9:全力を、足らぬならなお押し込んで
それは『地獄』に吹き荒ぶ、まさに暴威であった。
雷撃を、拳に纏い。
雷鳴を、足裏に鳴らし。
捉われた哀れな獲物の悲鳴すら、置き去りにして。
「これほどとは思いませんでした」
ドローンが届ける、魔法少女の凛々しい映像に静ヶ原・澪利は息を呑む。
グローリー・トパーズが本所大橋上を制圧し果たしたのは、サイネリア・ファニーが離脱した『直後』であった。
外連味が強いために愛用する投擲『雷神の短槌』を用いず、直接打撃によって電撃を叩きこんでいく。
高いコモンにより少女の拳は、避けるに難く、受けるに強か。
加えて不定形に広がっては接触を禁忌へ変える、雷を携えて。
おおよそ二十秒を数えず、五〇を数えた戦闘員たちが崩れ落ちていた。
「アンチユニットになるプリティ・チェイサーが、三人組の理由がよくわかりますね」
総員の約二割を、瞬く間に無力化したのだ。
現在、県内に置いて唯一あって無二である少女は、本所市庁舎に集結途中の一団を蹴散らし、また他の一団を壊滅させていく。
「あの戦い方をされたら、プリティ・チェイサーだって歯は立たない。まさに一騎当千だ」
龍号が頬を難しく歪めながら、しかし口はエースに賛辞を贈った。
どうして表情が優れないのか、と目で問えば、
「タガが外れている。相手の身体的被害を考慮していない運用をしているだろう」
確かに、人体への通電は、心臓を経由したなら容易く人命を奪う。
特に、魔法を持たない一般人や、戦闘員であればなおさら。
「ですが、相手が無法を戦術として採っているのです。多少は……」
「戦いに駆り出しておいて恥知らずと罵られるだろうがね、子供が誰かを殺めることを是とはしたくないのさ」
だから、少女の魔法の力を知った時に、運用にあたって幾つも制限を設けたのだ、とも。
澪利には、現場を辞して幾年も経った引退魔法少女には、大きく頷ける話である。
「厳しいところを押し付けている自覚があるからこそ『疵』は与えたくありませんものね」
現役の時に負った『疵』は後々まで、かさぶたの様に痕となって痒みを残すのだ。
例えば『イーグル・バレット』こと新指・志鶴は、引退の直前に相棒と喧嘩別れとなってしまい、つい最近まで、魔法使いを、ひいては『機能は未だ排尿のみ』男性を忌み嫌うまでになっていた。
組合長も同じ思いのようで、目と目があうと、
「そう……だね……すごく、深刻な話だよね……」
ふい、と目をそらして、おや、どうして目頭を押さえるのです? どうして、ちらちらとこちらを見直しては、眉間のしわが深くなるのです? おやおや?
すごく『不当』な憐憫に晒されたストレスに、思わず『お薬』に手が伸びて。
「ですが、組合長。今のところ、順調に相手を無力化しています。懸念は後にしたほうが良いかと」
「……だな。残る戦闘員はどれぐらいだい?」
現在、サニーデイズ・アセンツの戦力に有効打を示したのは、グローリー・トパーズとウェル・ラースだけである。
彼らが排した敵の数は一五〇人であり、
「現在進行形で、グローリー・トパーズが集結途上の戦力を各個撃破していますので、間もなく二〇人が上乗せされるかと」
戦果が五割を上回っており、勝ちつつある。
「ということはだ。相手は巻き返しに手を打ってくるだろう」
モニターの一つを見据えれば、澪利も追いかける。
映るのは、海岸に陣取っていた敵指揮官。
折り畳みチェアでリラックスしていた悪の女幹部は、劣勢の只中にあり、
「こちらの勝利には『荒れる』グローリー・トパーズだけでは一手足りんかもしれん」
立ち上がって睨みつけては、怒りに震える手で抜き放った拳銃をこちらに突き付けるのだった。
※
適材適所を言い訳に、幼い彼女に厳しい現場を負担させたのだ。
採りえる手がそれしかなかったのだけれども、だからと言って、不甲斐なさの慰めにはならなくて。
「……腕をさ。ねじ捥いで手渡して、出血を抑えるために電撃で傷口を焼かせてさ、だけど顔色一つ変えずに『任せて』なんて言わせてしまった」
血の失われた頬から、さらに熱を奪わんと、切るような風が叩きつけられる。
己を嫌悪する身を嗤うように切り刻まれて、
「なんだよ、失点したってだけじゃねえか」
なお強い、しかし熱い打撃が、友から撃ち込まれる。
「野球だろうがサッカーだろうが、失点は取り返せねーだろ。うだうだ言ってないで、得点の算段をつけろってんだ」
だから、
「その子に『任されて良かった』とか『傷口焼いて良かった』って思わせなきゃならん」
そのためには、
「お前が生きて帰って、問題解決を満点に仕上げるべきじゃねーのか」
間違っていなかった、という範疇に『着地』を決めなければならないのだ、と。
ジェントル・ササキは、佐々木・彰示は。
心臓が、高く鳴ったような気がして、口元をほころばせる。
「大介、急げるか?」
「ああ? あぁ……もうちょいで事故地点を越えるから、そっから道路に戻ってトばせるぞ」
頼む、と囁いて息を吸う。
「グローリー・トパーズが本所に到着したなら、遠からず彼女と敵幹部、ミス・アイテールと衝突するはずだ」
「あの時のねーちゃんか……けど、すげー強いんだろ? グローリー・トパーズが勝つだろうに」
何故急ぐのか、という問い。
「ああ。彼女が負けることはない」
「なら」
「負けないだけだ。勝つには」
新人魔法使いの拙い憶測ではあるが、
「組合が勝つには、ミス・アイテールの確保が条件になる」
すでに、本所市には大きな被害が与えられている。
事前のミナト工業襲撃も含めれば、それそこ億を軽く跨ぐ規模になるだろう。
その時に、明確な首謀者を確保していなければ、責任の所在が雲散してしまう。万が一に、サニーデイズ・アセンツと道下宮坂商事の関係を立証できなければ、損害の補填を積もり重ねたまま、秘密結社だけが解体されかねないのだ。
そうなれば、本所市の復興は絶望的。
後から状況証拠を搔き集めたところで、メディアや官公庁に食い込んでいると思しき企業が相手では、どこまで要求が通るものか。
だから、
「その一手を、出来物の彼女を助ける一手を、誰かが打たなきゃいけない」
「……へ、簡単な話だな」
ハンドルへ体重を預けていた幼馴染が、アクセルを開いて速度を上げる。
「いつものごとく、だな。ガキの頃から相変わらずの」
体重移動で、臓腑にかかってくる浮いては押すような遠心力を楽しむよう、松林を縫って急カーブすれば、
「お前を『地獄』にお届けしてやる」
視界が開け、
「思うぞんぶんに『全力』をみせてやれよ」
渋滞に列をなすヘッドライトの群れに、二人は照らし出される。
タイヤがアスファルトを噛むと同時、排気筒が声高く叫んでは駆け抜けていく。
まるで、血の気が引いた魔法使いの、胸の内を謳いでもするかのように。
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