第21話 黒い国土と神。

「お客さん、フリーとシークレット。どっちで」


「フリーだ」


ジキムートは勘で答えた。


おそらくはフリーは、レベル問わず。


シークレットが、依頼者による審査がある。


厳密には、この受付が審査するのだろうが。



「じゃあこれ――。こんなのどうです? ツエツエ鳥の討伐ですよ」


「へぇ……」


(なめてんのか。って言っても良いが、まぁ良い。今は……な。)


なんとなくの気配だがおそらく、自分が思うレベルの2つほど下だろう。


おおよそ体格でそうなるのは、いつものことだ。


だがもし、元の世界での自分の通り名を知ってれば……。


(まぁ同じ、か。)


頭を掻くジキムート。


そうこう言いつつしっかりと、地図に見入る。


それが本当の目的だ。


どうやらこの大陸、相当に大きいらしい。


海を挟んだ土地も有り、しかも、そちらにも大帝国があった。


(だがどうだ。知ってる土地が一個もねえ。しかも、気になんのはこの黒い所。その周りには、結構な大都市があんのになんで、この部分だけは真っ黒なんだ?)


北にある黒い国土。


名前以外は全く、何も記載がない。


近くの陸地にはまるで寄せるように、大都市らしき物がある。


「ヴェサ……リオ?」


傭兵によぎる、嫌な予感。


「ヴェサリオ総本山がどうしました」


「いや――。気になるなって……よ」


だが、聞かねばならない衝動。


「神が、それをお赦しになりません」


その瞬間、ジキムートの頬に冷たいものが……っ!



「でも確かに、行ってみたいですよねぇ」


「……」


冷汗の感覚が消えていく。


なんとか鼓動も戻った。


「どうなってるんでしょうね~、あそこ。4柱神様は行くな、と。はっきり明言されますし。そしてあの〝予言″とやら。なんとも言えません」


「予言、な」


「高確率で当たるそうですが、なんなのですかね? 時折、4柱神様以外からの、予言とやらが下りますが。少し薄気味悪いのも、ホントの所ですよね~」


「俺の田舎じゃ、ありゃきっと神様だって、話だが。そうじゃないのか?」


「神様~? いや~。聞いたことないですね、そんな輩。予言は、内政干渉から公共工事にまで、口挟んできますからね。……ほんとあの予言、なんなんですかね~」


(明らかに態度が違う。神じゃねえのか。)


受付の態度が、神に対する部類とは全く持って違う。


どうやらヴェサリオとやらには、敬うべき神はいないらしい。


だが、4柱神が行くなという……。


(すっげぇ怪しいんだが。)


その先に、自分の世界があるのかもしれない――。


傭兵は予感する。


(神のない世界がある。なんて知られたら、まずいもんな。)



「おう兄ちゃん、どけや」


考えていると、後ろから声がかかった。


「なんでぇ。可愛らしいお坊ちゃん連れて。お前さんの〝メカケ〟か?」


ケヴィンの顎をこねくり回す、大男。


「なっ……。やめてください……よ」


大きな剣を下げ、上等な鎧を持つ傭兵に、ケヴィンが恐れおののいている。


「すいませ~ん……。お客さんが来たもんで。この頃ほんと、目が回るかと思うぐらい忙しいんですよ。だからもっと立派で、大きな大きなっ。ええ、今まで馬鹿にしてきた奴らが腰抜かすくらいの、立派なギルドにするんですっ!」


嬉しそうに〝馬鹿に″という所に力点を置きながら、受付が拳で力む。


「そう……か。分かった、すまねえな」


ギルドマスターの言葉に従い、ギルドを後にするジキムート。


要は……。優秀で金になりそうな冒険者が来たから、道を開けろ。ということである。


大体は、上の奴の取り分が優先されるのは、いつもの風景だ。


ど~してもなんとかしたいなら、『拳(剣、魔法含む)』で語るしかない。



「あっ、待ってくださいよ~っ!」


半泣きになりながら、ツネリ倒されているケヴィンが追いかけてくる。


そして入れ違いで、大男が受付に言い放った!


「おうじゃあ受付、仕事を頼むっ!」


ドンッ!


「あぁ――」


「……すまねえ」


景気よく机を叩いたせいで、バタりと机が倒れてしまった。











「ヴィエッタ様、水路建設についてですが。水の聖地からの直通で引くには、どうしてもこの、ホルプキンズ家を通らなければいけないようです」


ヴィエッタに進言する執政。


ここは、シャルドネ邸の一室。


さしずめ会議室、と言った所か。


「ホルプキンズ……? どこかで聞いたわね。ですがそれなら、わたくしが何とか折衝しましょう。水路が無ければ、聖地からの物資を運ぶ運賃が、馬鹿にならないものね」


ヴィエッタが執政に答えた。


彼女は今、複数人の執政と折衝している。


議題は、今後の聖地運営について。


一様に真剣だった。



「ですが水路建設時も、当然その後も。山賊や海賊、それにモンスターなど。多様な問題に、今後も悩まされるかと存じます。今の騎士団の規模では、とてもとても。例え傭兵を多数動員しても全く、警備防衛の手が届かないかと」


「ふぅ……。そうねぇ。何せ聖地からの物品、言うなれば、金塊と同じ物を積む事になるのですもの。常に狙われてしかるべき、よ。」


執政の言葉に、彼女が頭を抱えて考え込んだ。


そして独り言のように、解決策の案を口に出すヴィエッタ。


「水路を維持するに値する騎士団、ね。そんなもの王族、もしくは最近できた〝軍″とか言う物以外は、難しいでしょう。ですが軍は今は、使えないわ」



経済的に、聖地からは色々な物を運んで来なければならない。


物品のみならず人の輸送としても、水路は必要だった。


この時代の陸路は、非常に交通の便が悪かった。


馬やロバを使っても、1日せいぜい7里くらい。


大体30キロくらい進むので、限界だったのだ。


それに対して水路は、直通に近ければ、1日60キロは進めた。


「陸路を広げると言うのは、どうでしょうか? 恐らくは、同じくらいのコストになるかと」


「しかし陸路となると、馬やロバを飼っておけるだけの、別の財力が必要になるわね。それか、専門の業者を頼むか。だけれどもその代金は決して、安くないわ」


金塊を運ぶ機能を作る前に、インフラ整備に莫大な予算が必要。


どんな時代にも、こういった問題は起こる物である。


そして更に、この中世の時代ならば――。



「しかも、自分の子飼いですら怪しいのに、他の業者に金塊を運ばせるなど……。ふふっ。あまりに非効率的かしら」


「そうです、ね。こう言っては失礼ですが――。我が騎士団ですら怪しいと、わたくしは率直に申し上げておきます」


その辛らつな執政の言葉に、ヴィエッタが笑った。


この時代の他人と言う物。および、商売人と言う物に信用は全く、微塵もない。


商売人と取引すれば10中8、9。ぼったくられるのは常である。


こんな状態で、金塊にも似た物を業者に運ばせれば――。


出発した時は山のような黄金も、目的地に到達した頃には恐らく、ズタ袋一杯くらいまでになってしまう恐れがあったのだ。


その上――。


「それに、あの馬車と言う乗り物。あれは本当に、地獄のような物よ。腰が痛くなるわ、眩暈がするわ。私も小さい頃に乗らされたのだけれど、本当に……ふぅ。あれは、最悪でした」


ヴィエッタが顔を隠して、苦しみを語る。


この時代の馬車には、衝撃吸収用のサスペンションが無い。


その揺れは、常人では耐えられない程の苦しみを得る、そんな事で有名な乗り物だった。


しかも、めちゃめちゃに乗車料金が高いのだ。



コンコンっ!



「よろしいでしょうか、ヴィエッタ様」


「何かしら?」


「新設のギルドと、その税に対する報告なのですが……」


「お父様はどうなされたの? 内政については、お父様に任せてありますわよ?」


ヴィエッタが問うと、その来訪した執政が口どもりながら続ける。


「それが……。あちらも手いっぱいでして。何せ、この地が聖地を取得してからと言う物、来賓がひっきりなしになっています。友好を求める者からその――」


「どうせ先物投資やら、鉱山開発への誘いとかでしょうね、全く……。お義母様はどこへ?」


「さぁ。申し訳ありませんが、分かりかねます。一応レナ様はこの後、最重要のご来賓があるとの事。お仕度なされると聞き及んでいますが」


「そう。仕方ないわね、喫緊の問題ですもの。そこでお待ちなさい。わたくしは少々外しますわ。休憩にしましょう。そのあとよ」


「はい」


そこに居た数人の執政に言い、ヴィエッタが疲れた様にフラフラ……と、その場を後にした。



バタン。



「最重要の来賓、ね」


部屋から出ると、ヴィエッタが目を細め……。


何かを考えこむ。

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