Ep.17 モブ令嬢は無自覚人タラシ
ナターリエ様の生誕日パーティーの招待状が届いた翌日。……つまり、私の誕生日の前日の夜、ガイアは一人で王都へと出掛けていった。
『一緒に祝うと言ったのにごめん』なんて、律儀に申し訳なさそうな謝罪を私に残してから。もう、本当に真面目なんだからと笑ってしまったのは内緒だ。別に友達より好きな女性を優先するのはわかりきってたんだし、がっかりなんてしてないもん。
そんな訳で今日は、この乙女ゲームの世界の悪役令嬢であるナターリエ様と、モブの私、セレスティアの19歳の誕生日。今晩のごちそう用の食材やケーキの苺を買い込んだ帰り道、一昨日ガイアと覗いたファンシーな雑貨やさんの前を通りがかった。
(ガイア、今頃ナターリエ様の誕生日プレゼントとか選んでるのかな……)
ふと浮かんだその考えを、首をブンブンと振って振り払う。
そうだ!せっかくの誕生日だし、自分への誕生日プレゼントってことでやっぱ何か髪飾り買っちゃおうかな!と中に入って見たものの……、結局気に入りそうなものはなくて、なにも買わずにお店を出たのだった。
「お嬢様、今日誕生日でしょう。ほら、うちのジャム持っていきな!」
「ありがとう果物屋のおば様、いただきます」
「おっ、セレスティアお嬢様じゃないか。領主様は元気かい?いい酒が入ってるんだ、丁度いいや。お嬢様から領主様に渡してくれよ!」
「まぁ、ありがとう!父も喜びますわ」
一人でブラりと立ち寄った露店街で通りがかるお店の人皆がいろんな物を渡してくれるからあっという間に荷物がパンパンになってしまった。
実は“貧乏伯爵”で有名な我が家だけど、領地自体は割りと潤っていて、民はお父様や私たちを大切にしてくれているのだ。何故かと言うと、数年前に起きた大飢饉であわや領民全滅の危機を、お父様とお母様が我が家のありったけの財産を叩いて救ったから。
その後我が家は貧乏伯爵家扱いになったけど、実は優しい領民達のお陰もあってごく普通の家庭並みの生活を送るのには困ってない。ありがたいことだし、これで十分幸せだ。
私は、あのときの両親の決断を心から誇りに思う。この土地も領民の皆も大好きだから。
「おっ、なんだいお嬢様。今日はあの美麗な黒髪の騎士様は一緒じゃないのかい?恋人なんだろう」
「えっ、えぇ!?ちっ、違いますよ!もう、嫌だなぁお肉屋のおじ様ったら!じゃあ私帰りますね!」
まぁ、たまにこうやって親戚のおばちゃんみたいな発言かましてくる困ったさんも居るけどね!!
まさかのガイアと私が“恋人”扱いされたことが嬉しいやら恥ずかしいやら虚しいやらで真っ赤になった顔を見られないように、全力ダッシュでその場から逃げ出した。
「なんでぇ、違うのかい。あの騎士様はいっつもお嬢様の隣に居るから、俺ぁてっきり……」
見えなくなったセレスティアの背中を見送って残念そうに呟く肉屋の店主の背中を、妻がいきなり張り倒した。
「バッカだねぇあんたは!あの年頃の若者にあんな直球な聞き方するもんじゃないよ、デリカシーがないねぇ!」
「いってぇ!じゃあなんだ、やっぱあの騎士の兄ちゃんはただの友達だってのか?」
「そんな訳ないだろう?あの騎士様、初めの頃こそ手負いの獣見たいな冷めきった目をしていたけど、最近はお嬢様を見る時の眼差しが温かくなったからねぇ。あの目が“熱い”に変わるのも時間の問題だろうさ!」
『お嬢様も罪な女だねぇ!』と、肉屋の奥さんはケラケラ笑った。
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「うーん、思ったより深く引っ掛かれてしまいましたね。痛いです。手当ての心得などありませんし、困りましたね……うわぁ!?」
「きゃあっ!ごごっ、ごめんなさい!」
露店街から三つ目の曲がり角。屋敷と街の間にある林の手前で、ドンッと誰かにぶつかってしまった。反動で転んでしまった相手の男性に慌てて駆け寄る。
「本当にごめんなさい、前を見てなくて……!大丈夫でしたか?」
「いいえ、こちらこそ変な位置に突っ立っていてすみませんでした。ええと、私のメガネは……。かけてないと何も見えないんだから、困ってしまいますね」
苦笑いしながらよろよろ立ち上がった男性がキョロキョロと地面を探している。その手の甲に何かに引っ掻けたような傷があるのに気がついた。
「ちょっと染みるかも知れませんが、失礼しますね!」
荷物の中からアルコールを取り出して傷口を消毒して、手持ちのハンカチを包むように巻き付けた。応急措置に気づいた男性が慌てる。
「いけません、折角のシルクのハンカチーフが汚れてしまいます!」
「構いませんよ、応急措置しないと怪我悪化しちゃいますし」
「し、しかし……!あ、メガネあった。あの、貴女は……っ!!!」
遠慮しようとした男性の手に、ついでに拾った彼のメガネも然り気無く握らせる。
メガネをかけなおして顔をあげた瞬間、男性はカチーンっと固まってしまった。
「どうかしましたか?」
「あっ!い、いや、やはりその、女性の綺麗なハンカチーフを私なんかの傷の手当てで無駄にするわけには……っ」
「あら、無駄なんかじゃないですよ。これでお兄さんの怪我が早く治るならいいじゃないですか」
私を見上げて口をパクパクさせている男性に、改めてニコッと微笑んだ。
「そのハンカチは差し上げます、ぶつかっちゃったお詫びです」
と、その時、夕方を示す鐘が時計塔から響いてきた。いけない、早く帰らなきゃ、ケーキを焼く時間がなくなっちゃう!
「じゃあ、私はこれで!さよなら!!」
あ、雨雲だ……。
挨拶もそこそこにその場を離れながらふと空を見上げる。王都側の方角の空に、黒々とした雷雲が広がっていくのが見えた。
「“セレスティア・スチュアート”様……」
一方、ポツンと林の切り株に取り残されたメガネの男は、ハンカチに刺繍されたセレスティアの名前を何度も指先でなぞりながら呟くのだった。
~Ep.17 モブ令嬢は無自覚人タラシ~
『くしゅんっ!さっきからちょっとゾクゾクするなぁ、風邪ひいたかな……?』
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