第2章 異世界転移帰還者問題
第6話 懐かしき世界
果たしてあれは白昼夢だったのか? だとすると疑問がある。俺は自宅付近の道路で、道に飛び出した子供を助けた筈だ。だったらなぜそこから離れた繁華街の路地裏なんかにいたんだろうか?
何処から何処までが夢で、何処から何処までが現実なのか。俺はそんな事を考えつつ家路を急いだ。
「ただいまー」
チャイムを押しても返事無し。
丁度みんな出払ってる時間なんだろうか。
俺はそう思い、ガチャガチャとドアノブをひね――
「あれ?」
バキンという音と共に、手の中には万力で引きちぎられた様なドアノブが、その体積を半分ぐらいに圧縮して収まっていた。
「……え?」
ドアノブが劣化していた?
いやいやいやいやイヤリング。
そんなプラスチックやゴム製のパーツでもあるまいし。
ほんのちょっと力を込めて握ったぐらいで、こんな風になる訳がない。
さらに力を入れて、元ドアノブを握りしめる。
すると、銀色に光るソレは、鉛筆サイズの太さまで細く小さくなってしまった。
「……粘土?」
いつから俺の家のドアノブは粘土製になってしまったのだろうか?
こんな事じゃ防犯もくそもあったもんじゃない。
「ただいまー」
何だか不穏な空気を感じた俺は、小声で中に呼びかけて、おそるおそる帰宅する。
「俺の家……だよな?」
そこは正に記憶にある通りの俺の家だった。間取りや調度品、どれをとっても見知った通りだ。
「ふーーーーーーむ?」
頭をひねって考える。
だが、上手い答えなんて出てこない。
ただ単にドアノブがおかしかっただけ?
それとも……
「チート……スキル?」
ゾワリと背中に冷たい汗が流れ落ちる。それと共に、全身を貫いた触手の傷みがフラッシュバックして、俺は床へとひざまずく。
「ぐっあっ……」
バキンという破裂音。あまりの傷みについ手を置いたテーブルが、積み木のように壊れ果てた音だ。
「やっぱり……」
全身を襲う痛みに脂汗を流しながらそう呟いた。
ウチのテーブルはそんな高級品という訳ではないが、ちょっと手を触れた位で壊れてしまうようなやわな品物でもない。
それがこうも簡単に壊れてしまったという事は、俺の力が尋常じゃなく強くなっているという事だ。
「なん……で」
ボロボロと涙が零れ落ちる。それは痛みからでは無い、俺のチートスキルが現実のものだったという事は……。
「なんで、救えなかったんだ……」
エミさん達が死んでしまったという事も事実だからだ。
「ただいまーってえっ!? なにこれ! 玄関どうなってんのよ!」
俺が歯を食いしばりながら、痛みと悲しみに耐えていると、玄関の方から聞き覚えのある声が響いて来た。
「って! まさかこれ!」
その声の主はドタバタとした足音を立てながら、一直線に俺のいる居間の方へと向かってくる。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん帰って来たの!?」
玄関に置いてあった俺の靴に気が付いたんだろう。その声の主――俺の妹が今に入ってくる時だった。
俺は妹の顔を見る事無く、あまりの傷みに気を失った。
★
『リューイチ、リューイチ』
声が聞こえる。
狂おしいほど懐かしく。
切ないほど遠い声だ。
『リューイチ、リューイチってば』
その声は日溜りの様に優しく暖かで、泣きたくなるほど慈愛に満ちた声だった。
(エミさん)
俺は流れ落ちる涙をそのままに、彼女に向かって呼びかける。
『ははっ、やっと気づいてくれた。まったくリューイチはのんびり屋さんなんだから』
暗闇の中にボンヤリと浮かぶ彼女は、穴倉の中でいつも見ていた彼女で……。
(エミさん、俺、俺!)
何かを言おうとしても、喉が詰まってその先の言葉が出てこない。
『大丈夫。貴方はよくやってくれたわ』
(けど! けど!)
『仕方なかったのよ、遅かれ早かれああいう事になる運命だった。それだけの話だよ』
エミさんは困ったようにそう笑った。
(だけど! 俺が!)
もし俺があのコロニーに行かなかったら。奴らがあそこを見つけるのにもう少し時間を稼げたかもしれない。
もし俺が地底湖を見つけなければ、奴らがあそこから侵入して来ることも無かったかもしれない。
『大丈夫。貴方を悪く言う人はいないわ。貴方は何時も一生懸命だったじゃない』
そう言って彼女は笑ってくれる。
俺を攻める事無く笑ってくれる。
『それよりよかったね、リューイチ。元の世界に戻って来れて』
(違う! 違う!)
確かにそれが俺の目標だった、生きる力だった。
だけど……。
だけど!
あの場所が居心地のいい場所だったって事は、うそ偽りない本当の事なんだ。
皆が俺を受け入れてくれたあの場所は、俺にとって大切な場所だったんだ!
(それなのに、俺ひとりだけ……)
皆の仇も取れずに、のうのうとここへ戻ってきてしまった。
『大丈夫。大丈夫だよ、リューイチ』
彼女はそう言って俺を抱きしめてくれる。
『私たちは家族だもん。離れ離れになっても心の奥ではいつも一緒だよ』
(―――!)
涙があふれて言葉が出ない。
これは都合のいい夢だとは分かっている。
そんな事は分かっている。
だけど。
エミさんの笑顔は本物で、彼女の温もりも本物だった。
『それじゃぁね、リューイチ』
彼女はそう言って優しく俺に口づけをかわす。
暖かな、彼女の何かが俺の中に染み込んでくる。
(エミさん!)
『大丈夫。君なら大丈夫』
(エミさんッ!)
彼女の声が、彼女の姿が暗闇の中に消えていく。
『だって、君は私たちのヒーローだったから』
(――――ッ!)
「あああああああああ!」
彼女たちの無念、痛み、悲しみ、苦しみ、諦め、希望そして絶望。
今はもう物言わぬ存在となった彼女たちになり替わり、心の底から雄叫びを上げる。
「なっ何!?」
「あっ、えっ、はっ?」
気が付くとそこはベッドの上。清潔な白いシーツにベッドを囲むカーテン。
「……病院?」
そう、俺はいつの間にかベッドの上に寝かされていたのだった。
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