第26話 残るもの、繋がるもの
敗走、その一言に過ぎる。
言葉を交わす気力も無く、俺たちは解放戦線の秘密基地へと真っ直ぐに飛んでいた。
俺の家族は……。
いったいどうなっただろうか。
最悪の予感ばかりが、澱のように胃の底に沈殿していく。
「降りるよ」
最低限の言葉と共に、住宅街の上空で式神が元の紙切れへと戻される。
「とっ」
数秒ほど宙を舞って降り立った先は、何の変哲もない公園だった。
「ここは?」
「基地の近くの公園だよ。あそこは一般住宅に偽装してるんだ、こんな派手な乗り物で直接乗り付ける訳にはいかないからね」
「そうだな」
俺の口から出るのも似た様なものだ。それ以外を口から出そうとしても、色々な感情が喉の奥にわだかまり、上手くしゃべることが出来やしない。
(無事でいてくれ)
願いはただそれだけだった。
たったそれだけの、ほんの些細な願いだった。
それから俺たちは終始無言で秘密基地までの道のりを早足で進んでいった。
★
「どうだ? 尻尾はつかめたか?」
「はい、会長。彼らは使い魔の追跡に気付く事無く真っ直ぐ巣穴に向かっている様です」
「やれやれ拍子抜けだな。まったくそれぞれが行った世界で何を学んできたのやら?」
協議会日本支部の作戦室にて、彼の部下が差し出した水晶玉に移される光景を見ながら、ヴィクターは心底不思議そうにそう言った。
「あれかな? 余程平和で牧歌的な世界だったのか?」
「さて、私では分かりかねます」
白衣を纏った如何にも研究者ぜんとした部下――メルビン・メンデルは、彼の物言いに首を横に振る。
「まぁいい、今まで通り彼らを生かしておいても問題ないが、逆もまた真なりだ。
せっかくの機会だし、ここらで一網打尽としておこうか」
物のついで、レジの傍に置いてあるスナックをひょいとつまむような感覚で、解放戦線の運命は決定した。
「あのふたりの調子は?」
「はい」
メンデルは専門分野に入った事で意気揚揚と話し始める。
「肉体的ダメージもそうですが、スキルポイントの消耗が激しいですね」
「ふむ、長くかかりそうかね?」
「はい、暫くは様子を見た方がいいかと」
「なら、あのふたりは欠席かな、使い潰すには惜しい戦力だ」
「では、例の少年はどうでしょうか?」
「もう調整は完璧なのかね?」
「はい、残るは実地試験だけでございます」
「そうか、ならばそうしよう」
ヴィクターはそう言ってパンと手を合わせる。
「この実験は来るべき戦いの為に欠かせないものだ、くれぐれも私の期待を裏切らないでくれたまえ」
「ははっ、お任せ下さい」
メンデルが腰を直角に曲げ深々と頭を下げている横を、ヴィクターは笑みを浮かべながら通り過ぎていった。
★
「そうか、ご苦労だった。ふたりとも先ずは休んでくれ」
俺たちの報告を聞いた
「ってそれだけですか! 今すぐ救出に!」
「現場には既に
「いや、危険です! 奴の速度は彼女を凌駕していました!」
ふたりと手を合わせた俺だから分かる。奴の速度は彼女より上だ。
「
「それって……」
万が一の時は見殺しにするという事ではないのか?
「お前の気持ちはよく分かる。だがこれは組織の長としての決定だ」
そう言う司令官の手には血管が浮き出るほど力が入っていた。
俺はその様子を見て、何も言う事は出来なかった。
★
司令室を出て
「……
彼女は透き通るような目をして、じっと俺の目を見つめていた。
「俺は……俺は……」
あの有様だ、家族の安否は……正直な所、絶望的だろう。
その上、未だに連絡の来ない
「俺は……俺は……」
ボロボロと止めどなく涙が流れて来る。
「俺は……俺は……」
俺は気が付くと、何かに許しを請うように跪いていた。
「俺は! 俺は!」
俺は……無力だ。
俺は、またしても大切な人を失ってしまった。
涙で床に水たまりが出来る頃。柔らかな温もりが、優しく俺の頭に触れていた。
『悲しいの?』
ああ、とても悲しい。
『そうだね、悲しいね』
そう、とても悲しい。
『失ったものは取り返せない』
ああ、そうだ、沢山のものを失った。
『だけど、残るもの、繋がるものはあるよ』
残るもの? 繋がるもの?
『そう、それは貴方の中に』
俺の……中に?
柔らかな光に包まれる。
いや、光は俺の胸の中からあふれ出したものだった。
それは暖かな光だった。
それは優しい光だった。
それは穏やかな光だった。
何時もの顔が見えた。
懐かしい顔が見えた。
知らない顔も見えた。
眩しい笑顔が見えた。
柔らかな笑顔が見えた。
朗らかな笑顔が見えた。
神経細胞のように複雑に繋がる光の迷路を奥へ奥へと潜っていく。
いや、どちらが上か下かも分からないこの空間では、果たして自分が進んでいるのが|
バサリと俺の体に覆い被る何かによって、正気に返る。
「
そこには、青白い顔をして、息を荒げた
★
「違う、違う、違うんだ」
自室に帰った
『いけ好かない新人がちょっと嫌な目に合えばいい』
そのつもりで始めた計画だった。
だが、終わってみればこの有様。
多数の死者が出た。その中にはおそらく彼のあこがれの人
『奴のスキルは本物だ、自分が仕掛けた運命変転は作動してないはずだ』
そう思う事が彼に残された免罪符だった。
だが、それは誰にも検証できないブラックボックスの中にある。
その事が余計に彼を苦しめた。
完全に開き直る事も、罪を正面から受け入れる事も出来ず、彼は宙ぶらりんの状況で苦しみ続けた。
「
そんなつもりじゃなかった。
こんな事になるとは思わなかった。
思えば、彼の人生はこんな事の連続だった。
虚勢と傲慢の末に自縄自縛に陥り、身動きが取れなくなるたびに逃げ出して来た。
三つ子の魂百までとはよく言ったもの、その性格は
その結果、彼は反感を買った周囲の人間に陥れられ、無残な最期を迎える事になった。
「違うんだ、僕は、違うんだ」
暗闇の中彼は嘆き続ける。
だが、その声にこたえる者は誰も居なかった。
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