Ep.81 思わぬ再会

「さぁ、お選びください」


 目にも止まらない速さでシャッフルした二枚の刺繍カード。それを裏面を上に丁寧にテーブルに並べ、ディーラーが手を広げて見せた。


「ーー……」


 先ほどまでガヤガヤしていた周りも静まりかえった嫌な空気の中、まじまじと並んだ二枚の裏面を見つめる。そして、『怖じ気づきましたか?』といやらしく弧を描いたディーラーの目を見据えた。


「いいえ、怖じ気づいたのではなく、これを選ぶ意義がなくなったのです」


「……?ちょっとセ……っ、いえ、お嬢様、一体何を……」


 控えていた位置から口を挟もうとしたるー君の唇にそっと人差し指を当てて制し、右のカードに手を伸ばす。ひっくり返して現れたのは、見事なまでの月の刺繍。


「おや、外れですね。あれだけ啖呵を切ったわりに、残念な結果で……」


「まだわたくしの話は終わってませんよ?」


「ーっ!待っ……!」


 焦りを誤魔化すよう口早に捲し立てようとしたディーラーの先手を取って、左側のカードを高く掲げる。片側が月だったのだからこっちは太陽の絵柄の筈だ。だけど、現れたのは先にひっくり返したカードと瓜二つな、月の絵柄だった。


 観客がカードの絵柄についてざわめかない辺りを見ると、彼等もグルだったんだろう。


わたくしは『絵柄の違う二枚のカードから正しい方を選ぶ』と言う条件の元で勝負をお受けしました。それなのに、二枚とも外れの柄にすり替えるだなんて契約違反ではなくて?……るー君」


 小さく名を呼ぶと、はっとした様子のるー君が手早く魔法薬ポーションの小瓶を回収した。


「『不正はない』と宣言した勝負でディーラーが不正を働いたのだから、当然罰は必要だよね。詫びとしてこれは頂くよ?」


「…………っ、何故わかった……!今まで、このカードの違いを見抜いた者は居なかった!」


「簡単なお話ですわ。私、お裁縫が趣味なんです」


 そう言いながら踵を返し、しっかり目当てのものを確保したるー君の隣に並び立つ。

 確かに、トリックがシンプル過ぎる上に魔力や技術の絡まないイカサマだから、逆にこれまでの挑戦者には見抜かれなかったのかも知れないけど。どんなに同じ職人に同じように縫って貰った瓜二つな刺繍でも、慣れた人間が本気で目を凝らせば違いは見えてくるものだ。ガイアに初めて出会った日から、来日も来日もさまざまな刺繍を学び続けたこの目を欺こうなんて百年早いんだから!


「……裁縫の得意な、薄紅色の髪の華奢な娘……。そうですか。貴方ですか……」


(……っ!まずい、流石に勘づかれた!)


 ボソボソしたディーラーの呟きに、カウンターやテーブルで酒を煽っていた屈強そうな客達がガタガタ椅子を鳴らし立ち上がる。るー君に手を引かれ私達がその場を飛び出すのと、『その女だ、捉えて公爵令嬢に突き出せ!』と言う叫びは全くの同時だった。













ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「……はぁっ、やっと撒いたけど、しつこいなあいつ等。にしても、裁縫なんて如何にも貴族のお嬢さんらしい趣味がこんな形で役立つとはね、お見逸れしたよ」


 木々の間を走り抜けながらのるー君のその言葉に苦笑を返す。

 兵士に見つかった時用の緊急脱出魔方陣を使って飛び出した先は、王都の北側の深い森だった。ただ、先日ナターリエ様達と対峙したワルプルギスの森みたいな複雑な森じゃない。あちらは人数も多いし、このままじゃ見つかるのも時間の問題だろう。


「何ぼさっとしてんの、さっさとそれ脱いで!」


 近場に見つけた小屋の一室に放り込まれてそう言われたってもう驚かない。潜入用の派手なドレスのままじゃ目立つから着替えろってことですね。わかってますよ。


「着替えたよ!けど、追われてるのに仮面外しちゃって大丈夫だったかな」


「問題無いよ、あいつから貰ったブローチちゃんと持ってんでしょ?」


「どういうこと?」


 首を傾ぐ私を他所に、るー君は小屋裏の厩舎にいた馬を手名付けつつその手綱の長さを調整し出す。どうやらここはこの森に暮らす木こりさんのお宅のようだ。勝手にお邪魔してすみません家主さん……!


「そのブローチにはガイアスのかけた“認識阻害”の魔術がかかってる。それつけてりゃよっぽどのことがない限り敵には君がセレンちゃんだってわかんないんだよ。実際カジノで公爵家の子飼いと顔合わせた時もばれなかったでしょ?まぁさっきのディーラーは勘が良いから外見じゃなく情報から見抜いたみたいだったけど!」


 あぁ、だからあの仮面の男達にはあんなに間近で会っててもスルーされたんだ。


「ガイア……、離れてても守ってくれてたんだ……」


「そりゃ全力で護るでしょうよ、十数年ぶりに見つけた初恋の相手じゃね」


「へっ!?」


 驚いて弾かれたように顔を上げた私に、るー君が調整した手綱を握らせる。驚いてる間もなく抱えられ、馬の背に乗せられてしまった。


「確か馬は乗れたよね?このまま逃げててもいたちごっこなだけだし、二手にわかれよう。俺はあいつ等の囮になるから、君は先に森を抜けて」


「……っ、囮なんてダメだよ!逃げるなら一緒に……」


「その小柄な馬一匹で?2人乗りなんかしたら速度が落ちて結局捕まるだけだよ」


「だけど……ーっ!」


 耳を掠めた追手の男達のダミ声に咄嗟に口をつぐむ。かなり逃げたのに、まだこんなに近くに……!


「さぁ、俺もあいつ等片したら追い付くからさっさと行って!それから、はいこれ!!」


 馬が走り出すそのタイミングに合わせて胸元に押し付けられたのは少し古びた桜の刺繍のポーチ。これ、新しく縫い直した方じゃない。学生だった頃に校内で無くした奴だ。


「待って!?なんでるー君がこれ……っ」


「話は後だ、いいからさっさと行け!ポーチの中の地図の先に、その魔法薬の正しい使い方を知ってる人が居るから!」


 聞きたいことは多々あれど、風を切るように走り出した馬は止まらないし、立ち止まっている時間もない。同じ柄の2つのポーチを抱き締め、後ろ髪引かれる思いを振りきるようにその森から脱出した。


(待っててねガイア、今度は私が助けに行くから……!)











(もう半日以上経ったわ。うちの領地にかなり近そうな場所だけど、こんな道知らなかった……)


 ガイアと出会った森とは反対側。海に近い方の崖を抜け、たどり着いたのは白樺のような白い幹の木々が並ぶ不思議な森。どうしよう、るー君のくれた地図だとこの道で間違いない筈なんだけど、不安になってきた……。


「……っ、やっぱり引き返し……きゃっ!」


 と、振り返ろうとした途端に吹いた強風に煽られて舞った花吹雪が目に入ってしまった。痛みと反射的に顔を押さえた為に手綱を離したことで体勢を崩してしまい、馬の背中から転げ落ちる。ぼふんと落ちたその場所の花に、見覚えがあった。


「あれ、いつの間にこんな花畑に……?それにこのお花、ガイアのお祖父様達のお墓の花畑のと同じ……」


「おやおや、懐かしい魔力を感じて来てみればこれはまた嬉しい誤算です。よくここにたどり着けましたねぇ」


「……!」


 舞い上がった花びらの先から聞こえた、少ししゃがれた、でも聞き覚えのある優しい声。聞き覚えのある声音と口調に、ある期待が膨らむ。その期待を裏打ちするように、開けた視界の先に立つ老人の、それでも色褪せない白銀三つ編みがそよ風に揺れる。


「お久しぶりですセレスティアさん。といっても、こんなに老け込んだ姿では誰かわかりませんかね」


「わからないわけないじゃないですか、サフィールさん……っ!!」


 溢れそうになる涙を拭って、その懐かしい人に飛び付く。年老いても尚美しい顔で、サフィールさんが優しく笑った。


   ~Ep.81 思わぬ再会~


  『 その懐かしい相貌は、年老いてもまるで損なわれないままでした』

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