5:譲れない一線の、彼方と此方

 悪の秘密結社幹部が告げた宣戦布告は、まずもって、

「オトナ相手なのでお酒はセーフですね」

 軽快な破砕音とスパンコールに彩られた『テラコッタ・レディ!』という狂手によって報われた。

 ミス・アイテールを名乗った新真下・天琴は笑顔のまま、濡れそぼったこめかみを一顧だにしない。

 なぜなら、

「あ、新真下さん!」

 かつてといえは全国区であった魔法少女の一撃を、装備も無しに受け止めたのだ。

 つまり、元とはいえ魔法少女が生身の人間を殴ったということであり、

「白目! 白目を剥いていますよ!」

 仰け反り倒れる体を、文が慌てて抱きとめざるをえないのだった。

 あと、追い打つように、

「重婚! 重婚よ⁉ すごい、ゾクゾクする響き! バージンロードはどうするの⁉ 右と左、あややはどっち⁉ 私はね、タキシードの中がいいなあ! じゃあ次は初夜のポジショニングね!」

 腰をくねらせる中学生が垂れ流す地獄のような『未来設計図』が飽和発射される様は、ちょっと邪悪な宴ですねこれ……!

 と、元魔法少女がカバンを担ぎ直したので、

「ダメです、静ヶ原さん! おかわりは必要ないです!」

 先手を打たなければならなかった。


      ※


「ふふ……さすがはトィンクル・スピカ。ササキさんに目をつけるなんて、往年の眼力は衰えていないようね」

 天琴は尊大に賞賛を送る。やもすれば『ぐるん』としかかる眼球を、完全に制御しながら。

 存外タフですね、この人も……!

 そういえば、初陣の相棒から『こめかみと鉄パイプのディープキス』されたテラコッタ・レディも、仕事をまっとうしてから戦場を離脱していた。

 悪の秘密結社幹部という責務を果たすには、これほどの精神強度が必要なのかもしれない。

 崩れかかる大人の体を支えながら『彼女たち』の評価を改める。

 返って加害者というと、

「静ヶ原さん! なんで前二つより、最後の『お婿さん』でテンション上がるんです!」

「譲れない一線というものがあるんです、綾冶さん」

 本所市壊滅という惨事に向ける、感情的ボーダーの低さを自白していた。だって要約すると『譲れる』っていうことですもんね……!

 悪の秘密結社の『悪』とは、彼らと戦う魔法少女組合の『正義』とは。

 戦う者は孤独だ。

 心根は誰に理解などされなくて、味方は寡少。

 けれども、少女は戦い続けなければならない。

「どうして、綾冶さんは怒らないのです?」

「不確実な未来の話より、目の前の怪我人介護が優先だからですよ!」

 主に、この胸の『品性』を守らんがために。『譲れない一線』が、そこにあるのだから。


      ※


「我が『サニーデイズ・アセンツ』が誇る揚陸艇群が、本所海岸を目指しているわ」

 意識を完璧に取り戻した女幹部が、状況を解説しなおしてくれた。

 なんと律義な、と現役魔法少女は心からの感嘆を送りながら、享受する。

 彼女たちは、本所市への『攻撃』を目指している。それも、壊滅を視野にいれた苛烈なものだ。

 それを成し遂げるだけの大兵力が、今まさに夏の海を割って送り込まれつつある。

 そうまでする目的が、

「佐々木さんを手に入れるため、ですか」

 スケールの格差に戸惑う、個人の望みを叶えるためであるという。

 さっきまで笑っていた膝は、今や悪役であることを示すように頑と伸び、ダメージからは完全に脱却していることを示す。やはり、得物が砕け散ったことで衝撃が拡散しており、きっと静ヶ原さんも計算尽くの一撃だったんですよね? 確認はしない。「は?」とか言われたら、組合への信頼が揺らぎそうだから。

 自己防衛はさておき、動機を聞き出す必要がある。採れるならば妥協点や、そうでなければこちらの勝利目標を定めるために。

 問われた彼女は微笑み、どこかひたる様な口ぶりで応えれば、

「あの人、私にそっくりなの。目的のために、どんな手だって取り、尽くす姿勢がね」

 いや、あの、それってつまり、必要なら『全裸』も『GTA』も採り得ると?

 加えて、

「はあ⁉ つまり、アンタ! 必要なら、邪魔な魔法少女を生中継で『魔法少女ではいられない体』にできるってこと⁉ 最低ね!」

 MEGUさん! それ、ササキさんがあなたと初対面の時に採用した作戦ですよ!

「なにその作戦、初耳なんだけど! え? 佐々木さんが⁉ ははあ、やっぱり最高ね! こっちの想定を上回ってくるわ!」

 天琴さん! 上なんですか⁉ 外聞的に、最悪な一手だったと思うんですが!

「でしょう! ふふん! ダーリンは最高なの!」

 MEGUさん! 二秒前に発した自分の言葉を思い出して! ね⁉

 静ヶ原さんも引いてないで! だいたい、基本的にあっち側ですよ、あなた!

 戦う者はかくも孤独なのかと、少女は苦く敗北の砂を噛むのだった。


      ※


 天琴が語るに、

「本所市を、『この街』を守ることがササキさんの本懐。その守るべき街が消えてなくなったなら、どうなるかしら」

 本所市にこだわり続ける佐々木・彰示を、この街から引き剥がすために指す一手なのだという。

 あまりに思考の根幹が違って、文は言葉を呑むしかない。

 何かしら組織や社会の利益を望むのでなく、ただ己のために幾多の生活基盤を灰燼に帰そうとしている

 身勝手であり、理不尽。

 そんな感性を、自分が大切している『あの人』と似ているなどと、彼女は言うのだ。

「組合長にはその旨を伝えたわけですか?」

 言葉を失っていた自分に代わり、組合職員が状況を確かめてくれる。

 問いに首肯し、

「直々の宣戦布告に、お礼も言われたわ」

 自分たちの首長の意外な応対に驚く。

 テイルケイプ所属の少女も同じだったようで、敵意の視線に疑問が混ざった。

「どういうこと?」

「時間をくれた、ということですか」

「御明察ね。さすが」

「おべんちゃらは結構」

「えっと……静ヶ原さん、まだよくわからないんですけど……」

「つまり、私たちがこの場で彼女を拘束することができなくなりました」

 無表情のまま、苦々しく解説をくれる。あと、不採用になったのであれば、握りしめる『おくすり』のビンは置いてほしいところだ。

「迫る大部隊に対し、即応できる戦力は事務所にいる我々だけです」

「前線たる魔法少女や魔法使い、後方支援の事務員もお休みですもんね」

「おそらく組合長はいま、方々に緊急連絡を取っているのでしょう」

「それはそうかもだけど、ここでやっつけちゃえば関係なくない?」

「そうですよ! 一般人ならいざ知らず、秘密結社幹部を名乗った以上は……!」

「悪手です。彼女を捕えたならば、敵の軍勢は当初のマニュアル通りに侵攻を続けるでしょう」

「変わらないなら、捕まえた方がいいじゃない!」

「止める権限が不在の、進むだけの兵隊が残りますよ。それこそ、本所市を焼き払うまで」

 なるほど、文は腑に落ちる。

 そうして、背筋が寒くなる。

 居ないことを思い出したのだ。

 絶対的な信頼を寄せる相棒も。

 絶対的な成果を成すエースも。

 二人ともが不可解な査問会に呼び寄せられ、遠く、車で小一時間の隣市に拘束されている。

 と、脳裏に先刻の疑問が奔る。

「もしかして」

 事務所が休みの土曜日。

 五時という、平時であっても終業の時刻。

 面会約束もなく。

 どうして、彼女は訪れたのか、と。

「そう。今この時刻である必要があったの」

 戦慄く大きな少女の瞳に、察した天琴が笑って見せる。

 そうであるならば、だ。

「ええ。査問会も私たちのスケジュール通りよ。さすがにグローリー・トパーズの相手は骨が折れるでしょうから、ね」

 まさか、ターゲット諸共釣れるとは思ってみなかった、と冗談めかす。

 恐ろしい。

 これまでに対峙した諸々の相手とは、まったく異質な敵が目の前に立ち塞がっているのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る