Ep.23 恋する乙女の“独り言”

 目を開けると、一面の青空が目に飛び込んできた。数秒ぼんやりとして、ハッと思い出す。


「そうだ、私崖から……痛っ!!」


 横たわっていた茂みから飛び起きようとしたら右足に激痛が走った。気絶してぐったりしているウサギを抱き締めたまま、立ち上がれずその場にへたり込む。スカートを捲ってみると、足首からふくらはぎの辺りが青あざで真っ青になっていた。

 道理で痛い訳だ……、これじゃあまともに歩けそうにない。でも幸い足以外はそんなに痛くなかった。今座り込んでるこの茂みがクッションになってくれたらしい。我ながら悪運が強い。


「そうだ、ウサギちゃんの怪我は……!」


 そもそも怪我をさせてしまったこの子の手当てをするために追いかけてきたのだった。ウサギを伸ばした自分の足の上にそっと下ろして、銃弾で傷ついた前足を水筒のお水ですすいでからハンカチで止血する。応急手当の仕方、勉強しておいてよかった。


「でも、確かあの銃弾魔物も倒せる特殊なものだって言ってたな。もっとちゃんとした処置を受けさせてあげた方がいいかも。でも……」


 帰る為の道は上るには絶壁すぎる高い崖の上の先。とてもじゃないけどウサギを抱えたまま上れるような地形じゃない。


「こんなことになっちゃって、ガイア今頃怒ってるかな……」


 『危ないから一人でいくな』ってちゃんと止めてくれたのに、振りきってきてしまった。もしかしたら、怒るのを通り越して呆れられちゃったかも知れない。

 この足の怪我じゃそもそもまともに歩くことも出来ないし……崖上までの距離も長いから叫んで助けを呼んだところで誰かに届く確率はかなり低い。

 ゾクッと背中に嫌な悪寒が走った。


(どうしよう、まともに歩けないこの状態のまま、誰にも見つけてもらえなかったら……)


 このまま餓死、なんてこともあり得るかもしれない。

 一気に押し寄せてきた不安に、ポロッと涙が溢れた。


「もう、泣いてもどうにもならないのに……!」


 でも、拭っても拭ってもポロポロと落ちる涙が止まらない。もう、泣くな私!元はと言えば自業自得でしょ……! いつからこんなに弱くなったの!

 そう自分を叱咤するけど、我慢しきれない嗚咽が漏れてスカートにシミが出来ていく。


「うっ、ぐすっ……、ガイア……」


 このままここで死んでしまったら、もう二度とガイアに会えない。それがこんなに怖いなんて……。


「この一年間だけ側に居られたらいいやって、吹っ切ったつもりだったのに……」


 困らせたくないから、過去にこの森で出会ったことも、本当の気持ちも伝えないまましまい込んでおくつもりだったのに。

 誰も居ないのをいいことに、丁度膝の上でパチッと目を覚ましたウサギちゃんを撫でながら話しかける。


「ねぇウサギちゃん、本当は私、小さいときこの森で一度ガイアに会ったんだよ?ガイアは覚えてないみたいだけど」


 それから、彼の好きな人に命じられて護られる、なんて最悪な形で再会して、半ば無理矢理うちで一緒に暮らし始めて……それでもなんだかんだ彼は、いつも私の側に居てくれた。絶対言えないけど本当は、本当はね……


「あの日からずっと、ガイアが好きなんだぁ……」


 一年にも満たないこの日々で、吹っ切れるどころかもっともっと好きになった。

 いつだって彼を探すのも追いかけるのも、私だから、一方的な片思いだってわかってるのに。ガイアがいっつも優しいから、少し……欲が出ちゃったのかな。


「ねぇ、どうしてあの日のこと忘れちゃったの……?振り向いてなんて言わないから、せめて思い出してよ……」


 ほんの少しでいいから、貴方の心に私が居たらいいのに。なんて……やっぱりワガママだよね。自分がこれじゃ、マークスさんのこと迷惑な人だなんて言えないよ。


「……っ、……ン!」


 あぁほら、ワガママな妄想するからガイアに名前を呼ばれる幻聴まで聞こえてきちゃった……。


「……レン!」


「……妙に鮮明な幻聴だなぁ」


「セレン!!!」


「……っ、ガイア!!?」


 え、本当に本物!?


 三回目でようやく崖の上を見上げたら、こちらを見下ろしていたガイアとしっかり視線が重なった。探しに来てくれたんだ……!


 まだ涙がすこし残る視界でもよく見えるその姿にほっとして、思わずふにゃりと泣き笑いみたいな変な顔になっちゃったけど。でも、嬉しいな……。


「……っ!ここから落ちたんだな!大丈夫か!!?」


「うん、大丈……痛っ!!」


 かなり離れてるからと大声で返そうとしたら、ビキィッとまた足に激痛が走って動けなくなってしまった。うぅ、安心したせいかなんかさっきまでは痛くなかった場所まで痛いような気がしてきた……! これじゃあ崖をあがってガイアと合流するのは無理そうだし、かといって安全に降りられるような崖でもない。これは救助隊待ちかな?


「痛たたた……」


「……っ、そこから動くなよ!」


 痛みに顔を歪ませてたら、崖の上で急にすくっと立ち上がったガイアがそう叫ぶのが聞こえてふと顔を上げる。

 と、その時、彼がいきなり崖の斜面に向かって飛び降りた!


「き、きゃーっ!!」


 なんっって危ない真似するの!と反射的に悲鳴をあげちゃったけど、ガイアはそのまま命綱も無しにガガガガガガガガっと靴底を削りながら器用に崖を滑り降りて、着地して私に駆け寄ってきた。


「がっ、ガイア大丈夫!?怪我してない!!?」


「怪我してるのはお前だろ、どこが痛いんだ?見せてみろ!」


「えっ!?えっと、それは……」


 パシッと手を掴まれすごい剣幕で聞かれて一瞬怯む。

 いや、だって怪我してるの足ですよ?しかも位置的にスカート捲らないと見ようがない位置なんですよ?好きな人にこんな形で生足見せるなんて無理!!と、思わずスカートを押さえつけた仕草をめざとく見つけたガイアは『足か……』と呟いた。不味い……!


「足やったんじゃ歩けないだろ、だから立ち上がらなかったんだな?応急措置の為に少し見るぞ」


「~~っ、だっ、駄目!」


「駄目じゃないだろ、骨にヒビでも入ってたらどうするんだ!?厭らしいことなんかしないし、足首しか見ないから見せてくれ、な?」


 そう言ってガイアが穏やかに笑う。信じてない訳じゃない、けど……!


 迷って大人しくなった隙に、ガイアの手がするりと私の足首に触れる。うん、やっぱ恥ずかしすぎて無理ーっ!!!


「~~~っっ、やっ、やっぱり駄目!ガイアにだけは絶っっっっ対こんな場所見せられない!!!」


「ーっ!!!?」


 ぎゅうっと腕にしがみついて叫ぶと、ビシッとガイアが固まった。そりゃあもう、石みたいにガチーンと。


「……『ガイアにだけは』って、そんなに俺が嫌なのか……?」


 シャツの左胸をぎゅうっと握りしめたガイアがぼそりとなにかを呟く。聞き取れなくて、下から彼の顔を見上げながら名前を呼んだ。


「ガイア……?きゃあっ!なっ、何!?」


 ……ら、なんといきなり抱き上げられた。ちょ、ちょっ、これってお姫様抱っこじゃ……!?


「何じゃない、見せるのは嫌でも、患部を冷やさないと不味いだろ。少し先に湧水で出来た泉がある。そこまでいくぞ!」


「わ、わかったけど流石にこの体勢は……っ!肩貸してくれたら自分で歩くから一旦離して!」


 抱き上げられたままたくましい胸板を両手でぐっと押すけどびくともしない。むしろ、支えてくる腕の力がぐっと強くなった。


「……誰が離すかよ」


「え……?」


「何でもない。お前はそのまま大人しくウサギ抱えてろ」


 結局そのまま抱えられ、抵抗むなしく運ばれながら思う。


(これじゃ足見せるのと恥ずかしさ変わんないよ、ガイアの馬鹿……!)



   ~Ep.23 恋する乙女の“独り言”~

 

 『伝えられないこの気持ちを、どこに隠したらいいですか?』


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