第22話 タワーリング・インフェルノ
「
「腕っぷしに自信は無くてですね。いざという時の護身用に持ち歩いてるんです」
「まぁいい。助かったわ」
目を開けていられないほどの熱波、置物のガラスの花瓶が融解している。その熱量の中では人間などひとたまりもないだろう。
天井は丸ごと崩壊しており、ぽかりと開いた穴からは叩きつける様な豪雨が差し込むものの、これでは正しく焼け石に水だ。
「崩落は、下の階まで及んでいるわね」
大量の瓦礫と、吹き上げる炎の柱。
「やるだけはやってみる、けど……」
彼女は異世界ではドラゴンすら目をそらすとも言われた魔術師だ。だが、彼女が得意とするのは大規模攻撃呪文。
この状況で打てる手はそれ程存在しなかった。
(これは、少しヤバイな)
彼女は冷却呪文を唱えつつも、そう考えていた。
★
(これは、少しヤバイな)
自分が全ての原因では無い。
自分はただきっかけを作っただけ、ここまでやるつもりは毛頭なかった。
そもそも、これが自分の所為だと立証できる筈も無い。
誰に問い詰められたわけでもないのに、彼は心の中で必死にそう弁解する。
運命変転は絶大なスキルではあるが、そう便利なスキルでもない。
不確実性が多大に混じる、結果の保証できないスキルだ。
(そもそも、奴のスキル無効化スキルで、俺のスキルが発動していない可能性もある)
「
「それはそうだけど……って
「被害者は奴の家族だけにとどまらないでしょう。対象がこれ以上罪を重ねる前になんとかしないと」
★
「くそっ、くそくそくそ! なんで僕がこんな焦らなくちゃいけないんだよ!」
『なんとかする』
そう言ったものの、特にこれといっていい案などは思いついていない。
そもそも、現在解放戦線が保護している帰還者は罪を犯していない――あるいはレアケースだが、
今回のケースのように、殺人などの重犯罪を犯した人間をどうするかについてはまだ組織としての結論は出ていなかった。
「くそっ、こんな時こそ奴らの出番だっていうのによ」
彼がそう言った時。チンという軽快な音がして、エレベーターのドアが勿体付けて左右に開いた。
「ん? そこの小僧、何処かで見覚えがあるな?」
その低く良く通る声が
「ひっ!」
ホテルには不釣り合いな僧衣。それは、
「なっ、なんでアンタがこんな所に」
「うむ、やはり既知のものであったか」
僧衣風の男――
「はてさて、相手をしてやりたい所なのだが、生憎と先約があってなぁ」
上からは激しい銃撃の音が聞こえて来る。彼の相方が一足先に戦闘を始めている証左であった。
「まぁいい。ここはひとまず見逃しておこう。もっとも、其方がやる気という事なれば、こちらとしては吝かでもないが?」
「かかかっ、何とも遠慮しがちな若者よのう」
その背中は明らかに無防備なものであったが、
「なっ、なんでアイツらが……」
帰還者が現れた場所に協議会の連中が来るのは当然の事、だが、あまりにも早すぎる。
「もしかして、奴らも何らかの用事でここに居たって言うのか?」
(だとしたら、何て悪運だ)
しかも、その悪運は、自分のスキルによってもたらされた可能性が高いのだ。
「ともかく、奴らが来ている以上。もたもたやってる暇はない」
★
「ひゃっはーーーー! ご機嫌じゃねぇかテメェッ!」
ホテルの屋上では、一対の影が剣戟の光を放っていた。
「んー、ここは見る所地球、それも日本だろ? 僕は何故こうして狙われてるんだ?」
「はっはー、んなこたどうでもいいじゃねぇか! せっかくだからもっと遊ぼうぜッ!」
かたや、銀のパワードスーツを身に纏い、両手に持った大型拳銃を乱射する青年。
かたや、漆黒の鎧を身に纏い、白と黒のまがまがしい曲刀を持ちその銃撃を捌く少年。
あらゆる意味で対照的なふたりだった。
「まぁ、降りかかる火の粉を払うってのは、彼方の世界でもさんざんやって来たけどね」
鎧の少年はそうニヤリと笑う。
「くっ!」
相手から目を離すなんて間抜けな事はやっていない筈だった。だが、鎧の少年は一瞬にして
キンと澄み切った音がして、
(なんて瞬発力だ、おっさんの瞬歩以上じゃねぇか)
少年は、その様子を暫し黙って見上げると。腕を交差させ、両手に持った剣が背中に回る程に引き絞った。
「シュッ!」
息を噴き出す音と共にその剣が降られる。
十字型の衝撃波が土砂降りの雨を弾き飛ばし、宙を舞う
「はっ! この程……度ッ!?」
だが、斬撃は一度きりでは無かった。
少年の手が霞むほど、絶え間なく飛ぶ斬撃が放たれ。今度は逆に
「ははっ、ようやくと体が温まって来た。
要するにあれだ、僕はこの世界でも
少年はそう言うと、頭上で剣を交差させる。
「ちっ! またあれをぶっ放すつもりか!」
交差した剣の間に、太陽の如き炎の塊が生み出される。
「ただの小手調べだよ、そう驚いかないでくれるかな」
少年はにやり笑い、それを解き放――
「吻ッ!」
少年がそれを放とうとした瞬間だ、いつの間にか彼の背後に現れた
「おっとっ」
屋上の床がひび割れる程の踏み込みで放たれたそれは、しかして、少年の体勢をわずかによろめかせただけだった。
「かかッ! これほどか!」
「おせぇぞ! おっさん!」
「やれやれ、時差ボケ、いやさ次元ボケかな?」
「おいテメェ、名は何という」
一旦仕切り直しとばかりに、
「僕?」
「テメェ以外に誰がいるんだこのクズ」
「ははっ、それもそうか」
少年は無邪気な笑みを浮かべながらこう答えた。
「日本名では、
燃え上がるビルを背景に、少年――
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