Ep.16 ずるい人

 丁度魔法学園の校舎と町外れに位置するギルドとの中間の位置には、地元の方々で賑わうアーケードみたいな所がある。以前レイジさんが言っていた“流行りの喫茶店”があるのもここだ。

 ギルドに加盟してから早二週間。学園の生徒もよく訪れると言うその喫茶店で、仕事終わりに落ち合うのが休日の流れになりつつあった。


「はい、依頼の舞台衣装10着、確かにお受け取り致しました!こちらが報酬になりますので、金額をお確かめください」


「えぇと……はい、間違いないです。次の仕立て物は何かありますか?」


「いえ、今週はございませんね。また依頼が入りましたらご連絡致しますよ。セレスティア様の刺繍した物は、どれも依頼主様から絶賛されているとオーナーから伺っておりますので」


「まぁ……恐縮です」


 いつも笑顔が素敵な城下で一番大きな仕立て屋の受付のお姉さんに見送られ、その足でいつもの喫茶店に向かおうとした時。裏路地から飛び出してきた誰かと衝突してしまった。


「わっ……!」


「きゃっ!ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?お荷物汚れちゃいましたね…………あら?」


 肩に強い衝撃を受けよろけた私の前に、鈍い音を立て落下する黒い包み。拾って砂を軽く払い相手に返そうとした頃には、ぶつかった彼女は私に背を向け走り去っていく所だった。

 遠目にもわかる乱れた服装と焦った様子に、まさか賊にでも追われていたのかと彼女が飛び出してきた裏路地を覗き込む。けれど、そこには愛らしい野良猫がたむろしているだけで、人影は一つも見当たらなかった。


(ってことは、用事でもあって急いでたのかな……?)


「これ、どうしよう……」


 道端で布包みを抱えた私の呟きに、答えてくれる人は居なかった。













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「いらっしゃいませ、いつものテラス席へどうぞ!お連れ様がお待ちですよ。後で新作のケーキをお持ちしますね」


「ありがとうございます」


 元々接客の評判が良いとあって、常連になった頃にはお店の方にすっかり顔を覚えられ手厚いサービスを頂くようになってしまった喫茶店で、これまた馴染みになった南側のテラスの一席に向かう。

 柔らかい日差しの中、ラタンのソファーに凭れたガイアがひとりグラスを傾けていた。

 歩み寄ろうとすると、自然と周りの席からの囁き声が耳に触れる。


「ねぇ、あの一番日当たりの良い席の人素敵よね。あんな綺麗な髪の方、なかなか御目にかからないわよ」


「所作もお綺麗だし身なりも良いから貴族か大きな商団の方かしら?目の保養よね。大抵決まった曜日にいらっしゃるし声をかけてみましょうか、是非御近づきになりたいわ」


 うっとりとした様子の年若い二人組のその声にそうでしょうと嬉しい気持ちが半分。半分は不安になりながら席に着くと、魔道書を閉じたガイアが顔を上げた。


「ごめんなさい、待たせちゃった?」


「いや、そうでもないが珍しいな。いつもはセレンの方が早いのに」


「それが、来る前に道端で人とぶつかってしまって……って、そう言えばガイア一人?レイジさんは?」


 今日は海岸に住み着いたクラーケンの討伐任務だから、雷属性が得意なレイジさんと一緒に向かった筈なのに。と、疑問を口にすると、ガイアがあからさまに拗ねた表情を浮かべた。


「なんだ、たまには妻と二人きりになりたいと思ってご遠慮頂いたのに、不満があったのは俺だけか?」


「へっ!?あ、あの、それは……」


「それは?」


 悪戯っぽく笑ったガイアの手が、卓上に投げ出していた私の指先を絡めとる。何故ただ微笑んでるだけでこんなに妖艶なのか……!


「わ、私も、二人で過ごせる時間は嬉しい、です…………」


「……ふっ、夕陽にも負けない赤さだな」


「が、ガイアがからかうからでしょ?」


 ふいっと顔を背けたら、丁度さっきガイアを見て噂していた女の子達と目があってしまった。気まずそうにその二人が立ち上がったのを受けて離れていったガイアの手に、彼の思惑を理解する。


「……ずるい人ね」


「失礼だな、俺はただ自慢の妻をすこし見せびらかしただけだが?」


 嘘つき、虫除けに使った癖に。なんて、照れ隠しに悪態が出ちゃうあたり私もアイちゃんの影響受けてるなぁ。


「そう拗ねるな、言った言葉は全て本心だ。……嫌か?」


「ーー……やっぱりずるい人だわ」


 嫌なわけ無いじゃない、と。蚊の鳴くような小さな私の呟きをきちんと聞き取って、ガイアは満足げに笑った。







 ガイアがパチンと指を鳴らすと、急に周囲のざわめきが消えた。風の魔術の応用の防音魔法の合図だ。これで、私達の会話が周りに聞かれる心配もない。


「でも、色々お世話になってるんだしあんまりレイジさんのこと邪険にしちゃ駄目よ?いくらル……るー君に似てるからって」


「久々に聞いたなその響き。まぁ正直二人きりになりたかったのは本音だが、レイジに直接そう言った訳じゃない。ただヴァイス殿に呼び出されたからと城に行っただけだ。ヴァイス殿は人目を嫌がってここへは来ないから」


 なんだ、そう言うことか。言われてみれば彼等は幼馴染みらしいし、それに……。


「城にはあいつの愛しの姫君が居るからな、喜び勇んで駆けていったぞ」


「そうでしょうねぇ」


 その光景が目に浮かびすぎて笑ってしまう。あの一途さと毎日ガン無視でもめげない精神力、見習いたい。


「それに、この二週間で提示されていた高ランクの依頼は軒並み片してしまったから、どうせ来ても次の仕事の話し合いは出来ないからな」


「それは貴方がこなす速度が早すぎるからよ……」


 ギルドに掲示されるゴールドランク以下の依頼は、必ず範囲が箇所ごとに定められている。あまりに遠すぎると遠征費などがかかり報酬計算が複雑になるからだ。

 そんな訳で、基本的に1ヵ所のギルドに集まる高ランクの依頼は多くても2~3ヶ月で十件程。

更に本来難しい任務なので長期に渡る物が多く、半年がかりで5件も片付けばいい方らしいのだ。通常ならば。



 しかし、今ガイアの手元にある任務解決の証の記章は既に9個目だ。まだたったの二週間しか経ってないのに!いくら規格外でも張りきりすぎ!!


「ん?だって一応新婚旅行中だぞ今。1日以上妻の顔が見られないだなんて絶対にお断りだ」


「~~っ!?」


 真っ直ぐ過ぎる返答に、ようやく引いてきていた顔の熱がぶり返す。だからって、本来ひと月かかる依頼を半日で済ませたのは流石に無茶し過ぎでは……?


「……頑張りすぎて怪我なんかしてきたら泣いちゃうんだから」


「あぁ、それは困るな。気を付けよう」


 穏やかに笑みを浮かべたガイアの手が子供をなだめるように優しく私の頭を撫でた。


「しかし参った。プラチナの依頼を受ける為のクリア条件まであと一つなんだが、ここへ来てうち止めとは……」


 無い仕事は受けようがないものね。すぐに追加のシルバー、またはゴールドランクの依頼を受けるなら、他の地方のギルドに行くしかないだろう。


「いや、そうでもないかもよお二人さん!」


「えっ!?」


「レイジ?どうしたんだ息を切らして」


 軽く息を切らし飛び込んできたレイジさんが、会計係に小さめの金貨の袋を放り投げてから私達を店から引っ張り出す。『良いから乗って!』と放り込まれた古い貸し馬車には、ヴァイス殿下とリアーナ王女がお揃いで先に乗っていた。


     ~Ep.16 ずるい人~




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