9:『絶望』の蓋を押し開ける

 ユキヒコは、一瞬で緊迫を張りつめさせたササキの役者ぶりに舌を巻く。

 ……だけど、ここからどうする気だい。

 条件は、彼が言った通りに、議長による宣言である。

 一言を引き出すに、暴力を用いるのは論外。

 期待をするように、答えを待つ。彼に手を取られた少女も、こちらと同じ眼差しだ。より切実に、より酩酊が見えはするけども。

 魔法使いは、応えるように一歩を下がり、壁に背をつける。

「この会議室は、査問会が組合名義で借りたそうですね? 県組合の反対を跳ねつけて」

 それがどうかしたのか。

 非経済的ではあるが、査問される人間からホーム感を奪うためであろう措置であり、不審や不明はないけれども。

 対峙する六人も、不安ながら疑問のほうが大きいようで、顔を見合わせるばかり。

 確認を、悲痛を確認するようジェントル・ササキが口を開く。

「もう一度お願いします。査問会を閉会してください」

「ばかな。我々は、君の所属する組合から乞われて開催している。責任があるんだよ」

 けれど、老人たちはたじろぎながらも鼻を鳴らすばかり。

 当たり前だ。

 言葉を重ねたところで、彼らは行動が保証されている。それも、要請をする魔法使いの所属機関によって。

 つまるところ、先方に彼の言葉を受け入れる理由がないのだ。

 けれども、ユキヒコ・インディゴは見逃さない。

「……わかりました」

 ポリ袋に開けられた目貫穴の向こう、苦く歪めるまなじりの色合いを。

 それは、不利に苦しむものではなく。

 それは、苦難に悶えるものでもなく。

 まるで、悲劇を免れ得ない哀れを憂うものであり、

「本当なら、こんなことはしたくなかった……!」

「な、なにをする気だ! 暴力に訴える気か!」

「ふざけたことを! そんな恥ずかしい真似をするとお思いか!」

「で、では、いったい何を……!」

 悪の秘密結社頭領にすら予期できぬ、現状を突破する『一手』を厭う眼差しだ。

 ……万が一なら、助けてやるくらいはしてやらないとな。

 気に入った若者が、無謀をこなそうとしているのだ。手を出すことに何を躊躇うことがあるだろう。

 彼が緊張をたくわえながら見守る先で、魔法使いはそっと、少女と繋ぐのとは逆の手を壁にあてがえば、

「立場が悪くなるのはどちらか、という話です!」

「え?」

 人ならぬ膂力で以て、鉄筋ごと壁を砕き『開い』たのだった。


      ※


 絶望を音にひしゃげ、愕然を重りにガレキが転がる。

 魔法使いが声高に叫ぶ『正義』と、手の平が織りなした『開放』運動。

 吹きこむ夏風が生む気圧差に、老人たちは誰も目眩を覚えていた。

 当会場は本来、道下宮坂商事よりの指示で借り出したものである。

 その指示のもと、駅から近い、査問対象者の懐での開会はどうなのか、などと言葉を重ねて、組合より予算を無理にもぎとった経緯がある。

 つまり、借主は県組合であるものの、管理責任は査問会にあり、

「さあ! 責任者は誰だ! この『鳥カゴ』の補償を担うのは、一体誰なんだ!」

「いったい何をバカな……え? なんで皆さん、わしを見るの? くじ引きだったじゃん?」

 他五人の視線が、夕暮れの夏風と共に新沢・有三へ集まることで、大勢が決した。

 しかし、有三とて易々と供犠台に放られることを良しとはせず、怒号を飛ばす。

「ふざけるな! 穴を開けたのはジェントル・ササキ、貴様だろう! 貴様が補償するのが筋だ!」


      ※


 ……まあ、そうだよね。

 ユキヒコは、常識と良識を以て、査問会側の正しさを認める。大人として認めるしかない。だって、壊したのはお前じゃん?

 であるが、グローリー・トパーズの表情を見咎める。

 その口元は笑みであり、穏やかな色合いだ。

 まるで、勝ち筋を明確に見据えたかのような。

 おや、と思う間もなく、ジェントル・ササキが吠え返す。

「俺は魔法使い! 組合に所属する、一人の組合員だ!」

 つまり『器物損壊の実行犯』は、

「俺の行動は、組合の看板で借り受けた貴様らの『管轄』にあるぞ!」

 組織の『敵』が組織の看板を悪用して追い詰めていたところを、さらに下位より『テメェが借りた看板の責任はテメェにあるだろ』と確認したあとで、その看板を『ブン殴って』きたのだ。膨大な賠償をセットにして。

 六人のうち、県外企業から遣わされた三人の顔色が変わり、それでも納得がいかない、と気勢をあげようとしたところで、

「早く閉会宣言を! でなければさらに『風通しと日当たり』が良好になるぞ!」

 脅迫で撃ち返されてしまっている。

 いやあ、グローリー・トパーズさあ、そんな『恋する乙女』みたいな顔で見つめるのはどうかと思うよ、オジサン。

 あとあれよね。真摯な面持ちで『正規の手順』とか言ってたけど、あれって『議長の口から閉会宣言させる』ところにしか掛かっていなかったわけね。だって『器物損壊』って『お巡りさん』案件だもんね。

 ユキヒコは、吹き抜けるぬるい風に 安堵を溢す。

 様子見に周って正解だった、と。こんな、誰もが火傷だらけで挙げ句『勝者』は『痛くない!』と本気で訴える戦場に立っていたなら、と思うに背筋が凍ってしまうから。


      ※


 時刻は、五時二十五分。

 緊張の面持ちで、海岸に伸びゆく道路に立ち塞がるサイネリア・ファニーは、額の汗を拭う。

 並ぶMEGUも、大劣勢からの開戦を控え、緊張を隠せず。

 顔を見合わせると、けれど大丈夫だ、と頷き合う。

 きっと彼が。

 あの人が、駆けつけてくれるはずだから。

「頑張ってください、ササキさん……!」

 私たちも頑張るから、と祈りを藍混じりになった空へ投げやれば。


      ※


 ジェントル・ササキは頑張っている。それは間違いない。

 圧倒的劣勢から、正しい論陣を以て勝利に指をかけたのだから。

 正しいに間違いはないけれど、

「どうかなあ……」

 ユキヒコは痛快、とはいかなかった。だって、

「どうだ! 早くしないと、今度は三階との『最短バイパス』が完成するぞ! つまり、賠償が二部屋分だ!」

 その一言がトドメになって、ついに査問会は中止を勝ち取っているけれども『勝利など虚しい』みたいな顔をしているんだもの。

 泥沼に引きずり込んだ人間がしていい表情じゃないんだよね。

 あと、グローリー・トパーズも『さすがね!』みたいな顔で寄り添っているし。

 ……見なよ、あの爺さん、ガレキに囲まれて崩れ落ちているじゃん。

 彼は、素早く結果を出した。

 最短を、条件を満たし、容赦なく駆け抜けたのだ。

 本所市における期待の新人の『実力』に県内屈指の『悪の秘密結社頭領』は、相対するかもしれないという可能性の未来予想図に、寒々と蓋をせざるをえなくて。

 

  第四章 了

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