻息荒く、騎士団の悪口を吐き捨てるっ!


「あは……。あはは」


ケヴィンは笑ってごまかすしかない。


「それでさぁ、ケヴィ~ン。その……。悪いんだけど〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″、余ってないかい? 困ってんだよぉ」



本題だろう。


彼女はケヴィンにすり寄るように、あざとく媚びたような困り顔で、聞いてきた。


「えっ……? おばちゃん、配られたのどうしたのさっ!?」


「いやぁ、なんて言うか、どうしても――。どーーしてもっって、欲しがるのがいたからさぁ」


「嘘の……臭い」


ジキムートが鼻をふさぐ。


「うー……ん。困ったなぁ。これは騎士団にも少しだけしか、配備されてないんだよ。あとは、最初に住民に配られた分だけなんだ」


この〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″ははじめ、住民に少しだけ配られていた。


そうでもしないと住民が、〝蜂起″しかねないという危険性。


それが切実だったからである。


「でもさでもさっ。どうせ、どうせだよ? ヴィエッタ様が勝てば、市民にそれがいきわたるんだろうっ!? そうなればアンタもアタシもっ、1個や2個でケチケチする必要もなくなるさっ。あんたはヴィエッタ様の勝利を――。彼女の信念をっ、心から信じてんだろぅ?」


上手くケヴィンの、心の浮わついた部分を突くおばちゃんっ!


「そっ、そりゃ当然さっ! 民を思うヴィエッタ様の心はきっと、大きな力になるよっ」


「民を思う……ね」


その言葉を何度聞き、そして、何度裏切られたか。


ジキムートはその単語には、蕁麻疹(じんましん)が出る程度には、嫌気がさしていた。



「それまでの辛抱さ。なっなっ」


そうぽんぽんとケヴィンの肩を、調子よく叩くおばちゃん。


ジキムートは正直、こういった人間は苦手である。


関わりたくないと思ったせいか、知らぬ間に、現実の距離が離れて行っている。


「うーん。じゃあ1つだけ。2つしか僕も、ないからね」


そう言って何か、曇った青いガラス? のような物を渡すケヴィン。


「おぉっ、ありがとうねっ! かわいい子だよっ、この子はほんとにっ!」


すりすりと頭に抱きつき、撫でまわすおばちゃん。すると……。



「あら、そこのあんたぁっ! 寄ってきなよぉっ」


すると、意気揚々とおばちゃんが、目の前で客に声をかけたっ!


「おぉ」


大声で呼びかけられ、気にもせず立ち止まってしまう旅人。


「ほらほらこれぇ、なんだか知ってるかい? そうっ、そうなんだよ。これがあの、神の水都ディヌアリアから持ってきた宝珠さぁ。どうだいどうだい、キレイこの上ないだろう? ねぇケヴィンっ」


おばちゃんが叫んで、先程ケヴィンから巻き上げたガラス。


それを何か、ブレスレットの様な物に引っ付けるっ!


「う……。うん。そうだね、コロおばちゃん。」


唐突にふられたケヴィンが、困ったように応えた。


ここまで圧倒的で、まるで悪意すら感じる商売根性を見せられ、タジタジだ。


「おぉ……。本当にあのディヌアリアから? あの憧れの聖地の、至上なる水ですかっ!?  なんと……なんと素晴らしいっ! 嘘じゃ、ないよな?」


ニヤリっ。


「それなら、ほ~らここ。きちーんと刻印がしてあるだろう? 間違いないさ」


刻印を示された客の男の顔が、ぱぁっと明るくなる。


そして何度も何度も、見返している。


「そんな儲かるもんなのか? アレを輸入するってのは」


おばちゃんの満面の笑み。


そして、旅人の興味の高さを見て、ケヴィンに耳打ちするジキムート。


こう言っては何だが……。


ただの液体を入れただけの青いガラス。


それを引っ付けた安物だ。


特にかっこいいとも可愛いとも無い。


現代ならば、100均に置いてそうなブレスレットにしか見えない物。


ジキムートが買うなら、魔法処置が施してなければそうさな、20銅貨と言ったところか。



「大きな声じゃ言えないけど――。この輸入と輸出だけでも、あのお城を5倍に改築できそうだって。しかも、この頃流行りの〝別邸″までもが建てられそうだっ! って、はしゃいでたよ、シャルドネ様」


「マジか……」


城を見やるジキムート。


確かに城が5倍になるならば、その額は天文学的だろう。


「でっ……。いくらなんだよこれっ」


「500銀貨」


1本の腕についている、太く皮が突っ張った5本の指を広げ、自信満々に言い放つおばちゃんっ!


大体現代にして、150万位だろうか?


それが適正なのかは、ジキムートには分からない。


ただケヴィンは、驚きを隠せない顔をしていたが。


「えぇ……ちょっ!? そっ、それは高いよおばさん」


だが、言葉と裏腹に客は、そのブレスレットにご執心だ。


ジキムートの見立てでは、もう少しで買うだろう。



「ブルーブラッド……。いやまぁこれは、神とかは関係ないかもしれねえな」


ジキムートは自分の世界を思い出す。


やはり、英雄の真似事をして、頭をバンダナでくくったり。


似たような盾にしたり――。


人間はそういう何かに〝勝手に″力を感じ、願いをたくすのが大好きである。


「何言ってるんだいっ!? これはダヌディナ様の力がこもった宝珠だよ? 彼女はとてもとても面倒見が良いんだ、知ってるだろっ? 昔……はるか前までなら、結婚相談も引き受けてくれたような、愛らしい慈愛溢れるお方っ! その力を込めたんだ、こんくらい当然さっ」


ぴくっ!


「結婚相談……だと?」


その瞬間、ジキムートに戦慄が走ったっ!


「そうそう。ダヌディナ様はとても、人懐っこい神様らしいんだ。一説には人間と婚約していたって話も、ある位なんだよ~。会ってみたいなぁ」


ケヴィンのその言葉に、ジキムートはふと黙りこくる。


「きっとどの神様よりも、あんたの事を守ろうとしてくれるって。そうかそれだっ! それだよ~、それそれっ。神様もあんたの所に行くよう、運命を与えたもうたのさっ! あんたを災いから守るためにねっ。これ買わなきゃ、神様に失礼ってもんよっ!」



そのおばちゃんの言葉の瞬間、ケヴィンの顔色が変わったっ!


「だっ、ダメだ、おばちゃんっ!それは……っ」

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