Ep.18 漠然とした不安
会議に使った馬車を処分し、王家のお二人も無事お城に帰られた後。帰宅前に一度立ち寄ったギルドで、私達3人をメイソンさんが待ち構えて居た。
「おぉ!来たなお前ら!!何か大変な事になっちまったらしいじゃねぇの」
とにかく入んな!と通されたのは、ギルド唯一の来賓室……の、本棚裏に隠された、極秘任務時のみ使用されると言う隠し部屋だった。
例の如く、説明を受けるより先に起動スイッチを偶然触ってしまい一足先に隠し部屋に飛ばされた私を抱き寄せ、ガイアがひと言。
「……お前もう一人の時に本棚触るの禁止」
「はい、すみません……!」
魔法の世界の本棚は、隠し扉の代名詞なのだ。
「俺はもう34年ここに登録してるが、王族直下の依頼状を見るのは初めてだぜ……。預かったからには渡すが、本当に大丈夫なのか?」
メイソンさんが躊躇いがちに差し出した、国章の蝋印で閉じられた封筒。それを両手で受け取りガイアに流しながら、レイジさんが頷く。
「あぁ、話はついてるし、ヤバイと判断した時点で少なくともガイアスとセレスティア嬢には手を引いて貰う。元はオルテンシアのお国事情だからね。解決まで巻き込んだりしないよ」
「なら良いが……すまねぇなぁ。他所から来てくれたってのに、国の嫌な面ばっかり見せちまってよ」
「あっ……!」
「……どんな土地にも、善し悪しはあって当然だ。大切なのは本人の資質だろう、俺は貴殿等の嫌な面など見せられた覚えは無いが?」
穏やかな声音でそう告げて、わざとらしく『あぁ、レイジの軽薄さだけは別か』と明るく笑い飛ばしたガイアに、メイソンさんが目頭を押さえた。
「ーー……あんたはまだ若いのに人格者だなぁ、面目無ぇ」
隣にかけたレイジさんが、小声で私に囁いた。
「本当、君はいい男を捕まえたよ」
「……!捕まえたんじゃなくて、手を取り合っただけですよ」
縛り付けよう、とは思わない。ただ、支えて合いたいと思える相手だっただけだ。
私の言葉に同意するように僅かに口角を上げたガイアが、受け取った依頼状を開く。
「表向きは昨今頻発している平民の失踪事件の実態調査。しかし本題は、その失踪とヴァルハラによる諜報員の因果関係への探りと言うわけだ……。王太子が狙われた件は良いのか」
「そっちは国が調べてるよ。二人は他国の人だ。怪しまれず関われるギリギリの落としどころはその辺りでしょう」
「そうだな」
下手に火種を撒いて、オルテンシアとヴァルハラ、更にアストライヤの3か国で三つ巴になるような事態は避けないといけない。それに。
「証拠が無いから糾弾はされてないけど、襲撃の首謀をヴァイスだと下衆な勘繰りしてる奴らも居る。俺は当面そっちの冤罪の阻止に回るから」
そして、内情が安定するまでしばらくはヴァイス様、リアーナ様とレイジさんは、私とガイアに接触しない旨を伝えられた。
私達はアストライヤの公爵家。表だって他国の陰謀に立ち向かう訳にはいかないのだ。
(でもこの流れ、いかにも乙女ゲームのイベントでありそうな流れだよね……。アイちゃんなら何か知ってるかも)
後で連絡してみよう。そう考えてる間に更に話は進み、とりあえず私とガイア、レイジさんは明日から街で情報収集に回る事になった。そして今度こそようやくついた帰路にて、レイジさんが私の膝上を指差す。
「ところでさっきからずーっと気になってたんだけどさ、それどうしたの?」
“それ”と指し示されたのは、ガイアと合流する前に道端で拾った黒い風呂敷包み。わ、忘れてた……!
「衣装屋さんに仕事を納めた帰りに人とぶつかって、その方が落とされていった物なの。どうしたらいいかわからなくてそのまま持ってきてしまったんだけど……」
「そうだったのか。俺はてっきり次の依頼を貰ってきたのかと」
ガイアがそう思うのも無理はない。触った感じ中は布地のようだし。
「もしかしたら他の人が受けた衣装の依頼かもね。落とし物として騎士団に届出る前に中身見てみようか」
「あっ!おい、勝手に開けたら流石に……っ」
ガイアの制止も虚しく、はらりとほどけた黒い風呂敷。中から出てきたのは、包みとは真逆の明るい色柄の布地と、子ども服用のデザイン画だった。
(なんだ、本当にただの依頼だったんだ……)
何か危険なものだったらと一瞬身構えた分、拍子抜けしてしまった。
その布地を調べても異常はなくまた中にまだ未受理の依頼届けが一緒に入っていた事から、結局その風呂敷は衣装屋さんに返しに行ったのだけれど、『急ぎのご依頼なので出来たら引き受けて貰えないか』と、私が縫う流れになってしまったのでした。
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「こうして聞き込みしてみると、想像以上の被害だな……。他所の政に口を出す気はないが、これだけの不明者が出ているのに国は何をしていたんだ」
調査の結果、現在この城下町で失踪している人数は既に30を超えていることが判明した。それも、ここ半年と言う短い期間でだ。
「父上に近衛騎士団の友人が居るから聞いてみたんだけど、どうやら行方不明者の話題自体がそこまで届いて居なかったらしいんだ。失踪届けが出された数件も何故か数日経たずに撤回されてるから尚更ね」
「と、言うことは騎士団の中枢に間者が居る可能性も考えないといけないな。失踪者の内8割が働き手に適している年若い男女である辺り、益々きな臭い。十中八九ヴァルハラが絡んでいると見て良さそうだが……」
「問題はどうやって操った人々をこの町から出したかよね。出入口である4ヵ所には必ず魔法の門と衛兵が居るのだもの」
オルテンシアでは、国民は身分問わず所在地の名が刻まれたアンクレットを身に付けさせられており、それは溶接されており基本的に外すことが出来ない。これはかつて、オルテンシアがヴァルハラの植民地に近い扱いであった時に拉致事件が相次いだ為に取られた苦肉の策だったそうだ。(※情報提供者は
「あのアンクレットがある以上、本人が自分の意思に反してゲートを抜ければ必ずエラー音が鳴って門が自動で閉まるから門番が気がつかない訳はないし、破壊されたとしてもその壊された地点が必ず住民登録の魔石盤本体に飛んでくる筈……なんだけどねぇ」
ヴァイス殿下の権限でレイジさんがこっそり確かめてきたそこに、アンクレットの破壊情報はなかったとのこと。
「つまり、今のままだと仮に捜索願いを受理しても……本人が自分で居なくなったって事になってすぐに捜索は打ち切られてしまうと思うんだよね」
「とは言え、仮に報酬等の甘言に惑わされた者が居たとしても全員では無いだろう。それくらい考える間でもなくわかるだろうに……!」
悔しげに眉根を寄せたガイアに私達も頷いた……拍子に、手元が狂って刺繍針を指に突き刺してしまった。
「痛っ……!」
「大丈夫か?気をつけろよ」
血がぷっくり膨れた私の指先にハンカチを当て苦笑するガイアを茶化すように、レイジさんが頬杖をつき膨れっ面になる。
「見るっっからに堅物なのになぁ、見せつけてくれるじゃん。良いな~」
「やらんぞ」
「おー、お熱い事で。こりゃ将来はさぞ大家族だろうねぇ」
レイジさんの最後のひと言に、ガイアの手元からカップが落下する。驚きながら片すのを手伝う私達に謝るその横顔が暗いから、漠然とした不安が胸に広がった。
~Ep.18 漠然とした不安~
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