Ep.34 『受け止められますか?』

 翌朝、私達は改めてガイアのお祖父様のお屋敷の調査にやって来た。前回の道中は散々ハプニング続きだった為、今回は現地集合。

 すでに研究者の皆さんもお屋敷の敷地内に散り散りになって調査に当たっているけど、元からあまり使っていなかった箇所が古くなっている以外めぼしい異常もないみたい。それは多分、良いことだ。だけど同時に、このお屋敷が安全と言うことは……ガイアが今日にでも我が家を出て行ってしまうと言う意味でもある。

 その事に焦って朝から何度も話しかけようとしてるのに、ガイアは朝から一応屋敷の持ち主と言うことで研究者さん達からあっちにこっちに引っ張りだこでちっとも捕まりやしない。


 私が今日彼と交わした言葉は、お昼御飯に作ってきたサンドイッチを皆に配り歩いた際の


『どの味がいい?』


『じゃあ今日はハムチーズかな』


 だけである。これが別居前最後の会話なんて虚しすぎる、侘しすぎる!いくら片思いってったって、もうちょっと他にあるでしょ!?


「しかも私だけお屋敷の中自由に歩かせて貰えないし……!」


 そう。私が今出入りを許されてるのはすでに調査が終わって安全だと確認済みの部屋だけ……。ガイアにもついさっき、『鍵が開いている部屋なら自由にしていいから今日はゆっくりしていろ』と言われてしまった。万が一のトラブルと、調査に来ているマークスさんとの鉢合わせを心配してくれての配慮だとわかっているけど、この除け者感は『お前に任せられる調査はない』って言われているみたいでちょっと落ち込む。私だって、何か役に立ちたいのに。


 現実は、ただ好きにしていいと言われた階の廊下をブラブラ歩くだけ。窓の外では、若い研究者さん達が目を輝かせて何かの数値を庭で測っていた。いかにも『仕事してます!』って感じの彼らを、揺れるカーテン越しに見るだけの私。あぁ、虚しい……。


「……あれ?何だろうこれ、焦げ跡……?」


 指先で何の気なしに触れた、木彫りの窓枠。そこに妙な焦げ跡があることに気がついた。よく見ればこの窓と左右の壁だけ色が違う。多分ここだけ新しいんだ、壊れて修理でもしたのかな?まるで竜みたいな形をしたそれが気になって、もう一度指先を窓枠に伸ばす。


「ーっ!そこに触れちゃ駄目だ!!」


「きゃっ!?」


 焦げ跡に指先がつくより先に、強い力で腕を引き寄せられた。突然の事に驚く私を見下ろして、手首を掴んだままガイアが『間に合った……』と安堵したように息をついた。

 辺りには丁度誰も居ない。ようやく二人きりで話せるチャンスが来たけど、ガイアのただならない様子にたじろいでしまう。


「ごめん、触っちゃ駄目な物だった……?」


「……駄目、ってことは無いけど。無闇に触れない方がいい。それは……ただの焦げ跡じゃないから」


「……?どうしてそんなことわかるの?」


 反射的に聞き返した私に、今度はガイアが戸惑いを浮かべる。


「……この傷跡をつけたのは、俺だからな」


「ーっ!?」


 今度は私が戸惑う番だった。ガイアがここにいた当時はまだ10歳、ほんの子供だ。その子供が、窓枠一個まるごとどころか壁まで直さなきゃいけないような傷をつけるだなんて、腕力での破壊じゃまずありえない。つまり……と浮かんだ予想を肯定するように、ガイアが窓枠に指を這わせながら頷いた。


「引き取られてすぐの頃、魔力の扱いミスで破壊した。……だから言ったろ、俺の側は危ないんだよ」


「そんな事……っ」


 『無いわ』と言う前に片手で口元を塞がれた。ガイアが私の頭をポンと叩いて笑った。その顔はとても、寂しそうに見えた。


「とにかく、あんま無闇に動き回るな。寝室かどっかで大人しくしてろよ」


「あっ、待って!」


 自分の言いたいことだけ言って、ガイアの手が私から離れてく。失った温もりにズキンと胸が傷んだ。


 冷たくされた訳じゃない、意地悪されたわけでもない、優しい拒絶が……すごく寂しい。


「……っ!」


 ぽつんと取り残された廊下で、自分のほっぺたをパンッと両手で叩いた。弱気になるな!ちゃんと話すって決めたでしょ、私!


「ガイア待って!!って早っ!」


 離れていくガイアの背中を小走りで追いかけるけど全然追い付かない。速い、速いよ!ガイアのが足が長いから!?普段一緒に歩くとき、もしかして歩幅合わせてくれてたのかな……。


(……っ、感傷に浸るのは後!絶対逃がさないんだから!!!)









 ……なんて思っていた時期が、私にもありました。


 ガイアを追いかけだしてから早一時間。階段を上がれども下がれども、右に曲がれども左に曲がれども丸切り同じデザインの廊下にガックリと膝をつく。


「ま、迷ってしまったわ……!」


 闇雲に走り回ってたせいで、最早ここが何階なのかすらわからない。っていうかこのお屋敷、廃墟なのにうちの数倍は広いんですよ。なにこの広さ!迷路屋敷か!!


「結局ガイアにも逃げられちゃったし話し合いも出来ないし、マークスさんしつこいしソレイユには『今日中に仲直りしてこないと姉様の結婚式にガイアさんのこと最前列で招待しますからね』とか脅されるし……もーヤダ!!!」


「ぶっ!!!」


「……え?」


 怒りに任せて天井に突き上げた拳が何かに当たった鈍い音と声に振り返ると、赤くなった鼻を抑えて苦笑いしているサフィールさんが居た。


「きゃーっ!ごっ、ごめんなさいごめんなさい!!大丈夫ですか!?」


「はは、何、これくらい大したことはありませんよ。愛らしい見かけによらず、意外とお転婆なんですねぇ」


「うぅ、すみません……!」


 ダメージのせいで鼻声になってるにも関わらず笑って許してくれるサフィールさんに、もう平謝りだ。本当に申し訳ない……!!


「まぁまぁ、そんなに落ち込まないで。それより、こんな場所にお一人でどうされました?」


「あ、実はその、ちょっと迷子になっちゃって……」


 建物の中で迷子だなんてちょっと恥ずかしいけど素直にそう答える。笑われるかと思ったけど、サフィールさんは辺りを見回しながら『無理もありませんねぇ』と頷いた。


「この屋敷の建築法だと外観はもちろん、内装も全てどこから見ても同じになるよう統一されていますからね。室内はさておき、廊下だけでは見分けがつかないのも仕方がないでしょう」


「そうなんですよ、壁紙も扉も電飾も何もかもみーんな同じだからもう訳わかんなくなっちゃって!!何でこんなややこしい作りにしたんですかね……」

 

「エトワール侯爵……つまり、ガイアス様のお祖父様の趣味でしょう。きっちりしたのがお好きな方だったようですから。どの部屋の書物も頭文字順に、刊も数列を揃えてきっちりと整頓されていましたし」


 サフィールさんの説明に納得しつつうなだれた。血筋かぁ、ガイアも結構几帳面だもんなぁ……!


「しかし、見分けがつかずお困りならガイアス様についていてもらえば良いでしょうに。ここは彼の実家なのだから。何故ご一緒じゃないのですか?」


「あ……、実は今、避けられちゃってて…………」


 嫌味とかでは全然なく、心底不思議そうに聞いてもらえたことに気が緩んで、私は昨日のすれ違いからついさっきの焦げ跡の件についてまで余すことなくサフィールさんに話してしまった。


 全てを静かに聞いてくれたサフィールさんが申し訳なさそうに美麗な相貌を曇らせる。


「うちの馬鹿……失敬。所長が火種でまさかそんな事態になっていたとは……、本当に申し訳ございません」


「いっ、いえ!誤解はそもそも私のせいですしサフィールさんが謝ることないですよ!それより、何とかして誤解を解いてガイアに出ていかないでほしいだけなのに、どうして上手くいかないんでしょう……。どうしたら良いのか、もうわからなくて……」


 壁にぐったり凭れながら思わず愚痴るように呟いた私の頭に、ポンとサフィールさんが手を乗せる。


「人間、どんなに親しくともたまにはすれ違いがあるものです。考えても考えてもどうしても打開策が出てこない時は、直接聞けばいいですよ。彼が“何故”、貴女から離れなければならないと思ったのか。そして、本当はどうしてほしいのか」


「直接……?話して、くれますかね?」


「それは貴女方の気持ち次第ですが、聞くならばセレスティア様も、覚悟は決めておくべきでしょうね」


 その言葉に、首を傾いだ。

 サフィールさんが、『私が話したことは内緒ですよ』と声を潜めて耳打ちをしてきた内容にびっくりして、同時に納得した。

 強くて、優しくて、ちょっと突っ走りがちで、ちょっと口が悪くて意地っ張りな彼が、“今”私たちを突き放そうとしてる本当の理由。


「さて、とっくにご存知でしょうが、彼は普通の人ではありません。抱えてきた痛みは既に、一人では受け止めきれない量なのでしょう。貴女は彼自身ですらもて余しているそれを聞いたとき、きちんと受け止められますか?」


 メガネ越しにサフィールさんの鋭い双眸に射ぬかれる。躊躇わずに、頷いた。

 にこっと笑って、サフィールさんが一番近場の部屋の扉を開く。


「良い子です。ご褒美にガイアス様を呼んできましょう。この部屋で待っていてください」


「えっ!?でもお仕事中なのにそんな……っ」

 

「元はと言えば原因はうちの馬鹿ですからね、これくらいはさせてください」


 そう言い残してサフィールさんは去っていった。

 また迷子になっても困るので、サフィールさんに指定されたその部屋で大人しく待つことにする。

 毛足の長い真っ白い絨毯が敷かれたそこは、どうやらこのお屋敷の女主人……つまり、ガイアのお祖父様の奥様のお部屋なようだった。


「ガイアがお屋敷に来た頃にはもう亡くなられてたって聞いたけど、お部屋は綺麗なままだ……」


 もちろん古くはなってるけど、古び具合が他のお部屋とほぼ同じなのはきっと、ガイアのお祖父様が奥様亡きあともここを大切に手入れしていたに違いない。愛だなぁと感慨にふけって、ふと違和感に気づいた。壁際にある本棚だ。


「おっかしいな。他の本はきちんと順番に並んでるのに、この小説だけ巻がバラバラだ……」


 変だなぁ、サフィールさんはどこの本もきちんと整頓されてたって言ってたのに。

 他がきっちりしてる中一ヶ所だけぐちゃぐちゃだと却って気になるしどのみち暇なので、順番通りに並べ直すことにした。


「よし、これで終り……っと」


 コトンと12冊目の本が隙間に収まる。妙な達成感に浸った瞬間、足元がふわっと輝いた。


「えっ、何!?」


「おいっ、セレンどうし……うわっ!!?」


 びっくりして下を見る。部屋の床一面に広がる魔方陣にも、飛び込んできたガイアの姿に驚く間も無く、ふわっと体が浮遊感に包まれる。


 次の瞬間、私とガイアの姿はその部屋から消えた。


     ~Ep.34 『受け止められますか?』~


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